第十話
目が覚めたのは夜の寒さより体の痛みのためだろう。
暗くてよくは分からないがどうやら物置小屋のようだ。
起き上がろうとした彼はうっと呻いた。
両手足を縛られていることはもとより体中痣だらけだ。
口の中を切ったのだろう血の味がした。
「くそっ」
彼はなんとか起き上がる。
カビの臭いに四方を塞がれた中で彼は祖国を思った。
何よりもあの美しい夜桜の君を――――――
あの御方はどうしているのだろう。
不吉な考えに行き着きそうだったので彼は頭を強く振った。
胸の高ぶりが消え頭も冷めてくると、弦之介はさらに蒼白にならざるをえない思いが頭の中を駆けめぐるのを感じた。
「このような体たらくだから・・・」
この様だからあいつに敗れたりするのだ。
あいつ―――――史義久に。
「気が付いたようだな」
いつのまに入ってきたのか一人の長身の男が戸口のところに立っていた。
弦之介の前まで来るとずいと皿を差し出した。
「何だこれは」
「飯だ」
「そんなこと見ればわかる。縛られたまま食わす気かと聞いているんだ」
男は鼻で笑うと出ていこうとした。
「おい待て!きさまら俺をどうする気だっ?たかが馬賊の分際で!!おいっ待てったらっ」
戸が閉まるとまた静寂が訪れた。
皿など蹴飛ばしてやろうと思ったが、食わなければ逃げるどころではないことに気付いた。
彼は皿の前に跪くと犬のように一個の饅頭をがっついた。
跪きながら彼は思う。
俺は何を思い上がっていたのだ。
敗北は己の驕りに因る。
ならば己の暗き部分と決別し真っ新なところから進めばいい。
彼は犬のような体勢のまま月も星も見えぬ天井を仰ぎ見た。
俺の心はすでに雪白だ。なお過ちを認めたくないのは己の弱さ。
弱き己に克て!
俺は無垢な赤子。
泥濘の如き汚れを身に帯び澄みきった赤子なのだ。
ならば知れ。世の苦を。
その柔き肌が固まる前に満天下の辛酸を擦り込み尽くせ!
彼は破顔した。憂いがないということはこれ程爽快なものなのか。