第17話
ウスケシ港、シルバー・プリンセス号前。
「・・・」
ナガタニが船を見て、何となく反感を覚えた。
こんな豪華な船に乗って、贅沢な旅をして・・・
(それでヤダ先生に認められているのか。まだ20にもならぬ若者が)
すっと笠を下げ、顔を振って表情を正し、薄い雪を踏んで船に歩いて行くと、タラップの上に船員が立つ。
「この船は予約済みだ!」
「トミヤス殿はおられるか! 私はナガタニと申す!」
「おらぬ!」
はっきりと拒絶の感を感じ、思わずナガタニの声にも険が張る。
「シラタ伯爵に立ち会いを命じられた者だ! トミヤス殿にも連絡は届いておる!」
怪訝な顔をして、船員が下りてくる。
「ナガタニ殿と申されましたか? シラタ伯爵に立ち会いを命じられたと?」
「如何にも」
「ううむ、そうでしたか・・・今、トミヤス様は市中におられます。この船に泊まるを良しとせず、安宿を探してそちらへ参ったと」
「何と?」
ナガタニの顔から険が消え、口を少し開けて船を見上げる。
「このような豪華な船があって、使わずと」
「まあ、驚いてはおられましたが、あまり喜んでいるという感じでもなく。奥方様のご実家、レイシクランから送られた船ですから、仕方なくといった所がちらほら。お食事も質素な物ばかり注文されます。訓練場だけは喜んで頂いておりますが」
仕方なく・・・質素な物ばかり・・・そうであったのか。
少し拍子を外され、ナガタニの威勢が収まる。
見た目に騙されたとは、今の自分の事だ。
「左様か・・・トミヤス殿の逗留しておる宿は、ご存知か」
「いえ、私は聞いてはおりません。この船だけ一旦首都へ戻り、昨夜半に戻ってきたばかりです。サカバヤシ道場に毎日行っておられるようですが・・・今日はどうでしょうか」
船員が空を見上げる。今日は雪が降っている。
「ううむ・・・」
「そうだ。冒険者ギルドで尋ねてみては? 冒険者の皆様であれば、どなたか知っておられるかもしれません」
「む、確かに。時間を取らせて申し訳ない」
振り返ったナガタニを船員が止め、
「あ、少々。立ち会いと申されましたが・・・真剣で?」
「それはトミヤス殿次第。されば」
ナガタニは背中越しに小さく頭を下げ、港を去って行った。
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ウスケシの安宿。
冒険者に案内され、ナガタニがドアの前で笠を取って雪を払う。
(こんな宿に?)
大衆酒場と宿を兼ねた、よくある安宿をもう一度見上げる。
あの豪華な客船を見た後だと、恐ろしくみすぼらしく見える。
トミヤスの奥方は、世界の腹を握る名の知れたレイシクランの、それも本家の娘。
共に行動しているハワードは、政には関わっていないそうだが、この国でも大きな家の公爵家の三男坊。
本当に、それらがこのような安宿に泊まっているのか?
ナガタニは案内をしてくれた冒険者に、
「本当にここにトミヤス殿がおられるのか?」
「ええ。今朝手紙を届けたばかりですよ。サカバヤシの若との立ち会いの放映、私も見ましたからね。間違いなく本人でしたよ」
「ううむ。トミヤス殿の奥方はレイシクラン家の娘と聞いているが、このような宿におられるのか?」
冒険者が頷き、
「ええ、見ましたよ。喋っちゃいませんが、銀色の髪に赤い目。間違いなくレイシクランです。まだ15、6くらいに見えましたが、何百才ってお年でしょう。鬼も居ましたし、ありゃあトミヤス様ご一行ですよ」
「して、トミヤス殿は・・・何と言っておられた?」
冒険者は肩をすくめ、
「立ち会う理由もなく、勝っても負けても得もなく。貴族連中の見世物になるなんて真っ平でござんす」
「見世物? 見世物と言ったのか?」
ナガタニは本気で立ち会うつもりであったので、かちんときたようだが、冒険者はナガタニに抑えるように軽く手を出し、
「まあまあ、ナガタニ先生。落ち着いて良く考えてみて下さい。あのシラタ様がこんな事をお命じになると思いますかね? 開拓所の教官試験だってのに、今の教官と立ち会うんじゃねえって、何かおかしくねえですか?」
ぐ、とナガタニが返事を返せず、言葉に詰まった。
確かにその通りだ。
「そ・・・それは、確かにそうであるが」
「何で開拓所と全く関係ないトミヤスさんが、指名されたと思います?」
「当然、名の知れた剣客であるからであろう?」
「半分当たり。じゃあ、名の知れた剣客と言えば、何でサカバヤシの先生じゃないんで? 地元どころか、国中で有名じゃねえですか。しかもお膝元に居るのに。トミヤスさんは旅の途中にふらりと寄っただけですよ」
「む・・・」
冒険者が呆れ顔で両手を横に挙げて、
「近頃とみに話題に上がるトミヤス流と、ここらで有名なナガタニ先生との立ち会い。見たい見たい! なんて貴族連中におねだりされて、シラタ様が断りきれなかったって所じゃないですか? 見世物って事ですって」
「そうかも、しれぬが」
「試験場に行ったら、なんたら伯爵、なんたら男爵とかが家族連れでわんさか来てるに決まってますよ」
「かもしれぬが」
「トミヤスさんに先生と立ち会う理由なんて、一個もねえじゃねえですか」
「それはっ・・・そうだが・・・」
ナガタニから、トミヤスに対する闘争心のようなものが一気に萎んでしまった。
「やめときなせえ。ほっといたって、先生は教官にはなれますよ。先生が今回指名されたってのは、シラタ様の目に適ってるって事じゃねえですか。立ち会いなんてしなくても、そのうち教官のお話がくるって事です」
「いや、確かに教官にはなりたいが、その為にというわけではなく」
「じゃ、何でですか」
「いち剣客として、トミヤス殿と腕を競ってみたくもあるし」
「じゃあ、試合じゃなくても良いじゃないですか。道場にお誘いしたらどうです?」
「・・・」
返す言葉もない。
は、と冒険者が呆れ笑いをして、
「しち面倒くせえ貴族連中に囲まれて真剣勝負なんて、やめときなせえ。内容によっちゃ、お互いに禍根も残しちまうかもしれませんし、ひとっつも良い所はねえ。トミヤスさんにとっても、先生にとっても、迷惑でしかねえと思いますがね」
「その通りだ・・・」
ナガタニが、がっくりと肩を落とした。
父が何度も「立ち会うのか」と繰り返し尋ねたのは、こういう事だったのだ。
子供のように血気に逸った自分が、恥ずかしくなってきた。
「先生、そうがっくりなさらず。ここまで来たんだ。試合はやらんどいて、トミヤスさんを道場にお誘いでもしたらどうです」
「俺は自分が恥ずかしい。とても顔を出せたものではない」
「別に、トミヤスさんは先生を恥ずかしい奴とか思っちゃいませんよ。ここで「何で試合しねえんだ!」なんて乗り込んだら、そりゃどうかと思いますが」
「・・・」
ナガタニが無言で俯いてしまった。
全く自分のやろうとした事ではないか。
「まあまあ。サカバヤシ先生の所だけじゃなく、うちにも来てくれって、道場にお誘いするだけしてみたらどうです。トミヤスさんも剣客だ。一剣流にゃあ当然興味あるでしょうし」
「そうであろうか。トミヤス殿は、首都のオノダ一剣流の免許状の話も出た程の剣客だ。私の誘いなど、聞いてくれるであろうか」
「そんなの関係ねえんじゃねえですかい? 全く荒っぽい感じのお人じゃなかったですよ。聞くだけ聞いてみたらいかがです」
「うむ・・・ううむ・・・」
「なんだ、ナガタニ先生。最初の勢いはどこ行っちまったんです」
「何と言うか・・・あれだ。うむ・・・」
ナガタニの言葉は聞き取れない程に小さくなっている。
ふう、と冒険者がナガタニの肩を抱き、
「行きますぜ」
「お、おい!」
ばたん!
「ごめんよー!」
「はいはーい! いらっしゃいませー!」
ぱたぱたと女中が出てくる。
中では昼間から酒を呑んでいる者、暖炉の前で手をかざしている者、その隣で本を広げている者、盤の横に金を置いて将棋をうっている者、絵に描いたような昼の安酒場だ。
「あら、また来たの? トミヤス様?」
「ああ。いるかい? まさかこの雪ん中で出てねえよな?」
「お部屋に居ますよ。お届け物? お呼びした方が良いかしら?」
「頼むよ」
そう言って、冒険者が空いている席を指差し、
「あの席、使って良いかい」
「構いませんけど・・・あれ?」
女中が俯き加減で顔を逸らしているナガタニを、下から覗くように見て、
「あれあれ? ナガタニ先生じゃありませんか」
「うむ・・・まあ、そうだ」
ぱちん! と女中が手を叩く。
「あっ! 分かった。トミヤス様に一手ご指南? それで連れて来たのね?」
「そおゆう事! トミヤスさん、サカバヤシ道場にも行ってるし、一剣流道場にも来て欲しいってさ。ナガタニ先生が俺ん所に来たんだ」
ぱちん! と女中が手を叩き、
「なあるほど! お届け物はナガタニ先生ね! じゃあ呼んできますね!」
女中は奥の階段に向かって行く。
「さ、先生。入りますよ。開けっ放しじゃ冷えちまう」
ばたんとドアを閉め、冒険者はナガタニを引っ張って席に座った。
下を向いていたナガタニは気付かなかったが、店中の者が2人をちらちら見ていた。
マサヒデの仲間が皆ここに居るとはよも知らず、ナガタニは座っているのだ・・・




