第16話
翌朝の事であった。
夜中にはシルバー・プリンセス号は港に戻っていたが、マサヒデ達は安宿に泊まっていたので、朝餉は宿の飯を食べていたのだが、客が来たのだ。
「ごめんよー!」
手をすり合わせながら、コートを着た男が出て来た女中に、
「ふう! 寒いねえ! な、トミヤスさん、いるかい? あのマサヒデ=トミヤス。冒険者ギルドから来た。文を預かって来たんだ」
「はいはーい。お伝えしてきますねー」
マサヒデが女中から話を聞いて、席を立ち上がって冒険者の所に歩いて来る。
おお! と冒険者が声を上げ、
「あー! 本当に! こないだギルドにも来たって聞いたけど」
マサヒデが苦笑いして、
「ええ。囲まれてしまいましたよ」
「ははは! 人気者はつらいですなあ!」
冒険者がポケットから封を出し、
「はい、じゃこれ」
「どうも」
受け取ってくるりと封筒を裏返し、マサヒデが眉を寄せる。
蝋封にばっちりと印が押されている。貴族か・・・
「これ、どこの家の印か分かります?」
「どこも何も、シラタ様ですよ。ゾエの開拓長官のシラタ伯爵。パーティーじゃねえんですか? 羨ましいですなあ」
マサヒデが顔をしかめて手を振り、
「嫌ですよ、パーティーなんて・・・平民が貴族の方々に囲まれて、楽しめると思うんですか? 礼儀はどうの、言葉はどうのって、そりゃあびくびくしながら解散の時を待つんです」
「ははは! トミヤスさんにも苦手なものはあるって事で!」
「苦手なものなんて、いくらでもありますよ。返事は必要ですか?」
「ええ。ここでご確認なすって下さい。今回は確認したかってちゃんと見てるのも仕事なんで」
「はい」
棒手裏剣を出して、先を封筒の隙間に突っ込み、ぱすっと封を開ける。
かくっと冒険者が肩を落とし、
「そこは小柄でかっこよく、ぴしっ! と開けるんじゃないんですか」
「小柄って普段は持ってないんですよ。私の刀の拵え、小柄櫃(こづかびつ:小柄という小刀を納める装飾)がないもので・・・脇差抜いたら物騒ですし」
言いながら封筒を懐に挟み、中の文を読む。
読み進めながら、マサヒデの顔が曇っていく。
「ううむ・・・こうきましたか」
「パーティーじゃないんですか?」
「ええ。ナガタニさんって知ってます? 一剣流の高弟のナガタニさん」
ああ、と冒険者が頷く。
「勿論ですとも。魔獣退治にお手伝いに来てもらった事があります。この辺じゃ結構有名ですよ」
「ほう? どんな方です?」
冒険者は顎に左手を当て、天井に目を向け、
「まあ、いつも真面目な顔してますけど、怖いって感じじゃあねえですね。20をちょいと・・・ま、25よりは前ですかね。まあ道場の側を通りゃ、そりゃあでけえ声でビビっちまいますよ。甘い! とか、もっとー! とか」
「ふむ」
冒険者の怪訝な顔がマサヒデに向けられる。
「ナガタニさんがどうかしたんですか?」
「・・・ううむ・・・試合してくれと来ました」
あっと冒険者が驚き、
「ええっ! そりゃすげえ! シラタ様からって事は、シラタ様の所でですか!」
「はい。でも、迷惑です」
ばっさり。かくっと冒険者の肩が落ちた。
「・・・じゃあ、お断りで良いですか?」
マサヒデが腕を組み、
「ううむ。ばっさり断って、シラタ伯爵の機嫌を損ねるのも良くないですよね・・・あ、じゃあこう伝えて下さい。ナガタニ殿の稽古の風景を見ましたが、私ではとても勝てません。私の負けは見えているので、試合などせずとも負けで結構。以上です」
「は? 試合もせんで負けですか?」
「ええ。それで万事解決です」
冒険者が怪訝な顔で、
「トミヤスさん、一剣流の道場には行ったんですか?」
「行ってませんよ。覗きに行ったという事にしておくんです」
「どういう事です? なんて書いてあるんです、それ」
マサヒデが呆れを見せた顔で冒険者に文を渡す。
「私に勝ったら、ナガタニさんはゾエ開拓所の道場の教官になれるそうです」
冒険者が懐に文をねじ込んで、ぱちん! と手を叩く。
「おおっ! そりゃあすげえ!」
が、マサヒデは、ふう、と溜め息をついて、
「これ、貴族連中を集めた見世物をしたいって事ですよ。たとえ私が勝っても、ナガタニさんは教官になります。シラタ様がこれはと見込んだ人物でしょう」
冒険者も一気にしぼんで呆れ顔になり、
「ああ・・・そういう事か。シラタ様がそんな事すると思えませんし、他の貴族連中に、やいのやいのと、ねだられたって所ですかね。あ、そうだ。大体、試験なら今の開拓所の教官と立ち会えば良いんですしね」
「ね? そうでしょう? 何で私が・・・大体、私にはこのナガタニさんと立ち会う理由が、ひとつもありません。どうせ貴族連中が集まって見物ですよ。目の前でトミヤス流を見たくて、引っ張り出したいんでしょう」
「んな見世物にされるってのはちょいと・・・」
「まあ、それだけならまだ良いですが、試合の流れによっては、ナガタニさんどころか、ゾエの一剣流に遺恨を残しかねないでしょう。嫌ですよ、こんなの」
「トミヤスさんにゃあ、なんの得もねえじゃねえですか」
マサヒデが肩をすくめ、呆れ顔で首を振る。
「トミヤス流の宣伝にはなりますか。でも、私の立ち会いって、何回か放映されたでしょう? サカバヤシさんとの立ち会いだって放映されたんです。もう十分ですよ」
「おお! そういやあのサカバヤシの若」
うわっと盛り上がった冒険者の顔の前に手を挙げて止め、
「また今度。冒険者ギルドに戻って、トミヤスはとてもナガタニさんに敵わないので尻尾を巻いて逃げます、とシラタ伯爵にお返事をお伝え下さい」
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その日は雪がしんしんと降っていたが、窓は開けられ、空気が寒さで尖っていた。
しかし、空気が尖っていたのは、寒さだけではなかった。
「ナタノスケ」
「は」
「教官になりたいのか」
「はい」
「そうか・・・トミヤス殿と立ち会うのか」
「勿論です」
ナガタニ家では、父と子が話していた。
父はその後、黙って雪の積もる庭を眺めている。
ナガタニ家は元男爵。
祖父の代で失政により平民に落とされたが、父は「元貴族」「失政で平民に」と陰口を叩かれながらも商家に務め、手代から番頭へとなった。
同じ店の者からは認められているが、未だ客や他の商家の者からは陰口を叩かれているのを、息子のナタノスケは知っている。
ナタノスケ自身も、そうして面罵された事があるのだ・・・
が、ナタノスケはそれを気にしてはいない。
子供の頃は怒りもしたが、もう亡くなった祖父の代の事であるし、そういう事を言う者には、今更何を、と怒る気にもなれず、半ばうんざりしている。暮らしも今の平民暮らしが普通だし、貴族生活などする気にもなれない。
教官になりたいというのも、それで身分が欲しいというのではなく、ただ武術家としての目標のひとつである。仮に教官となって爵位の話など出ても、ナタノスケには全くぴんとこない。そんなのは辞退するつもりだ。
「・・・」
黙って父の言葉を待っていると、白い息を吐きながら、父が溜め息をついた。
「シラタ様から連絡があってな」
「はい」
「トミヤス殿だが・・・」
「はい」
「お前には決して勝てぬゆえ、勝負など無用であると返事を寄越したそうな」
「・・・」
「サカバヤシ流の、ジンノジョウ=サカバヤシな・・・お前は勝てるか」
「万が一にも勝てるとは思いませぬ」
「そうか・・・」
トミヤスはサカバヤシに勝っているのだ。
それが、ナタノスケには勝てぬから勝負は無用と言ってきた。
「つまり、私は、はなから相手にされておらぬと」
ぐぐ、とナタノスケが拳を握る。
「・・・首都に、店の得意先がおってな。トミヤス殿のお話を聞いてみた」
「はい・・・」
「オノダ一剣流。お前の一剣流ゾエ派とは名は違うが、数ある一剣流の元となった流派だそうだな」
「はい」
「そのオノダ一剣流の宗家、ヤダ殿。知っておるか」
「はい。ヤダ先生にはこちらにお越しの際、お教えを受けました」
「ヤダ殿は、トミヤス殿と立ち会いの結果、免許状を出そうと言ったそうだ」
「なんと!?」
「トミヤス殿はそれを固辞した。一剣流を馬鹿にしている訳ではない。道場の剣であれば勝ちであったかも知れぬが、実戦であったら間違いなく死んでいた。トミヤス殿はそう言い、免許を受け取る資格などないと、退いたと言う話だ」
「・・・」
「お前はヤダ殿と立ち会いで勝てたとして、免許はいらぬと言えるか」
「・・・分かりませぬ」
「そうか・・・トミヤス殿に、会ってくるか?」
「はい」
「立ち会うか」
「・・・その、つもりです」
「そうか・・・万が一にも勝てぬと言ったサカバヤシに勝った男と、立ち会うか」
「そのつもりです」
「ヤダ殿が免許状を出そうと言う程の者と、立ち会うのか」
「そのつもりです」
「・・・」
父は庭を見たまま。
息子はその父の横顔を見つめたまま。
そのまま、しばらくの間、沈黙が続いた。
そして、さら、と庭木の枝から小さく積もった雪が落ちた。
「港に、大きな客船が留まっている。トミヤス殿の奥方の船だそうだ」
ナタノスケは無言で頭を下げ、静かに部屋を出て行った。
ふ、と小さな溜め息が、父の口から漏れた。
また、ばさ、と雪が庭木から落ちた。




