1章5話「……私は、戦闘が、好きです」
「二重奏マーチ!」
ラートアンがギターをかき鳴らすと共に、肩に置かれたアンプから波動が出てきて、僕らめがけて飛んでくる。
「ちっ……!」
もはや闘儀としての物は成立していない。だから僕は、慌ててその波動から逃げるようにステージの端へと移動する。
しかし、他の生徒が逃げ回っているのにも関わらず、誰も見ていないステージ上で1人セレネオスさんだけは逃げなかった。
逃げずにいたために、セレネオスさんは波動にぶつかって吹っ飛んだ。
「かはっ……!」
「セレネオスさん……!」
僕は慌てて、彼女に駆け寄って行った。
「大丈夫かよ、おい……。もう誰も見ていない。これは闘儀なんかじゃない。だから早く、逃げろ!」
「嫌よ!」
しかし、セレネオスさんは頑なにその場から動こうとはしない。
「逃げない! その精神は、音楽としては最適な選択だ。
だけれども、これならどうだ!」
ラートアンはそう言いながら、両肩に載せたアンプを地面に置く。彼がアンプの片方を蹴ると、1つのアンプは2つになった。
アンプは全部で3つになった。
「三重奏マーチ!」
今度はアンプ3つによる振動攻撃。僕とセレネオスさんは逃げきれなかったため、モロに衝撃を受ける。
「……っ!」
別に衝撃自体は大した攻撃力ではない。
しかし、頭を揺らすが如く、振動がこだまする。
「くっ……! 頭がぐらぐらする!」
「君は邪魔だね。弦かつぎ!」
ラートアンがギターをこちらに向けると、いきなり弦がこちら目掛けて伸びてきた。
そして、それをモロに受けて僕はステージ上を転がる。
「……っ!」
ステージに顔を打ち付けたせいで、びりびりする。それにまだ頭がくらくらして考えられそうにない。
ゆっくりとラートアンはセレネオスさんが居る舞台場へと上がってくる。
「ディオルー・セレネオス。君と私とは良く似ている。
強者との戦いによる悦を望む君と、音楽による興を望む私。
君と私とは良く似ている。だからこそ、私達はお互いに居るべきだろう。
楽しさを、悦を、興を、この世の楽しさを共有すべきじゃないか!
人生は楽しさだけで十分さ。この世は楽しく生きていこう!」
ラートアンはそう言って、セレネオスさんに手を伸ばす。
その手を、セレネオスさんは跳ね除ける。
「なっ……! 私と居れば、楽しく生きていけるのに!」
「……お断り、です」
セレネオスさんは息も絶え絶えに答える。
『二重奏マーチ』と『三重奏マーチ』による攻撃を受けてるセレネオスさん。
恐らく僕以上に頭がはっきりしていない状態で、それでもなおセレネオスさんは声を上げる。
「……私は、戦闘が、好きです。だから、楽しみたい。
でも、だからと言って、楽しさだけで、いたくはない。
努力もしたい。
苦戦もしたい。
無力さも知りたい。
恐怖も知りたい。
そう言うマイナスも知って、私は、
戦闘を、楽しみたい」
「そうか。残念だ」
ラートアンはそう言って、ギターを向ける。
「独唱マーチ!」
ラートアンはギターをかき鳴らそうとして、
それを僕が腕を出して、ラートアンの腕を掴んで止めた。
「……っ! 貴様!」
「お取り込み中、悪いな」
僕の腕を振り払って、ラートアンはアンプの近くに戻った。
「……レン……ラ……さん」
「セレネオスさんが時間を稼いでくれた御蔭で、頭はわりとすっきりしてきた。
ラートアン、お前とセレネオスさんは違う。
お前は楽しさしか受け入れてない。けど、セレネオスさんは楽しさも痛みも受け入れてる。
世界のマイナスの面を受け入れてないお前に、勝ち目はない」
世界は楽しいだけじゃない。
ラートアンの言う楽しいだけの世界は、楽しさ以外から逃げてるだけだ。
「分かったような口を聞くと、イライラするよ」
ラートアンはそう言って、アンプを両手で勢いよく叩きつける。
アンプは縦、横、それぞれ増えていく。
5×5のアンプタワーの2つの塔。合計、50個のアンプが僕の前に現れる。
「雑音がするよ。そんな不協和音にしかならない目障りな音には、すぐさまご退場願おう。
音の響きをその身に刻め! 多重奏マーチ・ザ・ライブ!」
50のアンプから先程とは比べ物にならない、音の塊が発射される。
「……5つの太刀の1つ、1の太刀ラ・テラ1次開放」
僕がラ・テラに呪文と共に魔力を込めると、突如としてラ・テラが黄金色に輝き、ラートアンの音の塊はかき消された。
「なっ……!」
ラートアンが唖然とする中、僕の格好は変わる。
左腕が人の腕からゴツゴツしいゴーレムの腕に変化した。そして右手には、黄金色に輝くラ・テラが握られている。
「ラ・テラは5本のうち、最も消費が激しいんでな。一撃で決めさせてもらおう」
そう言って、僕はラ・テラをかかげる。
気がどんどんと高ぶっていく。そう、それも他の人の目にも見えるほどに。
「ま、待て! ここははなし、話し合おう! 穏便に! 楽しく! 愉快に!」
不利を悟っただろうラートアンは慌てながらそう言う。
「そんなの……今更だ」
僕は地面を蹴って一瞬で詰め寄り、ゴーレムの左腕で殴り飛ばす。
「っ……!」
吹っ飛ばされたラートアン。僕はそんな彼に狙いを定める。
「空中を行く衝撃。受けてみろ。衝撃突き!」
僕は彼に向かって、ラ・テラで突く。勿論、刀はそこまで長くないので届きはしない。
しかし、
「なっ……!」
ラートアンは驚いている。だって、物凄い勢いの衝撃波が早足で自分の方へ来ているのだから。
しかもラートアンは今、落ちている。
つまり、逃げられない。
「やめっ……!」
ラートアンが言い切る前に、衝撃波とラートアンはぶつかる。
「ああああああああああああああああああああああ!」
声にもならない悲鳴を上げるラートアン。
そして、地面にドサッと落ちた。
「雑音はお前の……方……だ」
やはりラ・テラは酷く燃費が悪い。
そう思いながら、僕は目を閉じた。
意識を失うとともに、ゴーレムの左腕は消失し、ラ・テラも元の輝きに戻った。
僕は意識を失い、地面に倒れた。
最後に……セレネオスさんの顔が見えて、少し安心した。