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Used  作者: 百円
6/7

ろく 里穂Side

 膝に絆創膏を貼り付けて、私は優斗の眠っている部屋に足を踏み入れた。

 お父さんとお母さんがちらり、と私を見て、小さく微笑んだ。


「優斗ね、今寝たところなのよ」

「ふうん」


 私は出来るだけ抑揚をつけず言ってみたけれど、心の中ではすごく安心した。優斗に、どんな顔で、どんな言葉をかけるべきなのか、分かんなかったから。


「私のせい、だと思う」


 私がぽつり、と呟くと、お父さんが小さく顎を引いた。


「そうかもしれないな」


 ちょっと、とお母さんの咎める声がしたけれど、お父さんは目を瞑って聞き流した。


「お前は、優斗が好きか」


 お父さんの言葉がずん、と胸に落ちてきた。お母さんもお父さんの反応を見てそれ以上は何も言わなかった。きっと、二人とも知ってるんだな、と雰囲気で感じた。


「……わかんない」

「そうか」


 お父さんも、それ以上は言わなかった。


「優斗、明日、学校休むからね」


 お母さんの声に「うん」と返事をした声が、少し掠れた。


 ――「あのときのお前に戻れよ。俺がすげえって思った、あのときのお前に」 


 坂本くんの声を心の中で反芻する。学校に行ったら、みんなの視線、痛いだろうなあ。また、あのときに逆戻りだ。ため息を吐きたくなったけれど、そこまで憂鬱ではなかった。


「もう仕事に戻らないとな」


 お父さんは腕時計をみて、優斗をみた。


「いってらっしゃい。優斗の面倒、私が見るから」

「ああ」


 お父さんはお母さんの言葉に小さく頷く。そして、優斗のほうに近寄り、優しく撫でた。優斗の眠っている顔が幸せそうで、切ない気分になった。


「じゃあな。里穂」


 ぽんぽん、と私の肩を叩くと、片手を挙げる。叩く手は優しかったけれど、どっしりしていた。私も、つられて片手を挙げると、お父さんは小さく笑った。

 お父さんが病室を去ったあと、お母さんはりんごと果物ナイフを私に渡した。


「これ。女の人から、お詫びにってもらったの」


 ふうん、と呟いて私は手の中でりんごを玩ぶ。全体的に丸くって剥きやすそうだ。


「私に剥いてほしいの?」

「ええ。優斗、里穂が皮を剥いたりんごは、おいしそうに食べるから」


 お母さんは口元をほころばせた。私とお母さんだったら、お母さんのほうが上手に剥けるし、私が出来ないウサギさんも、綺麗に完成させる。でも、お母さんが頼んだのは、上手い下手の問題ではないのだろうな、と思った。


「ちょっと、トイレに行ってくるわね。優斗、見ていてくれる?」

「うん、分かった」


 私が頷くと、お母さんは優斗のほうに近寄り、優しく撫でた。そして、


「早く元気になあれ」


 とびっきり優しい声で、優斗の額にキスをした。チュッ、と小さく音がする。私は吃驚してパチパチと目を瞬かせ、お母さんを見た。お母さんは優しく笑って「早く元気になるおまじない」と少しだけ恥ずかしそうに言った。

 私は、何だか胸が温かくなった。


*

 

 りんごの皮むきの練習、いつから始めたんだろう。いつから、出来るようになったんだっけ。最初は包丁の少し手前で親指を添える、ということが怖くて出来なかった。そんなことをすれば、手が切れてしまうではないか、と。でも、やってしまえば、包丁は指ではなく、皮とりんごの実の丁度間をするりと抜けた。添えないでやるよりもずっとやりやすかった。

 いつも通り皮を剥いていると、包丁が滑り、添えていた親指を擦った。


「あ」


 擦った場所はピンク色になり、やがて赤くなった。本当はあまり痛くなかったんだけれど、りんごの白い部分に赤い血が染みていくのを見るうちに、痺れるように痛くなり、涙がぽたぽた落ちた。


「痛い」


 血は親指の付け根まで垂れてきた。妙に生生しくて、思わず、親指をしゃぶるように舐めた。 

 鉄の味が舌に突き刺さる。親指しか切ってないのに、体全体が痺れるように痛かった。

 私、今日、怪我してばっかりだなあ。それに、泣いてばっかりだ。



「里穂ちゃんって、ブラコンなんでしょう? 気持ち悪い」

「ほんとだよねえ。里穂ちゃん、弟のこと、ゆーくんとか言ってるもんね」

「うわあ。私だったら絶対いえなーい」



 口の中の鉄の味が苦く感じた。

 私は、あのときの私とは違う。そう思っていた。でも、今の方が、ずっと滑稽だって気づかされた。

 私は、耐えないといけない。もう、優斗を傷つけないように。

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