第4話
ゾエの都、ウスケシ。
名物の大時計の前にマサヒデ達が着いたが、ひどい霧で人は居なかった。
が、しばらく歩き回ると、駅馬車の駅の前で、2人の男がいがみあいをしていたので、アルマダが様子を見に来たのだ。遅いのでマサヒデ達も来たのだが・・・
「フジイ君。この人は何? 偉い人?」
ば! とフジイが癖っ毛の男に振り向き、
「コイズミ君、知らないの!?」
コイズミは口を尖らせ、ちょっと考える振りをしたが、
「うーん・・・知らない」
そう言って、小さく首を振る。
ふ、とアルマダが笑って、隣に並んだマサヒデを見る。
「ほら、マサヒデさん。私達を知らない人だって沢山いるんです」
「ええ? そりゃあ、居るでしょう。当たり前ですよ」
マサヒデが困惑気味な顔で答えると、フジイが大声を上げ、
「ええーっ! マサヒデ!? もしかして、マサヒデ=トミヤスさん!?」
「あ。馬上から失礼します。はじめまして。私がマサヒデ=トミヤスです」
マサヒデが笠を取って頭を下げる。
「はっ!」
コイズミが驚いた顔で、ぽん! と手を叩き、
「あれだ! 聞いた事もない剣術の、なまら強い人!?」
「馬鹿!」
ぱしん! とフジイがコイズミの頭をはたく。
「いた! 君は今、手を上げたか!? 暴力に訴えるのか!?」
「お前、このトミヤスさんは剣聖のご子息だぞ!」
「ええっ!? まあじで!?」
コイズミが驚いてマサヒデを見たが、は! と失笑して、
「まあたまた。お得意のドッキリじゃねえのかあ? フジイ君。僕だってそう何度も騙されないぞ。全然、剣豪って感じしないぞ? あのなんたらって人の鎧も衣装だろ? 珍しく金使った衣装だなあ。んん?」
ざす、ざす、ざす。
眉間に皺を寄せ、絵に描いたような『不機嫌』の顔のイザベルの馬が前に出て来て、
「貴様」
ぱちん、と留め具を外し、ゆっくりと背中の長い剣を抜き、コイズミの肩に置く。
マサヒデが慌てて声を上げる。
「イザベルさん!?」
「え? 何? 何々?」
「許して下さい!」
ぺち、ぺち、とイザベルの剣がコイズミの頬を叩き、さー、とコイズミの顔が白くなった。
「・・・」「・・・」
「こちらはトミヤス流開祖、剣聖カゲミツ=トミヤス様ご子息、マサヒデ=トミヤス様である。偽物かどうか、試してみるか? 試したければこの剣を貸してやる。ついでに、この剣が本物かどうか試してみるか? よく出来た偽物であろう? んん?」
「・・・」「・・・」
「頭が高い!」
「すみませんでした!」「ははーっ!」
ばば! と2人が頭を下げる。
マサヒデがあわあわとイザベルに手を出して、
「や、やめて下さい! 一般の方ですよ! 剣を引いて!」
「は!」
イザベルがぐるっと背に剣を回して納めると、マサヒデが慌てて馬から下り、雪を蹴って白い顔の2人に駆け寄って、
「脅かして申し訳ありませんでした!」
勢い良く頭を下げる。
2人も真っ青な顔で、何度も頭を下げる。
「すみません、すみません!」
「あ、いいですから、いいですから! 謝るの、こちらですから!」
マサヒデが振り向いて、イザベルに大声を上げる。
「イザベルさん! いきなり一般人に剣を向けるなんて、何を考えているんです! 謝りなさい!」
「は!」
ざす! とイザベルも馬から下りて、ずんずんと2人の前に歩いて来て、ゆっくりと頭を下げる。
「大変な失礼をお許し下さい」
「いやっ! いやいや! こちらが失礼な態度をしたので!」
頭を下げる4人を見て、後ろでアルマダとカオルがくすくす笑っている。
アルマダがにやにやしながら、
「マサヒデさん。折角の機会です。ゾエの役者の芝居、見せてもらいましょうよ」
マサヒデがへこっと頭を下げる。
「ああ・・・ええと、すみません。良いですか? 見てても」
「はい!」「勿論!」
こんな状態で芝居が出来るのか?
周りを見ても、2人の後ろにうっすらと駅馬車の駅が見えるだけだ。
舞台もないのか? 大道芸人なのだろうか?
「カオルさん。馬車の皆、呼んで下さい」
「は」
カオルがにやにやしながら、馬を回して霧の中に消えて行った。
----------
その頃、駅の裏手では、別の2人がこそこそ話していた。
「聞こえたよね?」
「うん、聞こえた。トミヤス流のハワードってあれだよね? ハワード公爵家の人でしょ?」
「まずくない? これ。企画中止にする? コイズミ君、喋れるか不安だよ」
「いやあ・・・ここまで来てやめらんないでしょ・・・明日にする?」
「社長、スケジュール大丈夫? もう企画始まっちゃってるよ?」
「ううん・・・」
----------
ぱん、ぱん、とフジイが手を叩き、
「じゃあ・・・ね? コイズミ君」
「じゃあって言われてもさあ・・・台本もなしに?」
ずらりと並ぶマサヒデ達一行を、コイズミが見る。
如何にも貴族です! という雪に輝く鎧を着た5人。
普通の格好のマサヒデと女。
もこもこした服を着た、大小の女2人の横には、金属の棒を持った覆面の者。
「フジイ君、君さあ」
「やりなさいよ」
「いやね、僕だって役者だよ。巷では芸人と間違われる事も多いけれどもだ。ちゃんと舞台に立ってるんだ。でえもさあ」
「ごちゃごちゃ言ってないで何かやりなさいよ! 早く!」
コイズミとフジイの2人が喋っている後ろから、ゆっくりと別の者が出て来た。
2人はマサヒデ達を見て、しー、と口に指を当て、にやにやしながら静かに歩いて来る。
「じゃあ・・・あ、そういや君、さっき企画始まってるって」
「わあ!」
びく! とコイズミが肩をすくませて振り返り、
「うぉっ!? 何!?」
「はい! コイズミ君、おっはようございまーす!」
「社長? お・・・おはよう、ございます?」
「あはははは!」
驚くコイズミを見て、フジイが声を上げて笑うと、マサヒデ達からも笑いが上がった。
「何? 何なの? ああ、びっくりしたあ・・・心臓がちょっと痛いよ」
「はい。じゃあ企画の方、説明させて頂きますね。今回の企画なんですけども」
「待て待て待て! 何もなかったように進めるな!」
「じゃ、フジイ君。ボードの方を」
「はいはい! どうぞ社長!」
社長と呼ばれた男が、大きな板紙をマサヒデ達に見えるように立てる。
あれはゾエの地図か?
「コイズミ君。これどこか分かる?」
「いや、分かるよ。ゾエだろ」
「あ! すごい! 正解!」
ぱちぱちと社長が小さく手を叩くが、コイズミは呆れ顔。
「いや当たり前でしょ」
「でもゾエだって分かっても、知らない所が多いんじゃないかなー」
社長が中程を指差す。
町の名前の所には、紙が貼り付けてあって、町名が分からない。
「この辺とかどう? 何ていう町か分かる?」
はて? とコイズミが小さく首を傾げる。
「ええ? 分かんない・・・」
そして、すぐ隣の大きな町を指差して、
「ここがフラーノだよね?」
「そうそう。じゃここは?」
「ええ? ええと・・・あ、サガワの町?」
「や、残念! コイズミ君、ゾエに住んでてゾエの町を知らないって、ゾエ民の皆さんに失礼じゃない?」
ふん! とコイズミが横を向く。
「知らないよ。そんな所」
拗ねているコイズミを尻目に、社長はつつがなく進めて行く。
「じゃ、フジイ君。早速『あれ』を」
フジイが袋をごそごそやって、分厚い札の束を出す。コイズミが怪訝な顔で札の束を見て、
「何、それ?」
「これはねえ、札」
「札?」
「ゾエの駅馬車に繋がってる市町村全部が、この札に書いてあるの」
まさか・・・マサヒデ達が顔を見合わせる。
コイズミも目を丸くして札の束を見つめ、指差して、
「もしかして? 引いた所に行く?」
「さすがコイズミさん! よく分かった!」
「おいおいおい! ちょっと待て! 嘘だろ!?」
社長がにこにこしながら頭を下げる。
「さあ、コイズミ君。早速札の方を引いて参りましょう!」
ええ!? とコイズミが驚いて、大きな声を上げる。
「まじ!? ちょっと待って、この辺とか出たらどうすんの!? 何日かかると思ってんの!?」
コイズミがゾエの地図の北の端を指差す。このウスケシは南の海沿い。
ゾエを縦断するとなると、大変な距離だ。しかも、雪。
「まあまあまあ、頑張って行きましょう」
「頑張って行こうじゃねえよ! 良いのか? お前らも一緒に来るんだぞ?」
「当然じゃないかあ! 行こうじゃないか! さあ引いてくれ!」
ち、とコイズミが舌打ちする。社長がコイズミを睨み、
「お前、見てる人いるんだぞ! 舌打ちをするんじゃないよ!」
「うるさいよ! じゃあこれっ」
ぴ、と適当に引いた札を、フジイに見せる。
フジイが啞然として、
「・・・嘘でしょ。コイズミ君」
「何。どうしたの」
「サルハライの村・・・」
「サルハライ? どこ?」
「ノシャブの隣」
「は!?」
フジイが恐る恐る地図の北端の少し東を指差し、
「ここ」
「端っこじゃねえかよ!? 嘘だろ!? 行くの? まぁじで? ここに?」
「じゃあ・・・行きましょうか!」
「嘘!?」
「だって引いちゃったんだもん。言っておくが、引いたのは君だぞ」
がらがらがら・・・
駅から馬車が出て来た。
は! とコイズミが駅馬車を見る。
「今日はフダホロに着けるかな? 着けないかな? さあ! 乗ろう!」
「嘘でしょ!?」
「そういう企画だから」
「嫌だ嫌だ! 行きたくない!」
「はいはいはい。分かった分かった。さあ行きましょう」
嫌がるコイズミを他の3人がなだめたりすかしたりしながら押し込み、馬車が出て行った。
マサヒデ達が口を開けて、遠ざかる馬車を見送る。
「クレールさん」
「はい・・・」
「このゾエって、北から南ってどのくらいあるか分かります?」
「150里(約600km)以上ありますけど・・・」
「ええっ!? トミヤス村から首都までより遠いじゃないですか!?」
「はい・・・何日かかるんでしょう・・・駅馬車だなんて・・・」
カオルが首を振り、
「正気の沙汰ではありません・・・次にどこに行くか、向こうでまた札を引くのでしょうか? この近辺の札を引いたら、南北の往復ですが・・・」
助けてくれー、と、コイズミの叫び声が小さく聞こえた。




