第9話
ゾエの都、ウスケシの安宿。
ここで勇者祭の勝負が始まろうとしている。
酒呑み勝負で。
マサヒデがカウンター席から連れて来たシズクを指差し、
「はい。うちの代表です」
「・・・まじで」
「さ、勝負といきましょう。そっちから仕掛けてきたんですから、逃げないで下さいよ。酒代は負けた方持ちです」
猫族の男はシズクを指差して声を上げる。
「その姉ちゃん、鬼族じゃねえのかよ!? 魔族だろ!?」
「ちゃんと人族側の参加者として登録しましたよ。さ、勝負です」
勝負をふっかけてきた猫族の男が目を逸らす。
「・・・くそ・・・」
もう負けを認めてしまったような男を、シズクが笑いながら見下ろし、ぱん! ぱん! と手を叩く。
「あははは! 酒勝負ってかあ! おしおし、やろうぜ! 全員と勝負しよう! 女中さーん!」
「はーい!」
すいすいと人の間を抜け、女中が歩いて来る。
シズクがにやりと笑い、
「酒樽と盃持って来て! 今から酒勝負するんだ! 勇者祭の勝負! 酒勝負だから暴れないよ!」
「あははは!」
女中が声を上げて笑うと、がたん! と猫族の男が立ち上がり、
「樽かよ!?」
声を上げる男を無視して、シズクは男を指差す。
「酒代はこいつらが持ってくれるって!」
「はーい! 持ってきまーす!」
「持ってくるなよ!」
「駄目ー! 持って来ちゃいまーす! 毎度ありがとうございまあーっす!」
マサヒデが笑いながら、女中に皿を差し出す。
「ははは! 私には、シチューおかわり下さい」
「はーい!」
女中は皿を盆に乗せて、にっこり笑って、項垂れる猫族の男に片目を瞑って下がって行った。
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散々に酒で相手方を酔い潰し、酒場もひとしきり盛り上がって、皆が部屋に戻った後の事であった。
しんと静まった酒場で、人族、猫族の2人の男が額を突き合わせている。
「旦那、連絡が入った。終わったぜ。あの坊主、今夜にゃあ熊か狼の餌だ。獣から生き延びても、凍死確定さ」
くく、と2人が笑う。
「よしよし。マヌケな野郎だ。荷物はあるな」
「ああ。簡単な封印が掛かってるだけだ。くくく・・・あんな初級の封印、ちょこっと燃やしちまえば開く。ずっしりした金の重さがたまんねえぜ」
「てめえもワルだな。勇者祭で死んだ事にしてってなあ、良い考えだ」
「誰も思いつかねえ方が不思議だぜ」
「くくく」
ばたん・・・
「む」
開いたドアから、夜風が吹き込む。
ばさばさばさ! とドアに立つ男の長羽織がはためく。
覆面をしているが、このゾエの夜では、口、鼻が寒さでやられるから当たり前だ。
「ち! 早く閉めやがれ!」
「・・・」
ぱたん・・・と静かにドアが閉められた。
「おい、もう閉店だぜ」
「ああ」
「店の奴、起こして来てやるよ。さ、暖炉の前で温まってろ」
「ああ」
ぱ、ぱ、と軽く蓑と笠を払い、男が歩いて来た。
暖炉に向かわず、2人のテーブルにゆっくりと歩いて来る。
「貴様らが騙して殺そうとした者は、既に保護した。今頃はホテルで温まっている」
「!」「てめ!?」
がた! と音を立てて、2人が立ち上がる。
覆面の男は静かな声で続ける。
「人族と魔族が結託し、この宿中での斬り合い禁止を良い事に、友と偽り何人殺した。貴様ら悪魔達には勇者祭に参加する権利はない」
「てめえ!? どこで知りやがった!?」
「闇夜にも月あり。雲の上にも太陽あり。そして、悪ある所には正義がある・・・」
う!? と男2人が狼狽える。この口上は、まさか!?
「貴様は!?」「ゾエからは居なくなったのでは!?」
「天虎参上」
「ちっ!」
男2人が剣に手をかけた時、か、と小さく音がした。
「うぉ・・・」「馬鹿な・・・」
一瞬の閃き。2人の目には、その抜き打ちが見えなかった。
「成敗」
ぴ! と血振るいをすると、2人の男の首が落ちた。2人は血を首から吹き出しながら、ごとん、とテーブルに倒れ込む。テーブルに酒瓶を倒したように、大量の血が流れていく。
「・・・」
天虎と名乗った男が懐紙を出して刀を拭い、懐紙を見る。血の汚れはない。ばらっと放り投げて、笠の下からちらりと2階に目を向けた。いつの間にか、2階の廊下にカオルが腕を組んで立っている。
カオルが口に指を当て、くい、とドアの方に顎をしゃくると、男は刀を納め、カオルに会釈して、『天虎』と書かれた封を置き、静かに出て行った。
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翌早朝。
ざわざわと騒ぐ声で、マサヒデ達が部屋から出てくる。
2階から下の酒場を見て、
「ああ。昨晩の」
「おやおや・・・」
アルマダもマサヒデの隣に立って、階下を見下ろす。
「昨夜、ここに入った時は斬り合いするなと言われましたが、誰ですかね」
「さあ。私達ではないですから、掃除代は払わなくて良いでしょう」
この2人は気付いていたのだ。
む? とアルマダが怪訝な顔で目を細める。
「マサヒデさん。人族と猫族ですね。相打ち?」
「いや・・・アルマダさん、剣が抜かれていません。物騒だから納めたのかな」
「さあて。事件現場は勝手に触っちゃいけないって、常識ですよ。これは穏やかではなさそうです」
「行ってみますか」
マサヒデとアルマダが階段を降りていく。
カオルとイザベルが2階廊下で階下を見下ろしていた。
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階段を下りた所で、ひそひそ話している3人を見て、マサヒデとアルマダが歩いて行く。
「勇者祭ですか」
「いや。天虎が出たんだ」
「てんこ?」
客が胡乱な顔をしてマサヒデを見る。
「知らねえのか? ああ、あんた外から来た人か」
「はい。首都から。昨日、船で来ました」
うんうん、と客が頷き、
「天虎ってのは、まあ、悪党を斬ってる奴らだ。『奴ら』か『奴』か分からねえが」
「暗殺者ですか」
む、と客が顔をしかめる。
「まあ、そりゃそうだがよ。斬った奴の所に、悪事の証拠置いてくんだ。よっぽどの事した奴じゃねえと斬られねえぜ。悪党ったって、スリしてるガキなんかも見境なく斬るってわけじゃねえ」
「ふむ」
どうやらこの客は天虎の肩を持つ者らしい。
暗殺者、という言葉の響きが、良くは聞こえなかったのだろう。
客は腕を組んで、斬られた者を見る。
「やってる事は、そりゃあ良くはねえがな。人知れず色々とやってる奴らも随分斬られたぜ。そういや・・・何年か前に、野盗の集団、10人以上斬ったって話もあったな。そん時は1人だったって分かってる。斬り口が全部同じだったそうだ」
マサヒデもアルマダも驚いた。
1人で10人以上をとなると、相当の使い手だ。
「ほう。1人で10人以上の野盗を相手にですか」
「ああ。1人1人じゃなく、住処に乗り込んでまとめて全員な。恐ろしい腕だぜ。だから、1人じゃねえか、いやいや、情報集めとか実際に斬る奴とかは別だとか、色々と話が出てるな」
「へえ・・・」
「しばらく出なかったから、ゾエから出てったって話だったが、まだ居たんだな」
マサヒデが首を傾げて、
「それ、単に斬る程の悪人が減ったってだけでは?」
ぱちん! と客が手を叩き、渋くしていた顔を明るくする。
「おっ! そりゃそうかもな! 兄ちゃん、頭良いな」
(だがなあ)
マサヒデが眉をひそめて階段を登って戻り、上から首を落とされた2つの死体を見下ろす。
勇者祭ではない殺人。
例え極悪人であろうと、殺すのはどうか。
これは武術家同士の立ち会いでもないのだ。
(俺も勇者祭以外で斬ったから、文句は言えないか)
「兄ちゃん」
下から先程の客がマサヒデを呼んだ。
階段を登る足を止め、客に目を戻す。
「はい?」
「まさか、あんたじゃねえよな?」
「は? ははは! まさか! 何年か前って、私、いくつだと思うんです」
「そりゃそうか! ははは!」
笑って手を振り、2階廊下のカオルとイザベルの所に歩いて行く。
イザベルが険しい顔をマサヒデに向け、
「マサヒデ様。あれは」
「夜中ですよ。気付かなかったんですか?」
「・・・」
マサヒデの後ろのアルマダがにやっと笑う。
隣のカオルがにやりと笑う。
この3人は気付いていたのか・・・
「このゾエには『天虎』という暗殺者がいるようです」
「暗殺者ですか」
「まあ、同じ殺し屋でも、教会の排斥派の暗殺者よりは随分とましですよ。極悪人が見つかると、その天虎なる暗殺者に斬られ、斬られた後には悪事の証拠が残されるとか・・・」
マサヒデが下を見下ろすと、同心が何やら読みながら眉間に皺を寄せている。
同心の前のテーブルには『天虎』と大きく書かれた封筒。
「あの同心さんが読んでるのが、おそらく証拠ですね」
「ううむ・・・」
イザベルが唸って首を傾げる。
「疑問です。何故、証拠を集める事が出来て斬るのか・・・それを奉行所に提出すれば済む話。極悪人しか斬らぬ。極悪人ならば、捕まれば極刑は免れぬはず。自ら手を汚す必要を感じません」
「そう言えばそうですね。何故でしょう。顔を知られたくないのでしょうか」
アルマダが首を振り、
「顔を知られたくなければ、夜中に奉行所に矢文でも撃ち込めば良い。正義の味方と見ている者も多いようですが、辻斬りとさして変わりないですね。罪人なら斬っても構わないという考えの危険人物に見えます」
「確かに」
証拠集めまでしておいて、何故斬る。
マサヒデが頷く。
アルマダが顔をしかめ、
「また厄介事にならなければ良いんですがね。マサヒデさんは厄介事を呼びますから」
む、とマサヒデが横を向き、1階の酒場の窓の外を見る。
「・・・今日は霧も出ていません。冒険者ギルドを探しましょう。到着の報せをオリネオに送らないと。ここの冒険者ギルドはまともですかね」




