なな 優斗Side
また、寝てしまったらしい。隣を見ると、りぃちゃんが居た。
目をこすりながら、起き上がる。ほっぺに貼ってある絆創膏が僕の手に当たって、ちょっとこそばゆかった。起き上がるだけでも体の節々が痛い。
りぃちゃんは、りんごを剥いていた。僕を見ないように、下を向いて熱心に剥いていた。りんごの皮は細く薄く伸びている。そういえば、りぃちゃんは手先も器用だったっけ。なぜか、指に絆創膏を貼り付けていた。
「これ、私が食べるから。優斗のじゃ、ないから」
りぃちゃんはそう呟いて、皮を全部剥き終わった。皮を薄く薄く剥いていたから、りんごは殆ど凹凸がなく、丸くて、綺麗な輪郭をしていた。真っ白なりんごに、何故か、赤い斑点がついていた。
「これ、血?」
「うん。指、切っちゃった」
「大丈夫?」
「うん」
りぃちゃんは、そう言いながら、りんごを真っ二つに切って、そのあと、また半分、また半分、と全部で八個のりんごが出来た。芯の部分を取り除き、お皿に盛った。蜜りんごだ。りぃちゃんは、一番赤い斑点が大きいりんごを口に入れた。しゃくしゃく、とおいしそうな音がする。
僕はりぃちゃんの血がついているりんごを手にとり、口に入れた。あ、と呟くりぃちゃんの声。何もついていないりんごもあったから、そちらの方を食べると思っていたらしい。りぃちゃんは、すごくびっくりしていた。
一瞬だけ、鉄の味がする。でも、本当に一瞬だけで、あとは慣れた甘さが舌を包み込んだ。ごくり、と飲み込む。僕の小さな喉仏が震えて少しだけ動くのをりぃちゃんは見つめていた。
これで、ほんの少し。ほんの少しだけれど、僕の体にりぃちゃんの血が混じった。
「バカじゃないの」
りぃちゃんは言った。
「ほんとバカだ」
力の抜けたような声でもう一度言った。
「りぃちゃん」
「りぃちゃんって呼ぶな。私、その呼び方キライ」
りぃちゃんは涙声で言う。強がって言ってるのがばればれだ。
「嘘でしょ」
「……」
「ズボシだ」
「……」
僕が顔を覗き込む。すると、りぃちゃんは顔を背けた。
りぃちゃんのほっぺは赤く染まっている。
「坂本くんにね、りぃちゃんって呼ばないでって言ったらね、ふざけて、『りぃちゃん、りぃちゃん』って呼んでくれるの。それが、すごく嬉しいの」
「キライじゃないじゃん」
「そうだよ。でも、キライって言ってるから、坂本くんに『りぃちゃん』って呼んでもらえるの」
なんだか坂本のお兄さんに負けたみたいで悔しくなった。僕には『りぃちゃん』って呼ぶなって言わせておいて、坂本のお兄さんにはいいのか。僕は乾いた唇を舐めて、シワの寄った水玉模様のパジャマを撫でた。いつのまにか、着替えさせられていたらしい。
「やっぱり、りぃちゃんは、僕を利用してるんだね」
「悪いと思ってるよ」
「じゃあ、なんでやめないの」
「友達が笑ってくれるから。友達が許してくれるから。それから……」
「汚いことをしてるのに、してる理由は綺麗だね」
僕がりぃちゃんの言葉を遮って、皮肉混じりに言うと、りぃちゃんは少しだけ、哀しそうに笑った。
「綺麗じゃないよ。結局私は利用してる。自分が気持ちよくなりたいから、優斗を利用してる。やっと気づいた。私は最低で汚い」
りぃちゃんは、目を伏せて、りんごに手を伸ばし、先っちょだけ齧った。
「サイテーでキタナイ」
僕はりぃちゃんの言った言葉を復唱した。
「僕も気づいたよ」
「え?」
僕は口の中にあったリンゴを、ごくり、と飲み込むと、笑顔で言った。
「僕は、僕を利用してるりぃちゃんも、大好きだよ」
りぃちゃんは、ちょっとだけ驚いたあと、照れくさそうな甘い顔をして、
「早く元気になあれ」
小さく呟いて、僕のおでこにキスをした。
僕は、ただ、利用されているだけだった。
でも、僕は利用されても、構わなかった。
りぃちゃんに利用されて、愛されていたから。
「ホタルのように(ry」と同様、中学生のときに書いたお話です。
この作品は簡単に言えば「ブラコン」と「シスコン」の話ですね。本人達は否定してますけど。
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