7章閑話「そんなのは間違ってる!」「間違ってはないと思うね」
その日の夜。
転生者であるべスナル・テスカシュミは痛む右腕を抑えつつ、路地裏を歩いていた。
「くそう、あの生徒会長め! 出鱈目な強さ、しやがって!」
彼は王道通りの転生者である。
前の世界ではいじめられ子であり、前の世界での命は通り魔による不幸な事故で死んでしまった。それは神様によるミスであった。それ故、べスナルは神様に転生する権利と自らに色々な特典を貰った。
常人ではありえないような魔力量、明らかに何年もの訓練しても得られるかどうかわからない高い身体能力。ほぼ無敵と言っても良い領域を作り出す異能。
これならばべスナルは特に、挫折も苦悩もせずに生活出来ると思っていた。
そんなべスナルの趣味は面白さを求めて夜散歩する事であった。だからこそ、べスナルはヤヤ・ヒュプオンの不審な光に気付いて、さらに『どんぐりの会』の5人組がヤヤを連れ去る所を見ていたのである。
その事を生徒会長に詳しい事情を聞かれたべスナルは、ぶしつけながらもとある考えを思いついてしまった。
(生徒会長を倒せば、もしかしたらモテるかも?)
挫折も苦悩もしないように貰った異能は、彼に敵が居ない事を教えてくれた。
どんな上級の魔物も、彼の前では味気ないただの獣にしか見えなかった。
その上で、彼は生徒会長を襲い、―――――――――今のような姿になってしまった。
「ありえねぇ、論理に反してる。俺が負けるのは可笑しい。俺は神様に選ばれた存在だぞ? なのにどうして負けなければならない?」
ただ死すべき存在である自分を神様は助けてくれた。故にべスナルは自身は神様に選ばれた特別な存在だと思っていた。なのにどうして負けなければいけない。神に選ばれた存在が、ただの生徒会長、ただの人間に負けるなんて、
「そんなのは間違ってる!」
「間違ってはないと思うね」
と、背後からそんな自分をたしなめる声が聞こえて来た。
振り返るとそこには、あのヤヤを連れ去った5人組の1人、アサセノス・ナハルーパがレイピアを持って佇んでいた。
「聞くつもりは無かったとも。あぁ、無かった。僕は君に僕達の存在を見たかどうか確認に足を運んだだけに過ぎない。けれども聞こえてしまったのだから言うね。君は間違っている」
「な、何を……!?」
「受け入れろよ、自分の無能さを。自分の惨めさを。そして自分の非力さを。
君は確かに強かった。強かったのだろうね、どう見ても。けれども君は負けた。君の強さは確かに一騎当千と呼ぶべきほど強い物だったかも知れないが、それでも唯一絶対的な強さでは無かった。
老いてから自分の弱さを嘆くのはそれは不幸だ。けれども君はまだ若い。いくらでも強くなれる」
「うっせー! 俺に指図すんな!」
べスナルはそう言って、神から貰った異能、『自己領域』を発動する。
『自己領域』。これがべスナルの神様から貰った異能。ここに居る間はべスナルの攻撃力増大と射程範囲の拡大、さらには肉体と持ち物の永続回復。外に出ようとしても覆っている膜はこの世界のどのような物も壊せない壁。外からの援軍も望めない。さらに能力切れも心配ない、あと24時間くらいは持続出来る。
24時間もあれば、この程度の相手を倒す事は簡単だ。
「そうだ、そもそも生徒会長が異常なんだ。この前は油断したが、あれは何かの間違いだ。きっと何かこっちの体調が悪かったんだ。そうに違いない」
「ごちゃごちゃとうるさいなー」
と、アサセノス・ナハルーパはそう言ってレイピアを構える。
「勝手に自意識過剰で自分の強さに悦を感じるのは良いけど、それを堂々と僕に宣言しないでください。
それと、多分この能力だったら体調とか関係ないと思うけどな」
「うるさい! 黙れ!」
彼はそう言って、地面を強く蹴って走る。常人だと目で追いつけないくらいの素早さ、そしてその素早さに合わせるようにして彼は拳を振るってアサセノスを殴る。
「ぐふっ……!」
吹き飛ぶアサセノス。しかし、完全には飛ばしきれずに膜にぶつかって跳ね返されて倒れる。
『自己領域』による攻撃力強化と攻撃範囲の拡大、速度を乗せた重い拳。相手がどれくらいの強さかは知らないが、かなりの攻撃力にはなっただろう。
「この領域内では俺以外は回復しない。この領域は俺の領域、俺の支配下にある領域だ。この俺の領域では俺が最強無敵、絶対の存在なのだ」
「でも、負けてんじゃん。その生徒会長さんとやらに」
「……ッ! 減らず口を言うな!」
べスナルはそう言って、彼の身体を蹴る。蹴られたアサセノスは声にならない声をあげて、吐血する。
「俺に負ける事は恥じる事では無い! 俺の異能、『自己領域』は最強なのだから!」
ザク、とべスナルの足に痛みが生じる。
「痛ッ……! な、なにしやがる」
そこにはアサセノスがレイピアでべスナルの足を突き刺していた。たらたらと流れる血と、それより速い速度で回復が行われている。
「はっ……! 何をしても無駄だ。俺の異能こそ最強。故にお前が足掻こうが何しようが、何も変わらない。何も関係ないお前には悪い事をしたが、これもまた俺が強すぎるから悪いのだ。そう、俺の強さは罪なのだ!」
「―――――――ごちゃごちゃとうるさいね」
と、アサセノスが血を流してそう言う。
「認めよう。僕の無能さを。僕の惨めさを。そして僕の非力さを。僕は君には勝てない」
「そうだ、それでこそ正しい……」
「だからと言って、何も出来ない訳じゃない」
途端にパリン、と音を立てて『自己領域』が割れる。
「な、なんだ! これは!」
「僕は準備士だ。戦うのではなく、準備するのが僕の果たすべき役目。先程のレイピアの攻撃に君の異能の継続の邪魔をする魔法の効果を入れて置いた。これで君の異能を一時的に封じたのさ。まぁ、本場の人にはやはり叶わないがそれでもまだマシだ。これで準備完了だ」
「ちっ……! 余計な事を!」
悪態を吐きながらべスナルはアサセノスを蹴り飛ばす。そして異能を発動して見ようとするが、どうしても上手く行かない。
異能が無くなったと言うよりは、使うのを何かで阻害されていると言う感覚。1時間もすれば再び使えるようにはなるだろう。
「まぁ、別にお前に恨みは無い。今日はこの辺で勘弁……」
「いや、僕にはあるね。べスナル・テスカシュミ」
アサセノスはそう言って、左腕を抑えながら立ち上がる。
「異能を持ちながらその異能をただの技能としか考えていない君は、異能を真剣に取り扱っている我ら、『どんぐりの会』を馬鹿にしたのも同意だ。
異能とは、もっと高貴であるべきだ。君のような、ただ便利くらいにしか思ってない人が使うべきではない!」
「くっ……!」
「それになんだ。僕は君を殺そうとした。なのに君は興が覚めたから帰ると言う。この世界はもっとシビアだ。死んだら死ぬ、戦われたら戦う、そう言ったシビアな世界。殺意を持った人間と戦って、殺しておかないなんて、君は可笑しい!」
「……どう見てもそっちの方がやられているだろうが!」
ぼろぼろの身体のアサセノス、『自己領域』によって傷一つない身体のべスナル。どちらが勝者と言えば、べスナルが勝者だろう。
勝者が敗者を見逃すのは自由だ、それを異能を真剣に扱ってないなど、殺してないと可笑しいなどと言われる筋合いは何一つだってない。
「と言う訳で、君には今から地獄を見せる。
そして思いするだろう。無能さと惨めさと非力さを」
それが何を意味する言葉なのか、べスナルは聞く事は出来なかった。べスナルは光に包まれていたから。
「がっ……!」
今までに味わった事のない、生徒会長の攻撃よりも痛い苦しみがべスナルの身体をかけめぐる。全身の骨が軋み、全身が悲鳴をあげている。その痛みに耐え切れず、べスナルは意識を手放した。
「いや、流石としか言いようが無い。
まぁ、つまりはちゃんと出来ていると言う事か。それならば良い、安心した」
と、アサセノスは1人呟き、左腕を抑えて暗闇に消えて行った。




