なぜ『おいしい牛肉』と『おいしくない牛肉』があるの?
黒毛の牛さんたちは、今日ものんびり、牧場で草を食んでいた。
「おい、モー」
「なんだよ、ウー?」
モンシロチョウが飛ぶ春の陽気の中、仔牛さんどうしが、おいしい牧草を反芻しながら、会話をはじめた。
「今日の晩ごはんにビールが出るんだって、おじさんが話してた」
「本当に? やったぁ! あれ、気持ちよくなるから好き」
「おいしいね、牧草」
「おいしいね、おいしすぎて何度でも反芻できちゃうよ」
モーは飲み込んだ草を口の中に吐き出し、臼歯でまたすり潰す。
こうやって食物繊維を効率よく吸収するのだ。
「タローが昨日、お肉になったんだって」
「へぇ! いいなぁ」
牧場の仔牛たちは皆、産まれた時から教えられる。
──人間においしく食べられることは、牛にとって最高の名誉である。
それを誰から教えられたのかはわからない。でも、その思想は深く皆の頭の中にすり込まれていた。
「いつか人間さんに『うまい!』って言ってもらうんだ」
「最高級ステーキに、俺はなる!」
鉄板の上で焼かれる自分の肉を想像して、二頭はうっとりとなった。
いつか映像で見た、サシのたっぷり入った分厚いお肉がジュウゥと煙をあげるあの光景を、自分の肉が繰り広げるのを夢見た。
「へへへ! おまえら、知ってるか?」
ふいに上のほうから話しかけられ、モーとウーはそちらを見上げる。
木の枝におおきなカラスがいて、そいつが話しかけてきたのだった。
「誰だよ、キミ?」
「何を知ってるかって?」
「カカカ、おまえら、人間に食べられる日が来るのを待ち望んでるんだってな?」
「うん! おいしく食べてもらうんだ」
「すっごい笑顔になるんだぜ? 人間さんたち、ぼくらを食べると」
「教えてやるよ」
カラスは馬鹿にするように一声「アホー」と鳴くと、それを口にした。
「おまえら牛にはな、『おいしい肉』と『おいしくない肉』があるんだ」
「え?」
「何、それ?」
「A〜Cでまずランク付けされ、そこからまた肉質の良さによって5段階に分けられるんだよ」
「ええー?」
「ぼくたち、差別されるの? おかしいよ、同じ牛なのに、そんなの」
「カカカ、差別されろ、差別されろ」
カラスはそう言うと、飛び立った。
「さて、おまえらのランクはどのへんかな?」
その夜、二頭は、牛舎の奥のほうでいつも寝そべっている老牛のウシオさんのところへ聞きに行った。
「ねー、ウシオさん」
「なんじゃ、どうした」
「ぼくらのお肉に等級があるって聞いたんだけど、本当なの?」
「本当じゃ」
「なんで? ぼくら同じ牛なのに、どうして『おいしくない』って言われる牛がいるの?」
フー……と鼻から息を吐くと、老牛のウシオは言った。
「あんなの人間さんの勝手な言いぶんじゃ。実際に食べてみんとそんなのわからんのに、見た目で差別しておるんじゃ」
「見た目?」
「あぁ……。大きくて──つまりは食用になる部分が多くて、サシ──つまりは脂肪が美しく入っている肉を『おいしい肉』とか言いよるんじゃ。つまりはルッキズムじゃよ」
「ルッ……よくわかんないけど、気にしなくていいの?」
「まぁ、おまえらは和牛じゃ。外国産牛に比べれば皆うまいはずなんじゃ。誇ってよい」
「そうなんだ? わぁい」
農家のおじさんの声が響いた。
「おーい、おまえらー、今夜はビールをやるぞー。飲めよー」
仔牛たちが喜びの声をムフーッとあげた。
木の入れ物にたっぷり入れられたビールを、モーとウーも、並んでペロペロと長い舌で舐める。
「おいしいね、ビール。とろんってしちゃう」
「これを飲めばおれたち、よりおいしいお肉になれるんだ」
「早く人間さんたちに『おいしい』って言ってもらいたいな、このビールみたいに」
「鉄板の上で焼かれたいよな、早く……。あぁ、幸せな妄想が頭をよぎるぜ」
それを奥のほうからだるそうに眺めながら、老牛のウシオが呟いた。
「ふふふ……。おまえら男の子は無邪気でよいのぅ……。雌牛のほうが体は小さくとも肉質が柔らかく、おいしいと言われておることも知らずに……。ビールなんぞ飲まなくても、わしら女のほうが、本質的においしいのじゃ」
そして、ため息をついた。
「……まぁ、わしは母乳の出んようになった老牛じゃ。若い娘のようにはおいしくはなかろう。……しかし、老牛ホームに入所させられなかった。それが誇りじゃ」
天井の格子模様を見つめ、興奮したように鼻から息を吐いた。
「わしの肉は、値段は安く、固くて少ないが、味はあるとの評判じゃ! 今に人間さんたちを喜ばせてみせるぞいっ!」
今日もモーとウーは広い牧場でのんびり草を食む。
頭の中はおいしいお肉になることでいっぱいだ。
「アハハ! ウー、遅いよっ」
「くっ……! 待ってよ、モー!」
モンシロチョウの舞う牧場で追いかけっこをする二頭には、不安もストレスもなかった。
誰がおいしいお肉で、誰がおいしくないお肉かなんて、あれからどうでもよくなった。
だって、蓋を開けてみないと、自分のお肉に美しいサシが入っているかなんて、わからないことだから。
それよりも誰が足が速くて、誰がのろいかとか、誰のツノが立派かとか、そんなことのほうが大事だった。
人間さんは、どんな牛肉でも、感謝して食べてくれる──
それだけを信じて、その日を待ちながら、元気に牧場を駆け回るのだった。




