第1話「積層の魔術師、ゴミ溜めで聖女を拾う」
-オーバーワークの果てに-
深夜2時。
フロア全体に人間の気配がないのに、3Dプリンターだけが生きていた。
駆動音は一定のリズムで刻まれ、ノズルから吐き出されるフィラメントが、設計図通りに、1ミリずつ、積み上がっていく。
佐藤海斗は、その音を子守唄のように聞きながら、モニターの前で背中を丸めていた。
「……やっと、積層ピッチが安定したのに……」
それが彼の最期の言葉になった。
右手でマウスを握ったまま。
目はモニターを見つめたまま。
頭の中では、まだCADのレンダリングが回り続けていた。
社会人歴6年。残業は月に200時間を超えたことがある。睡眠は平均4時間。趣味は材料工学の論文を読むことと、出張先でその土地の「一番安い定食屋」を探すこと。
家族には心配をかけ続けた。友人には会えない日が続いた。恋愛は、「いつかそういう余裕ができたら」と先送りにしたまま終わった。
でも、プリンターだけは裏切らなかった。
設計した通りに出力し、計算した通りの強度を返してくる。素材のデータを正確に入力すれば、素材は正直に応答する。この世界で、佐藤海斗が一番信頼しているものは、人間ではなく、材料だった。
――だから、死ぬ瞬間も、まだ積層の計算をしていた。
次に目を開けた時、頭上には夜空があった。
石畳の冷たさが背中にある。どこかで焚き火の匂いがする。遠くで荷車が石畳を叩く音が、くぐもって聞こえた。
「……生きてる、のか?」
体を起こすと、手が、足が、ちゃんと動いた。
体格は10代後半。背は高くない。指は細いが節がある、職人のような手だ。服はボロ布で、右の袖に穴が空いている。
辺りを見回すと、積み上がった廃材と錆びた金属くずの山が目に入った。石造りの建物の隙間に挟まれた、どこかの路地裏らしい。
異世界転生?……という言葉は、瞬時に思い浮かんだ。
エンジニアの頭は、都合よく感傷をすっとばして、状況整理を始める。
(中世ヨーロッパ風、路地裏、廃材多数。ゴミ捨て場か。身体は若い。スキルかステータスが付与されているなら確認が先だ)
試しに、指先を動かしてみた。
すると、空気の中に、何かが「ある」感覚があった。
言葉にするなら、霧のような、電気のような、手でつかもうとすると指の間からすり抜けていくが、意識を向けると引き寄せられてくる、そういう何かだ。
(これが、魔素ってやつか)
直感のまま、手のひらの上に集める。
意識した形は、正六面体。
材質のイメージは、チタン合金。
頭の中の素材データベースが自動的に参照され、原子配列が、分子構造が、結晶格子が、全部「見えた」。
パチリ、と何かが弾けるような感覚の後、手のひらの上に、ひとつの金属の立方体が現れた。
1センチ角。完璧な直角。表面の仕上がりは鏡面に近い。
海斗は、それをしばらく、無言で見つめた。
それから、静かに、口角を上げた。
「……これ、試作し放題じゃないか」
それから一ヶ月が経った。
路地裏の「鉄のゴミ捨て場」は、ひっそりと、しかし着実に変わっていた。
廃材をスキャンして鉄を回収。フィラメント代わりの金属粉を精製し、空気中の魔素を熱源として変換する出力システムを構築。錆びた器具をバラして部品を取り出し、現代水準の工具を複数出力。
一番最初に作ったのは、まともなノギスだった。
次が卓上作業台。その次が照明代わりの発光体。
貨幣も言語も何もわからない異世界で、海斗はひたすら手を動かし続けた。
それが、彼にとっての「生きる事」だったから。
-折れた剣、折れた心-
血の匂いが漂ってきたのは、ある日の深夜のことだった。
海斗は廃材の選別作業をしながら、鼻でそれを検知した。
(鉄臭い。かなりの量だ)
振り返る前に、何かが路地裏に転がり込んでくる音がした。
そこにいたのは、少女だった。
純白の騎士装束。長い銀髪が、泥と血で張り付いている。右腕がだらりと垂れ、折れているか脱臼しているかのどちらかだと、海斗は一瞬で判断した。
そして、その右手に握られていたもの――。
剣、だった。
正確には、剣だったもの、だ。
刀身の半ばから無残に折れ、断面はギザギザに裂けている。刃こぼれは数え切れず、鞘もない。それでも少女はその柄を、白くなるほど強く握りしめていた。
「……ここまで、か……」
少女の声は静かだった。怒りでも悲嘆でもなく、ただ、すべてが終わった後の静けさで満ちていた。
「聖剣が折れた私は……もはや、聖女ではない」
遠くで、獣の遠吠えが重なる。一頭ではない。群れだ。
少女の瞳に光はなかった。地面に膝をつき、折れた剣を胸に抱えるその姿は、まるで、戦い方を忘れてしまったかの…ようだった。
海斗はしばらく彼女を見ていた…。
それから、作業台に手を伸ばしかけた。
「逃げなさい!!!!」
と、少女が叫ぶ。
「職人の少年、あなたは早く逃げて! 聖剣を折るほどの魔獣よ。私はもういい。でも、せめてあなただけでも――」
「邪魔だよ?」
「え?」
「そこ、僕の作業スペースなんだけど?」
海斗は少女の横を素通りして、廃材の山に手を突っ込んだ。
少女が「は?」という顔で振り返るのを背中で感じながら、海斗はスキャンを走らせた。
路地裏の空気の成分、廃材の金属組成、地面に落ちている砂の粒度。
全部、一瞬でデータになる。
それから、少女の手から、折れた剣をひったくった。
「なっ――!?」
「ちょっと貸して」
断面を見る。
表面を触る。
刃の角度を確認する。
海斗の目が、職人の目になった。
「……ひどいな」
「なんですって?!?!」
「不純物だらけだ。炭素含有量がばらついてる、熱処理も甘い、刃の焼き入れ角度がズレてる。こんなもん信じて最前線で戦ってたのか? 死ぬよ、普通」
「な――それは! 女神より授かりし聖剣なのよ!?」
「女神は材料工学の素人だったみたいだね」
少女の額に血管が浮いた気がした。
「聖剣を、女神を、職人の少年ごときが――!」
「聖女様は素材の品質より見た目と箔で武器を選ぶタイプ? まあ、修道騎士はだいたいそうか……?」
「どこの国の子どもよあなたは!」
遠吠えが近づく。もう路地裏の入口が見えているのか、石畳の上を爪で引っ掻く音まで聞こえてきた。
海斗は折れた剣をひっくり返して断面をもう一度見て、軽くため息をついた。
「……まあ、いいよ」
「何が『いい』のよ」
「はじめてのお客さんだし。景気よく納品してやる」
指先が、青く光った。
Cパート:Ver.1.01へのアップデート
「スキャン完了。構造欠陥を修正。材質をミスリルベースの単結晶合金に変更。表面に超硬度セラミック・コーティング。――積層、開始」
シュシュシュシュ――!
光の粒子が舞い上がった。
火花のようで、しかし熱くない。青白く、精緻な光が、折れた剣の断面から「生えていく」。1ミリ、また1ミリ。まるで時間を逆向きに巻き戻すように、失われた刀身が再構築されていく。
クラリスは、息をするのを忘れた。
これは修復ではない。「回復魔法」のように傷が塞がっていくのとは、まったく違う。原子の単位から積み上げて、設計図の通りに形を「作っている」のだ。
完成まで、120秒。
「……できた」
海斗が差し出した剣は、元のそれとは似て非なるものだった。
無骨だった柄は、手に馴染む曲線を持つ。刀身は元より細く、しかし刃の部分だけが複雑な構造を持っており、光を受けて虹色に揺れる。
「重心を3センチ手前に寄せた。取り回し重視の調整だ。DLC処理も入れてあるから物理防御はたいてい無視できる。……名前は『聖剣デュランダル・カスタム』。気に入らないなら後で変えて」
「……これが、デュランダルなの?」
「Ver.1.01。試作だから保証はしない。でも元のよりは確実にいい」
クラリスは剣を受け取った。
重さが、変わっていた。いや、数値は変わっていないかもしれない。ただ、重心が「ちゃんと自分の手にある」という感覚が、今まで感じたことがなかった。
遠吠えが、路地裏に入ってきた。
黒い影が、複数。
地を這うように走るそれらは、人間の三倍はある体躯を持ち、口から緑色の炎をこぼしながら迫ってくる。
クラリスは、もう半ばやけになっていた。
折れた剣で死ぬ気だったのだ。もう怖くもない。
横薙ぎに、一閃した。
――カッ!!
路地裏の空気が、爆ぜた。
剣筋の通った一直線に、衝撃波が走る。先頭のヘルハウンドが消滅した。その背後の二頭も消滅した。後続が逃げようとしたが間に合わなかった。
廃屋の石壁が、バターのように切り裂かれた。
向こう側の夜空が見えた。
シン、と静寂が落ちた。
「……え?」
クラリスは自分の手の中の剣を見た。
それから、海斗を見た。
「あ」
海斗が少し眉を上げた。
「強度を上げすぎた。空気抵抗の計算、忘れてた」
「……あなた、今、何をしたの」
「設計ミスの反省。次のバージョンで修正する」
クラリスは剣を持ったまま、しばらく動けなかった。
目の前のゴミ溜めの少年が、世界の何かを根本から変えてしまう存在かもしれないと、この時まだ彼女は認識していなかった。
ただ、呆然と立っていた。
エンディング:引き
海斗はすでに作業台に戻っていた。
拾い集めたネジを仕分けしながら、肩越しに言う。
「さて、聖女様」
「……な、なに」
「修理代は高くつくよ? 素材費と技術料と、あと納期特急料金も入れると、あなたが持ってる金貨全部でも足りないかも」
「は……」
「払えないなら、選択肢はひとつだ」
海斗はネジをひとつ、指でつまんで光にかざした。
「僕の工房で、働いてもらう」
クラリスは口を開けた。
聖女として育てられた16年の中で、「工房で働け」と言われたことは一度もなかった。
「……はい?」
「腕力はある。体力もある。無駄に頑丈そうだし、重いもの運ぶのに向いてる。決定ね」
「ちょっと待ちなさい、私は聖女よ? 由緒ある聖騎士団の――」
「元・聖女でしょ。剣、折れてたし」
ぐ、とクラリスが言葉に詰まる。
海斗は仕分けの手を止めずに続けた。
「折れた剣で立ってたのは認める。でも、あそこで死んでも王国の役には立たない。……とりあえず今夜は、そのへんで寝てもいいよ。廃材で簡易ベッドくらいは出力できる」
路地裏の奥から、カタカタと何かを動かす音。
振り返ると、海斗がすでにベッドの骨組みを組み立て始めていた。
クラリスは、折れた聖剣の――いや、新しい聖剣の柄を握りしめたまま、ゆっくりとその場に座り込んだ。
夜風が吹いた。
プリンターが、また、動き始めた。
【第1話:終了】
次回予告
「材料が足りない。となれば、調達するしかない。目標は街の外れにあるダンジョン。聖女は重い荷物を運ばされ、魔物は分解されてジャンク品扱いされた。第2話、『資材調達という名のダンジョン攻略』」
今回のクラフトデータ
【聖剣デュランダル・カスタム Ver.1.01】
出力時間:120秒
ベース素材:ミスリル単結晶合金
コーティング:超硬度セラミック+DLC処理(物理防御無視)
設計変更点:重心を3センチ手前に移動、刃厚を最適化
設計ミス:空気抵抗係数の計算漏れ。Ver.1.02で修正予定。




