神様が僕たちを見捨てた理由
「ねぇ、どうして神様は僕たちを見捨てたのかな?」
ペンの走る音、キーボードのタイプ音が支配する静かな部屋の中、少年――ルイが隣の席に座って自分と同じような作業をしている少女に話しかける。
ここは天界。神様を頂点とした天使の仕事場。人間を管理するための世界。
しかし唐突に、まるで初めから存在などしていなかったかのように、今までが夢であるかのように、忽然と神様は姿を消した。一週間前の事である。
この事に天界は荒れに荒れた。無理もない話である。今まで自分たちの頂点にいた存在がいなくなったのだ。ならば誰をトップにおくのか、これからの行政はどうするのか。ここ一週間テレビで流れるニュースはこればかりだ。重要な事だとは分かってはいるし、自分の生活にも影響する事なのだが、偶には違うものも流してもらいたい、という願いは贅沢だろうか……。
ルイは人間界管理局第三支部生活安全課日本係という、何とも長ったらしい名前の職場に勤めている、今年からここで働く事になった。
仕事の内容は非常に単純なものだ。今の人間の生活のレベルがどの位なものかを調べる。ただそれだけの事だ。ただそれだけの分かりやすく単純な仕事だが、複雑な仕事だ。
「さあ、知らないわ。それよりも、そんな無駄口を叩いている暇が有ったら作業進めなさい」
「う……。ごめん」
「分かればいいのよ、分かれば。それにしても、どうして私たちがこんな事をしなくちゃいけないのかしら。これ、明らかに私たちの仕事と何ら関係ないじゃない!」
ルイが質問をした相手――セラは鬱憤が堪っていたようで、机にドン! と拳を叩きつける。
彼女が怒るのも無理は無い。神がいなくなったことで天界は大混乱。それに比例し政府に非難の声が殺到。苦情のメールなども目が回るくらい送られてくる。その対応にルイたちも負われる始末。此処三日間ほぼ休むことなくこの終わりの見えない作業を行っている。
「わっ、落ち着いてよセラさん」
「私は落ち着いているわっ!」
「いや、明らかに落ち着いてないよっ? 酔っ払いが酔っぱらってないって言っているのと同じ位に信憑性がないよっ?」
「私は酔っぱらってなんかいないわよっ!」
「そんな事言ってないってっ!」
「なら何なのよっ! 私が何か間違いでもしたっていうのっ?」
「お前らいい加減にしないか!!」
「「ッ!?」」
ルイとセラの最早叫びの域に入っている怒号でのやり取りに、ここの係長であるサンスが彼らに負けないくらいの大声で静止を呼びかける。
その声に驚き、ビクッと二人の肩が上がる。
「サ、サンス係長」
恐る恐るといった感じにセラがサンスの名前を呼びながら彼の方に顔を向ける。その向けた顔は若干怯えを含ませていた。ルイも同じような表情し、セラに続き顔を向ける。
サンスは呆れと怒気を混ぜたような表情をしていた。
「はぁ、お前らなぁ……」
「すいませんでした!」
ルイがバッと頭を下げる。反射的に謝らなければと思ったのかもしれない。
(係長、怒ると怖いし、説教も長いから怒られたくないんだよなぁ)
サンスは一度怒るとネチネチと説法のように長く話し続ける。故にこの職場では「係長は怒らせるな」が暗黙の了解となっているのだ。
「まぁ、お前らがイライラしているのも分かるさ。俺だって苛立ってるし、他の奴らだってこんな状況にむしゃくしゃしているんだ。出来る事なら今やっている仕事だって放りだしてしまいたい」
「……分かって、います」
サンスの悟らせるようの語り掛けにセラは顔を俯かせる。セラはカッと顔が赤くなるのを感じた。今になって先程の癇癪を起したような自分の振る舞いに恥ずかしさを覚えたのだろう。恐らく顔だけでなく耳の端まで朱に染まっているかもしれない。
「ならいい。さっさと仕事に戻れ。……いや、お前ら少し休憩してこい。頭を冷やす時間も必要だろう」
「分かりました」
「……失礼します。皆も、迷惑をお掛けしました」
そう言ってルイとセラは軽く一礼し、この場を後にした。
部屋を出て、ロビーに設置されているベンチにルイとセラは腰掛ける。
「……はぁ、厄日だわ」
座るや否や、セラは溜息を漏らし、毒づく。
「えっと、セラさん大丈夫?」
そんなセラを気遣ってか、ルイが声を掛ける。
「大丈夫だったら、こんなところで休憩なんかしてないわよ」
「うっ、ごめん……」
セラの若干棘の刺さった言葉に、ルイは悪い事を聞いてしまったと謝罪する。
そのルイの態度にセラはもう一度溜息を吐く。
「別にルイに当たってるわけじゃないわ。イライラしていた自分が悪いのだから。気にしないで」
「で、でも……」
「私が気にしないでって言ってるのだから、気にしなくて良いのよ」
そう言うとセラは「んー……」軽く背伸びして立ち上がり、近くの飲料水の自動販売機に足を向ける。
「何か飲む? 迷惑をかけたお詫びに奢るわよ?」
ウィンクのオマケつきでセラが尋ねてくる。
「えっと、じゃあ、ココアを」
「子供ね」
「なんでそうなるのかなっ?」
「ふふっ、冗談よ」
セラは少しからかった様な、そして楽しげな笑顔をルイに向ける。
(どうやら吹っ切れたみたいだな)
そんなセラの様子を見て、ルイはそう判断を下す。
「ん? どうかしたの?」
長くセラの顔を見ていた事を気付かれ、小首を傾げられる。
「えっ? あ、いや、もう大丈夫そうで良かったと思って」
「そ、そう」
ルイの慌てて出た言葉にセラは仄かに頬を赤く染める。ルイから掛けられた言葉を聞いた瞬間、再び顔を自動販売機の方へ戻す。その為、赤くなった顔をルイに見られなかったのはセラにとって幸いと言えよう。
硬貨口に缶二本分の料金を入れる。そしてルイの分のココア、自分の分のコーヒーのボタンを順に押す。
「はい」
「ありがとう」
出てきた缶の片方をルイに渡す。
プルタブに指をかけ、缶の口を開ける。そして軽く一口飲む。ほろ苦い液体が喉を通り抜け、渇きを潤す。
「ねぇ、セラさん。どうして神様はいなくなってしまったのかな?」
「貴方、さっきもそれ言ってたわね」
「だって気にならない? 世界の象徴ともいえる人だよ? そんな人がいきなりいなくなっちゃったんだよ?」
グイッとセラの方に少し詰め寄りルイは矢継ぎ早に捲し立てる。
「私は神様本人じゃないし、分からないわ。別段分かろうとも思わないけど。それでも、敢えて言うなら飽きてしまったんじゃないの? この世界に。後近いわ、少し離れて」
セラがそう指摘する。ルイは無意識的に詰め寄っていたようで、その事実に気が付くと「わっ!」と顔を赤くし、体一つ分間距離をを空ける。
「えっと、飽きてしまったって……。そんな理由で、辞めちゃっていいモノなのかな?」
「知らないわ。それなら神様に直接聞けばいいじゃない」
「いない人にどうやって聞くのさ」
「それこそ私に聞かれても困るわ」
そう言い切ると再びセラは缶に口を付ける。今度は軽くではなく、グイッと流し込む感じに。
セラからのドライな返答にルイは視線を下げ、顔を曇らせる。
「もし、この事を人間界の人達が知ったら、一体どうなるんだろう。やっぱり僕たちみたいにパニックになるのかな……」
誰に聞かせる訳でも無い、ルイの独白。その声には不安や悲観が入り混じっている。
「別に何も無いと思うわ」
「……え?」
セラの言葉に沈んだ顔を上げ、驚いた表情でルイはセラを見る。
「どうして、どうしてセラさんはそう思うの?」
ルイの質問に対して、セラはさも当たり前かの様に、平然と悠然に答えた。
「だって、人間は神様の事なんて別に何とも思ってないもの」
そう言うとセラは缶の中身を飲み干し、ベンチから立ち上がる。ごみ箱まで歩き缶を捨てる。
「それじゃあ私は戻るわ。あんまり長居してサンス係長に怒られてるのは勘弁だもの」
手をヒラヒラと振って、セラさんは職場に戻って行った。
「……」
静寂になったロビー。ただそこには、悄愴だけが残った。
休日。ルイは人間界に下りる事にした。ルイにとって人間界に下りるのはこれが初めての事だ。
『だって、人間は神様の事なんて別に何とも思ってないもの』
セラに言われたこの言葉を、ルイはどうにも信じる事が出来なかった。故に自分で確かめる事にしたのである。
本当に、人間は神様の事など何とも思っていないのかを。
人間界。天界の箱庭。天使たちに管理された世界。
しかし、人間たちはその事実を露とも知らずに、昨日を悔やみ、今日を生き、明日を焦がれて人生を送る。
そしてルイはそんな世界のとある街に下りた。
その瞬間――、
(あ……、あれ?)
酷い眩暈に襲われた。
これは当たり前の事である。なぜなら生活環境が全く異なるのだから。
辺りは喧騒で溢れ、人で溢れ、濁った空気で溢れ返っている。
この様な環境で生活などしてこなかったルイにとって、この反応は普通の事なのだ。
淡水魚が突然海に放り出されたようなものだ。まぁルイの場合は激しい眩暈や気怠さに襲われただけで、淡水魚と違い死ぬことは無いだろうが。
(うぅ、帰りたい)
死ぬことは無いが、少し心は折れかかっているが……。
「あ、あの……」
兎にも角にも、早く調べて終わらせて帰りたいと思ったルイは、近くを通りかかる人に声を掛けることにした。
ルイの声を掛けた相手はリクルートスーツに身を包み、綺麗に髪の整えられた見た目二十代後半の、ごく一般的な社会に出て幾数年のサラリーマンの男性であった。
「はい、何でしょう?」
ルイの呼びかけに対して、そう聞かれたらこう返すであろう模範的な返答を示す。
「あの、唐突な質問で申し訳ないのですが」
「ええ、余り時間が掛からないのであれば構いませんよ」
この男性、どうやら街頭調査か何かだと思っているようである。まぁ、一概には間違ってはいないが。
「はい、ありがとうございす。あの、貴方は神様っていると思いますか?」
「……はぁ?」
ルイの余りに愚直すぎる質問に呆ける男性。「コイツ、何言ってんの?」という意味の「はぁ?」である。
男性の中ではルイに対する警戒度がうなぎ上りに上がって行き、早くこの場から離れたいという思いで溢れていた。態度には見えにくいかもしれないが何時でも走って逃げる構えは出来ている。
「あ、えっと、そのですね。別に怪しいものでは無いんですよ? ただ――」
「すいませんがそういう宗教的な勧誘みたいなものはお断りですっ!」
「あ、ちょっと!」
男性は人混みの中に入り、上手く人の合間を縫って渡り、気が付いたらルイの前からいなくなっていた。
(僕、何か可笑しい事なんて言ったかな?)
いなくなった男性の事を思い返し、ルイは自問する。
ただ、神様の事をどう思っているのか、それだけを知りたかった。それだけの事なのにこの有様である。
『だって、人間は神様の事なんて別に何とも思ってないもの』
セラの澄みきった声が頭の中で響き渡る。
(本当にそうなの? でも未だ一人しか聞いてない。これだけじゃ納得なんてできない!)
沈みかけた気持ちを鼓舞し、ルイは改めて人に尋ねる事にした。
色々な人に尋ねてみる事一時間弱、ルイは疲弊していた。
『君、何言ってるの?』そう言ってあざ笑う人。
『いる訳ないじゃん』冷めた顔で答える人。
『神様がいるなら言っておいてよ。どうして僕の人生はこんなんなんですか! ってね』そう笑って去っていく人。
『神様? ああ知ってる知ってる、此奴の事だよ此奴。此奴マジ神なんだって』茶化したように隣に立っている人物を指さすグループの人。
『夢を見るのも大概にしろよ』そう諭すように言ってくる、なんだか疲れたオーラを身に纏っている人。
『いてもいなくても、どうでも良いよそんな事』何の感情も感じられない声で答える人。
質問に対する答えが、どれも期待していたものからかけ離れていたからである。
それどころか、最初に声を掛けた人のように話の途中で逃げて行ってしまう人や、話しかけても一瞥し、無言で通り過ぎていく人だって少なからずいた。
故にルイは疲弊していた。
次で最後にしよう。そう思い、丁度目の前を通り過ぎようとする女性にルイは声を掛けることにした。
「あの、すいません」
「……はい、なんでしょう?」
覇気の感じられない弱弱しい声だった。
そして、奇妙な女性であった。
顔は痩せこけ、髪も乱れている。目の下には深い隈が見て取れた。そう、窶れに窶れ果てた結果を表しているかのような、今にも消えてしまいそうな雰囲気が感じられた。
この様な女性に質問して良いものか、と少しためらいを覚えたが、既に声を掛けてしまった為、後戻りをする訳にはいかなかった。人違いだ、と言えればよかったのだが、何故だかわからないが言ってはいけない様な気がしたのだ。
「変な質問で申し訳ないのですが」
「……変な、質問ですか。ええ、どうぞ」
今までの経験から、この様な前置きをした方が良い事をルイは学んだ。行き成り「神様がいると思うか」と聞くのは、どうやら相手に不信感を与えてしまうらしい。
「貴女は、神様っていると思いますか?」
「神様、ですか?」
「はい、神様です」
ルイがそう言うと女性は「そうですねぇ……」と思案に深け込む。
その様子を見て、若しかしたらこれは良い答えが貰えるのでは、と期待することにした。
「ええ、いるんじゃないですか?」
ニコリと女性は笑った。
「えっ、本当ですかっ?」
初めての返事にルイは喜び、胸が躍った。
その高ぶる興奮の為、気が付く事が出来なかった。
女性の笑みに狂気が含まれている事を。
クスクスと女性は笑う。
「ええ、いますとも。いえ、いなきゃいけないんですよ。いてもらわなくちゃ私が困るんですから」
そう言って彼女は肩にかけたバッグの中を漁り始める。
「えっと、あの……」
先程までとは打って変った様な言動。彼女の言葉の端端から感じられるナニカから、漸くルイはこの女性がどこかオカシイ事に気が付き始める。
(この女性は危ない! 何とかこの場から離れないと!)
「あれ、どうかしたんですか? 何か用事でも? そんな訳ないですよね。私みたいな人に声を掛けるくらい時間に余裕があるんですから。あ、そうだ、時間に余裕があるんですから少し話に付き合ってくれますよね? って態々聞くまでもありませんでしたね。だって時間に余裕があるんですから」
有無を言わさぬ言葉の羅列にルイは黙って頷く。
確信した。この女性は、狂っている。
周りの人たちは立ち止まっている二人を見て、何をしているんだろう? と僅かながらに疑問を抱くも、まぁ良いかと通り過ぎていく。これがもし厄介ごとだったら、巻き込まれでもしたら、自分の身に何かあったら嫌だから。
「つい二日前の事なんですけどね。私の息子、悠史って言うんですけど、交通事故で亡くなっちゃったんですよ。まだ六歳で小学校も入ったばっかりで、新しい友達とかも出来て、楽しい楽しいって毎日色んな事を話してくれて、本当に幸せそうで、そんな子が死んだ。可笑しいですよね? 何も悪い事なんてしてないのに。可笑しいですよね? もっと死ぬべき人とかいるのに、可笑しいですよね? 死ぬとか可笑しいですよね? あぁ可笑しい!」
ケタケタと女性は笑う。話の中からは笑うところなんて何処にもないのに、笑う。
(笑えない……)
ルイは自分の顔が引きつっているのを感じた。
ドクンドクン、なんてものじゃない。バクバクバクと心臓が激しく、その内破裂してしまうのではないかと思うくらい鼓動する。
背中を伝う汗の量が尋常ではない。
「それでですね、わたし思ったんですよ。きっとこれは神様のイタズラなんじゃないだろうかって」
ケタケタ。ケタケタ。女性はケタケタ笑う。
バッグからナニカを取り出した。
そのナニカの正体は包丁。
太陽の光を受け、眩く光るそれを見てルイは思わず後ずさる。
ナニカがルイの横を過った。
ルイの首筋からタラリと血が流れる。
ヒィッ! とルイの口から声が漏れる。
「だからですね、貴方にお願いがあるんですよ――」
猟奇的な笑顔を浮かべて、女性はその三日月の様に広がった口で言った。
「神様にどうして悠史を殺したのか、聞いて来てくれませんか?」
喧騒が絶叫に変わる。二人の間で起きている事に気が付いたのだろう。
二人の周りにどんどんと人が集まってくる。野次馬と呼ばれる人たちだ。
でも野次馬たちは何もしてくれない。ルイを助けようなんて思いもしない。ただ傍観しているだけだ。事の顛末を見守っているだけ。
(何で? 何で助けてくれないの? 何で見ているだけなの?)
ルイは周りの人達を見る。
目を逸らされる。
彼らはルイがどうなろうと何とも思わない。いや、思いはするだろう。
例えばルイが死んだら、「可哀想だったねあの子」と言う。もしルイが助かったら、「良かったね」と言う。ただ、言うだけだが。
どうして彼らは何もしないのか。簡単な事だ。
巻き込まれたくない。
この一言に尽きる。
「どうして避けてしまうんですか? 神様を信じているんですよね? いると思っているんですよね? なら、会ってきてくださいよ?」
ルイはヘタリとその場に座り込む。腰が抜けたのだ。
「まぁっ! 自分から座ってくれるなんて。良い子ですねぇ。ええ、そのまま、ジッとしていて下さいね。すぐに終わりますから。大丈夫、痛くありませんよぉ」
女性が屈み込み、ルイに視線を合わせ優しく語り掛ける。
「それじゃあ――」
ピタリと世界が止まった。
ナニカを振り上げた腕も途中で止まり、女性も動かない。
あれほど五月蠅かった周りの人たちも鳴りを潜まている。
「全く、探したわよ。こんなところで何をやってるんだか」
「……セラさん?」
「ええ、そうよ」
声の主はセラだった。
ルイは目の前で止まっている女性の脇を通り、セラの元へ向かう。
「えっと、セラさん。この状況は何?」
「何って、貴方が危なそうだったからサンス係長に連絡して止めてもらったのよ。ここは私達が管理している世界。止めるなんて造作もない事でしょ。そして――」
セラは懐から銃の形をした機械を取り出すと、ルイを襲おうとしていた女性にその機械を向ける。そして引き金を引いた。
ガシャンとガラスの砕ける様な音を立て、女性が崩壊していく。
僅か一秒足らずで女性と言う存在はこの世界から姿を消した。
その様子にルイは目を丸くする。
「はぁ、全く、余り手間を掛けさせないでよね」
「……セラさん、何をしたの?」
やんちゃな子供に癖癖している様な雰囲気を醸し出しているセラに対してルイが尋ねる。
「何って、消しただけだけど? さっきの女性はいても害になるだけ。益なんて無い。そう判断したから消したのよ」
「そんな……」
「そんなって、貴方さっきの女性に同情してるの? 自分を殺そうとした女性に同情する余地なんて無いじゃない」
「まぁ、そうだけど」
「それに、人間は一日に二十万人も死んでいるのよ? 死ぬ予定では無かった人が一人増えた所で何も問題なんて無いわ。それを管理している私たちが言うのも変な話だけどね」
ほら、帰るわよ。そう言ってセラはルイの腕を取る。
「あ、それと……。人間と違って私達天使はあんなに人数が多くないのだから、命を投げ出すような馬鹿な事はしないでよね」
「いや、あれは予想外と言うか、本当は神様を信じているのか聞きたかっただけで……」
「呆れた、貴方そんなことやってたの」
セラの冷たい視線が突き刺さる。
「うっ、ごめん」
「まぁいいわ。それで、結果はどうだったの?」
「そうだね――」
ルイは先程の事を思い出し、今まで出したことのない、非常に冷めた声で答えた。
「人間は、神様の事なんて別に何とも思ってなかったよ」
神様が僕たちを見捨てた理由。きっとそれは――。