第8話
ウスケシ港。
居合の頂点、サカバヤシ流夢想派の8代目宗家、ジンゴロウ=サカバヤシが馬車を降りて港に立つ。
「ぬうっ!?」
達人ジンゴロウも、さすがに声を上げてしまった。小さな丘くらいもありそうな高く長い船が、もう沈みかけの夕日を浴び、きらきらと輝いている。首を上げないと上が見えない。舳先には金色に輝くレイシクランの紋章がでかでかと光っている。
クレールが恐縮した顔で冷や汗を垂らすジンゴロウを見上げ、
「大変申し訳もございません。ささやかな船ですけど、ご辛抱頂けますか?」
「・・・」
シルバー・プリンセス号は900人乗りの豪華客船である。
運賃、1日に金貨19枚。
尚、金貨1枚は平民であれば節約すれば1ヶ月暮らせる額である。
ささやかな・・・とは、間違っても口に出せるものではない。
「参りましょう。船長に確認を取りませんと。港の予約状況なんかもあるかもしれませんし・・・足はそこそこありますから、特急船ほどではないですけど、普通の船よりは早く着くと思います」
ジンゴロウがちらりと後ろを見ると、マサヒデ達が手をすり合わせ、ラディが真剣な顔で魔術で小さな火の玉を出している。この者達は、このような船で旅をしているのか・・・
「では・・・失礼をば」
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ジンゴロウとクレールがタラップを登っていく後ろで、マサヒデ達が相談中。
「宿、どうしましょう? 空いてますかね」
アルマダが顔を町の方に向ける。
「まあ、この様子なら大丈夫でしょう。問題は宿の中です。勇者祭の者達が引きこもっているはずですよ。町中でも目付けの帯がずっと反応していました。高いホテルでなければ、まあぞろぞろ居ますよ」
マサヒデが笑顔になり、
「では、折角の機会です。適当な安宿に泊まりましょう。あまり大きな宿で、闇討ちが大量に居ると大変です」
「そうですね」
「・・・」
ふ、とラディの手の上の火の玉が消えた。
「あ」
「ああ、疲れてしまいましたか。火の魔術は魔力を使うと聞きました。ありがとうございました」
「ホルニコヴァさんは治癒以外は苦手ですからね。無理をさせてしまいましたか」
マサヒデとアルマダがラディに小さく頭を下げる。
(違います)
言葉をぐっと飲み込む。
わざわざ危険な場所を探すと聞いて驚いただけだ。
この2人は敵地に敢えて乗り込むのが好きなのだ・・・
カオルが小さく手を挙げ、
「ご主人様。私とイザベル様で、程よい宿を探して参りましょう。闇討ちならずとも、相手が居れば勝負は出来ますし」
ん、とマサヒデが笑って頷く。
「そうですね。イザベルさんも頼めますか」
「は! お任せ下さい!」
さ! さ! と2人が馬に乗り、港を去って行く。
その2人を、恨めしげな目でラディが見送る。
「どこか、風の当たらない所ないですかね・・・」
マサヒデが白い息を吐きながら、のんびりと港を見回す。
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マサヒデ達一行が小さな宿の前に立つ。
「ここですか・・・」
イザベルが少し心配そうな顔で、
「ご不満でしょうか」
ああ、とマサヒデが慌てて手を振る。
小さな宿だから不満というわけではない。
「いや、逆です。やっと旅らしい旅になったなあと思って。あんな豪華な船で寝泊まりしてたんですから・・・」
む、とクレールが出て来て、
「ご不満でしょうかっ!」
「いいえ。旨い料理に豪華なベッド、揺れなくて船酔いもしないし、馬たちも中で休める。全然不満はないです」
「では、どっちが良いんですか?」
マサヒデが困った顔で腕を組む。
「ううん・・・甲乙つけがたいですね。では入りますか。もう暗いし寒いです」
がちゃり。
わやわやと酒場で皆が飯を食いながら呑んでいる。
「おお・・・」
奥に暖炉があり、中が暖かい。ふう、と思わず息を吐く。
「いらっしゃーい!」
空のグラスを盆に乗せた女が歩いて来る。
「マサヒデさん、早く中に入って下さい」
後ろでアルマダが少し震えた声をかけ、お、とマサヒデが少し前に出ると、ぞろぞろと皆が入ってくる。
「あらあら、たくさん! ありがとうございまーす! 何名様?」
「12人です」
「12人!」
女が後ろを向いて、店を見渡し、テーブルを見る。
「ううん、カウンター出ちゃうけど、宜しいですか?」
「構いません。部屋はありますか?」
「ちょっと待ってて下さいね。確認してきます」
すたすたと女が歩いて行き、受付に盆を置いて宿帳を見て戻って来る。
「4人部屋2つ、2人部屋2つで大丈夫?」
「助かります」
入口に並ぶ皆を見て、店員の女が少し首を傾げ、
「お客さん達、勇者祭の人?」
「そうです」
「あまりお店の中で暴れないで下さいね。壊したらちゃんと弁償!」
「勿論です」
「じゃ! 空いてる席にどおぞー!」
マサヒデが頷いてクレールを見て、
「さっき食べたんですから、控えて下さいよ」
「えっ!」
マサヒデは厳しい顔になって、クレールを見据える。
「サカバヤシさんが好きなだけと言ったからって、あなた達は門弟さん達の分まで食べてしまったんですよ。それは良くないでしょう」
確かにその通り。クレールがしゅんとして俯く。
「はい・・・」
勿論、この2人も同じ。
「シズクさん、イザベルさんもです」
「えーっ!?」
「ははっ!」
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マサヒデ、アルマダ、カオル、トモヤの4人がテーブルに座り、シチューを食べて身体を温めていると、頭の禿げた酔っ払いが徳利とお猪口を持ったまま、ふらふらと歩いて来て、にこにこしながらマサヒデを指差し、
「あっ、あっ、あんた、あれだ・・・ト・・・ト・・・トモダチ!」
ぶっ! とトモヤがシチューを吹き出して、げらげら笑い、
「ぎゃーははは! おっちゃん、こいつはトミヤスじゃ!」
「そう! それ、それだな! トモヤス!」
「ははは! トミヤスじゃ!」
くくく、とアルマダが口を押さえて笑いを堪えている。
カオルも肩を震わせている。
「あれ! あれだあ、サカバヤシの若に、勝った! 凄い・・・う、うぇっ」
「おいおいおいおい!」
慌ててトモヤが立ち上がり、懐から手拭いを出して、酔っ払いの肩を持ち、
「おっちゃん、厠、厠! もうちょいと! おーい! お女中!」
「はいはいはい!」
「うぇっ・・・ぬは、ぬははは!」
何がおかしいのか、酔っ払いがげらげら笑い出す。
「ああもう! カトウさん、早く早く!」
「さあ、おっちゃん、厠に行くぞ」
「かっ、厠? 出ねえなあ・・・この年になるとなあ、中々・・・厠で・・・出ないっ! で・・・でもよ、寝てると出そうになんだ! な! で、でも、厠に行くと、出ねえ! 寝不足だよ・・・だから、昼間寝んだよ・・・眠くねえなあ」
「はいはい、分かった分かった。お女中、厠はどこじゃ」
「こっちこっち!」
「トモダチに乾杯! う、うぇ・・・」
「そこで呑むな! トミヤスじゃと言うておろうが」
「うんうん」
面白い酔っぱらいを、トモヤと女中が引っ張っていく。
離れたところで、アルマダがげらげら笑い出した。釣られてカオルも笑う。
「ははは! 何ですか、あの人は!」
「くくく・・・」
マサヒデも口の周りを懐紙で拭いて、
「ふふ。まあ、こういうのも良いですよね。でも油断せずに。魔族の方々も多いですよ。ふふふ」
アルマダとカオルが笑いながらマサヒデの方に向く。
「油断って誰に言ってるんです」
「油断はしておりません」
ほいほい、とカオルがスプーンを後ろのテーブルとの仕切りに向け、首を傾げる。
「やる気はないのでしょうか」
すぐ後ろの席の者達は、勇者祭の参加者だ。
マサヒデが肩をすくめ、
「さっき、店員さんに注意されましたからね。皆さん、注意されてるんじゃないですか。もし壁でも壊れたら、夜中に寒くてたまりませんよ。自分達も困りますし」
「おう」
仕切りから顔を覗かせ、隣のテーブルの者が顔を出した。
「勇者祭のトミヤス!」
「おっ」
にやっと猫族の男が笑う。
「俺はやる気あるぞお~。勝負といくかい?」
「良いでしょう。では」
外に出ようとマサヒデとカオルが立ち上がると、男がマサヒデを抑えるように手を出して、
「ああ、ああ、ここで良いよ、ここで」
ほいと男が徳利を上げ、
「これで勝負だ!」
「ははあ、酒ですか。分かりました。では、うちは1人で結構」
にやりと笑うマサヒデに、猫族の男もにやりと笑う。
「おおっ! 言うねえ!」
「酒代は負けた方が持つ、で良いですね」
「勿論!」
「ではうちの代表を呼んできますよ」
マサヒデ達が顔を見合わせてにやりと笑い、カウンターに歩いて行く。
シズクがつまらんな、と頬杖をついてグラスの酒を揺らしている。
「シズクさん。来て下さい」
「何さ」
「こっちに来たら、酒、たくさん呑めますよ」
いっぺんにシズクの顔が明るく変わった。
「行く!」
がたん! とシズクが立ち上がり、スツールを倒し、慌てて戻して、
「どこどこ?」
「ついてきて下さい」




