1章3話「僕が負けようか?」
昼休み。
購買でカツサンドを買うと、食堂の第17テーブルに座る。
今日はここで1年2組の代表と落ち合う予定になっている。
アスクム・フレイアトにセッティングされた物である。
「しかし……少し遅いかな」
僕、レンラ・バルトレンジは黒髪を触りながら遅刻している者を思っていた。
「アスクムは嘘をつくような人間ではないが、その代わりに色々と楽しませるような試行をするからな」
アスクムは悪い奴ではない。時々、こちらが困るような事をする迷惑な奴なだけだ。
まぁ、本気で困らせる気はなく、後でちゃんと謝るから悪人ではないのだけど。
と、そう思っていると、
「待たせたみたいね」
否応なく人目を惹きつける人物がそこにいた。
明るい色の髪はこげ茶色の紐によって両端でツインテールのようにくくられており、首元に赤いリボンを付けたセーラー服が、彼女の美しさを一層輝かせている。青い大きな瞳に柔らかそうな女性らしい顔立ち、背格好はヤヤより少し背は低いが、それに反比例するかの如く胸元を大きく押し上げる胸、恐らくEはあるだろう。
そして彼女の腰には、青い水晶の付いた高価そうな杖が付けられていた。
「私があなたの対戦相手、ディオルー・セレネオスよ」
セレネオスさんはその身体や顔付きとは似ても似つかない、挑戦的な笑みを浮かべた。
むしろ、好戦的と言った方が良い笑みだった。
「すまないわね、遠くから少し観察してもらったわ。なにせあのアスクムって男は、場所と時間だけ言って帰ってしまったからね。もう最悪よ」
……どうやら今回のアスクムは彼女に嫌がらせしたようだな、と僕は思う。
「僕は1年1組の代表で君の対戦相手、レンラ・バルトレンジ。一応、魔剣使い」
「魔剣使い……ね」
そう言って、セレネオスさんは僕の腰の辺りを確認する。そこには1本の刀があった。
黄金色の直刀、僕の愛用してる魔剣である。
「それがあなたの魔剣ね」
「あぁ、僕の魔剣だよ」
「へぇ……。まぁ、良いわ。私は魔法使い。
はっきり言いましょう。私は強者との戦闘を望んでいるわ」
だろうな、と僕は頭を悩ませた。
自分で自ら闘儀をやろうと言う人物は、2種類しか思いつかない。
戦闘に意欲的な者か、それか無理やり押し付けられた者。
このセレネオスさんは前者なのだろう。
「さて、セレネオスさん。今回、僕は君に提案がある。
闘儀だが、僕が負けようか?」
「……!」
僕の言葉に、セレネオスさんの眉がぴくりと動いた気がした。
闘儀、それは戦闘ではなくあくまでも芸術的な出来事だ。しかし、綺麗な戦闘方法を持つ奴はまず間違いなく、強いと思われて強者との戦闘が、強者への知名度が高まる。
セレネオスさんは強者と戦いたいがために、この闘儀に出ようと思ったのだろう。
片っ端から強者に戦いを挑むより、遥かに効率の良い宣伝だ。
「負ける? つまりは負け役を引き受けると?」
「えぇ、そうだ。実際、闘儀の最初の話し合いはそこになるらしいよ。
なにせ、どちらが負けるかで誇りが揺らぐ人が居るからね」
闘儀で名を上げるのは、やはり敗者よりも勝者の方が名が上がる。
彼女、セレネオスさんは強者と戦いたいみたいだから、ここは僕が負けて、
「お断りするわ」
と、セレネオスさんは明らかに憮然とした表情でこちらを見る。
「……はい? 強者と戦いたいんでしょ? だったら、この案は渡りに舟。
僕としては、最高の折衷案だけど?」
「いえ、私としては最低の折衷案よ。
私は確かに強者と戦いたい、けれど明日の戦闘より今日の戦闘を大事にしたい。
だからこそ、私はあなたとの戦いも大事にしたいのよ、レンラ・バルトレンジ」
「……」
「戦闘は、その場の雰囲気で任せるわ。
本気での戦い、その場で私が負けそうなら-あなたが倒しても構わない。
それでこそ、本気でね。私は強者の戦いより、戦闘が好きなのだから」
セレネオスさんはそう言って、そのまま食堂の外へ向かってしまった。
「参ったな……」
と、セレネオスさんが帰って行った入口を見つめる。
「さて、どうすれば良いのやら」
最後のカツサンドを口に入れ、僕も食堂の外へと出た。
「面白い展開、だね」
と、2人が食べていた17番テーブルの後ろ、19番テーブルでラーメンを食べていた男性はラーメンを食べ終わって、ニヤリと笑っていた。
レンラが着てた黒の制服を着ている、深い緑色のショートカットと青い瞳を持つ平均より少し低いくらいの背の男性。
肩にはアンプのスピーカーのような物が両肩に載っている。そして、首からは派手な才色のギターをかけている。
「潜入して少し騒ぎを起こそうかと思ったけど、今聞いた場面の方が面白そうだ」
潜入という言葉から分かるように、彼はここの関係者ではない。
潜入者、ラートアン・フォルトキジャはニヤリと笑う。
「ここで交響曲を流すより、その場面でデスメタルを披露する方が盛り上がりそうだ」
そう言って、彼はラーメンの器を洗い物籠へと入れる。
「さぁ、先程のお2人さん、レンラ・バルトレンジ君とディオルー・セレネオスさん。
君達は栄誉ある主役になってもらおうか。そう、とても栄誉ある最高の喜劇の出演者に。
娯楽の前では、人の命などないが如し、さ」
と、ラートマンはケラケラと笑っていた。