第十三話
弦之介は梁を見た。
他の者は知らぬ、だがこの男の存在理由はそれに尽きている。
微動もせぬ信念。
田舎の一馬賊の頭目でしかない彼でさえこうまで思い定めているのだ。
民の為命さえ捨てる覚悟。まさに英雄だ。
「私のこの心意気を知る者なぞ小指の爪ほどにも充たぬだろう。だがそれでよいのだ。朝廷の者どもが民の苦労を知らぬと同様、民もまた国主たる者の憂いなぞ知らん。知らぬでよいことなどこの世には充ち満ちておる」
民の為に命捨ててまで何かを成しえようとする者を英雄というのならこの人は間違いなく英雄だろう。
しかし。
「英雄とは何です。あなたはそこまで覚悟を決めているのに民からは何の見返りもないのですよ?!」
「見返りを求める奴を英雄とは言わん。国にとって善でも民にとって悪なことはたくさんある。だが常に弱き者のために生きるのが英雄だ。私はそうなりたいとは思わぬ。だが時代と共にすべては流れ去る。私も時代と共に生きそして消えていきたい、そう思っているのだ」
「弱き者のため善悪問わぬというのですか?時代と共に消えるのが英雄ですか?英雄に定義なぞありはしないでしょうにっ!」
「民の望むことすべてが定義だ」
弦之介はあっと叫んだ。
この男はどこまで大きいのだ。
「攬把・・・」
「私は梁だ、小単」
「梁攬把、私は実を言うと日本人なのです」
「東洋か」
「阿堂弦之介です。梁攬把」
梁はにこりと微笑んだ。
「あなたの偉大さに感服いたしました。会えて本当に良かった、梁攬把」
二人はしばらく見つめ合った。
「さて、そろそろ戻るか。皆も心配していることだろう」
夕陽は赤々と空を染め草原を染めた。
だが弦之介の胸の内は夕陽に劣らぬ温かな色で染め上げられていたのだった。