第十五話
史が去ったのを見計らい彼は弦之介に駆け寄った。
勝敗を分かつ原因となったのは弦之介の携えていた長刀だった。
曇った輝きを放つそれは持ち主を守ることなく折れ飛んだ。
黒田は弦之介の腕を縛り止血すると刀を鞘に戻し折れた部分は手ぬぐいにくるみ、少年を背負うと駆けだした。
この場にずっといるのは危険だった。
彼は来た道を直走った。
すると向こうからも人が来る。
思った通り数人の部下を連れた史だった。
今頃止めを刺しに行ってもあの場所に弦之介はいない。だが、生きていると分かったなら追っ手を放ち息の根を止めんとするだろう。
幕府を掌握し我がものにするためには、子のない将軍の異母弟たる弦之介は邪魔者以外の何者でもない。そして恋した女を独り占めするためには恋敵としても弦之介は除去しなければならない存在。
黒田は城へ戻る道を逆方向に走った。
現在将軍である弦之介の兄、定路の政治を不服とする者でごった返しの城に戻るのは危険極まりない。先代からの老臣重臣達も信用できるかわからない。
民に重税を課し己は美酒を飲み綾錦をまとった美女を侍らす。そのため重い税を取り立てても民政の資金に回ることなく消費されてしまうのだ。
この悪行に痺れを切らした今上天皇はこれまでに五回も幕府に対して使者を送っている。
他国文明が押し寄せる中、幕府本位の考えで勝手に開国し無知な日本は欧米諸国から冷遇され、不利益な条約を結ばされている。
商業の面でも打撃を受けているところは少なくない。
そこへ諸外国とのいざこざのために武士ばかりか農民や町人までが徴兵される始末だから民の不満も募る。
なによりも政権が朝廷から幕府に移り天皇である自分が蔑ろにされていることが許せないのだ。