第14話
サカバヤシ流本道場。
稽古が終わると、皆で食事。
「ふっふっふ」
ジンノジョウが低く笑いながら奥の戸を開く。
「あっ! 蟹!」
クレールが声を上げた。
大皿に山盛りの蟹。そしてこの香り。
「おお、今日はゾエ名物の蟹だぜ!」
「むむ! この香りは、普通に焼いただけではありませんね!?」
「そういう事。ただ焼いただけでも美味いが、こいつは一手間かかってんだ。さあどうぞどうぞ」
マサヒデも山盛りの皿の側に座り、蟹を取る。
「あ! 熱っ!」
ふ! ふ! と指を吹いて手を振り、指先をすりすりと擦る。
「はっはっは!」
ぱき! と蟹の足を折って口に入れてみる。
蟹に脂がじわり・・・これは美味い!
「お、お? これは? なんかこう・・・何かの脂?」
「お見事! 流石トミヤスさんは違うねえー」
クレールが眉を寄せ、
「むむむ・・・ラードで・・・焼いた? いや、でもこれは・・・蒸した感じにも近い・・・」
「惜しい! 流石レイシクランは舌が違う! こいつは蟹とラードを順に積んでって、でっかい鍋で大量に焼くのさ! ラードが溶けて油になるだろ? でーも! 油で揚げるのとは違うんだなあー。たくさん積まないと美味しくないんだぜ」
「ううん! お見事です!」
ぱき、ぱき、と蟹を割って食べるクレール、シズク、イザベル。
(上手くいったぜ)
ジンノジョウがにやりと笑って、甲羅をばかっと開けて味噌をさじですくう。
この3人がいくら食べるのが速いと言っても、速く食べようがあるまい・・・
「蟹とはこれ程に美味いものでありましたか!」
イザベルが声を上げ、ばきりと指で甲羅を割ったが、細かく割れてしまった甲羅をちまちまと取っている。
(ぎゃはははは! 急ぐと食えねえぜ!)
ジンノジョウがにこにこ笑いながら殻を寸胴鍋に放り投げる。
「殻はあの鍋に入れてくれ。これで煮込むとよ、またすんげえ美味い出汁が取れるんだ! 明日はそれで雑炊! たまんねえぞお~」
「うほー! ジンノジョウ、美味そう!」
シズクも殻を放り投げる。
見た目とは裏腹に器用に食べてはいるが、驚くような速さではない。
「美味そうだろ!」(やっぱこいつらが来たら蟹か海老だな!)
「うんうん!」
「さあさ、どんどん食ってくれよ!」
雑炊はぐらぐらと煮込まないといけないな・・・
どう食わせないかを考えつつ、ジンノジョウが次の蟹を取る。
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マサヒデ達はまだ船が着いているか分からないので、安宿に戻った。
宿の前でイザベルは馬を下りず、
「私は港へ参りましょう。船が戻っているか確認して参ります」
「そうですか? もう一晩くらい、ここでも構いませんが」
「マサヒデ様、ただで安全な宿に泊まれるのですから。また殺人などあっては厄介に巻き込まれかねませんし」
「ううむ・・・まあ、それもそうですか。一応、部屋はとっておきますよ。船がなくて部屋が埋まってしまっては困りますから」
「は! それでは!」
馬首を返して、イザベルが愛馬シトリナを歩かせていく。
道の雪が夕陽を照り返す中のシトリナは輝き、美しい。
「綺麗ですね」
「は!?」
クレールが声を上げてマサヒデを見上げる。
マサヒデは去って行くイザベルをじっと見ている。
「イザベルさんに懸想しているんですか!?」
「ん? ああ、いや。シトリナに懸想してます」
「え?」
クレールも去って行くイザベルに目を向ける。
シトリナの尾が振られるたびに、きらきらと輝く。
「ほら。夕方のシトリナ、凄く綺麗でしょう。雪も輝いてて」
「んん・・・綺麗です!」
「ね? 私達の馬は馬衣を着てますし・・・シトリナ、この寒さで風邪をひきませんからって、凄いですね」
「全くです」
「・・・入りますか。私達も風邪をひきます」
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安宿の扉を開けると、やはり昨晩のようにわいわいと皆が酒を呑んで明るい。
「・・・」
マサヒデが足を止め、ちょいと笠を上げて周りを見渡す。
アルマダも隣に立ち、ゆっくりと見渡す。
「どうかされましたか」
後ろからカオルが出て来てマサヒデの横に並ぶ。
「今朝・・・死体が2つも転がっていたはずなのに、随分と落ち着いていますね」
「・・・」
「あれが日常茶飯事なんでしょうか」
アルマダが顎に手を当て、
「いや・・・どうでしょう。治安の良い町ですよ。特にこの季節、悪党の輩も走り回れないはず。何故こんなに落ち着いているんでしょう。不思議だ」
マサヒデ達が首を傾げていると、女中が出て来て、
「あら! いらっしゃいませ! 今夜もお泊り?」
「に、なるかもしれません。一応、部屋をお願いします」
「はいはい! じゃ、適当な席にどうぞ!」
シズクがにやにやしながら出て来て、
「また勝負出来ねえかなあ」
「ははは! シズク殿や、それはなかろう!」
トモヤが笑いながらシズクの横に並ぶ。
「あれだけ呑んで相手を酔い潰しては、もう酒勝負を挑んでくる者はおるまいて」
「じゃあ・・・」
ちらりとシズクがクレールに目を向ける。
「大食いとか」
「にひひ」
クレールもシズクに目を向けて、にやりと笑う。
「ははは! おらんおらん!」
「今日はクレール様が勝負しようよ。最初に全品どかっと注文しちゃえばいいのさ。あとは負けた方の奢りー!」
トモヤが腕を組み、
「むむ、シズク殿、やるの」
「私は見た目で鬼だって分かるけど、クレール様がレイシクランって意外と知らない奴いるもんね」
「良い所をつくのう・・・シズク殿も見た目に似合わず頭が回るわ」
「ははは! トモヤもだろ?」
シズクがひょいとクレールを持ち上げて肩車をして、
「おーい! 勇者祭の奴いねえかー! 今日は大食い勝負しようぜ!」
ああん? と客達がシズクを見たが、やらんやらん、と手をひらひら振る。
「こんな子が勝負するぞ!」
「やる!」
がたん! と椅子を蹴立てて立ち上がった猫族の男。
「あ、馬鹿!」
隣に居た者が慌てて止めたがもう遅い。
「はーっはっは!」
「おほほほほ!」
あちゃあ、と止めた者が顔に手を当て、
「あー・・・あの子、トミヤスの奥方のレイシクランだぞ。死ぬほど食うぞ」
「えっ!?」
青い顔の男に向かって、ずかずかとシズクがクレールを肩車したまま歩いて来る。
「はっはっは! 受けてくれたか!」
「受けてくれましたね! いざ勝負!」
「つー・・・早食いにしてくれません?」
「駄目駄目! ちゃんと大食いって言ったろ? さ、そこの。席空けてくれ。クレール様の食いっぷり、横で見てな。私は余りもらおうかなー」
シズクがクレールを下ろすと、ぱん! ぱん! とクレールが手を叩く。
「はーい!」
女中がにこにこして歩いて来て、
「あらー! また勝負?」
「はい。では、最初は軽くいきましょう。メニューを上から順に全部。私とこちらの方に」
「ええーっ!?」
「おほほほほ! 私、人族そっくりですけど、魔族ですの! 体重以上に食べられますのよ!」
「体重以上!?」
「こちらの鬼族のお方よりも食べられますの! おほほほ!」
同じテーブルに座っていた、勝負を受けた者の仲間達が溜め息をついて、
「はあー・・・やっちまったな。お前の財布で払えよ」
「俺達はもう知らねえ」
「お前、ここで脱落だぜ」
「死なない程度に頑張れよ」
「少しは手伝ってくれよ!?」
「俺達が手伝っても勝てるわけねえだろ。多分、1人でメニュー全品10周くらい出来んじゃねえの?」
「・・・」
「先に言っとくけど、吐くなよ。おい、俺達は部屋で呑もうぜ」
「だな」
「そうすっか」
「お先に」
がたがたと椅子を下げて、仲間達が階段を上がって行ってしまった。
「う・・・」
仲間達を見送る男の前に、クレールが座る。にこにこ笑いながら、
「ここは何が美味しいんでしょう? ゾエの名物と言えば蟹、海老、帆立などが有名ですけれど」
「さ、さあ・・・鮭とか・・・」
「あら! 鮭ですか! マサヒデ様も好物ですのよ!」
そこにトモヤがやって来て、神妙な顔で男の肩に手を乗せる。
「な、なんだよ」
「うむ、話は聞いておったぞ。お仲間に見捨てられるのはあまりにも哀れじゃ。どうじゃ、ここはワシが手伝ってしんぜよう」
シズクがトモヤを指さして、大声で笑う。
「ぎゃーはははは! 一緒にタダ飯かよ!」
「む! そこな鬼娘、何を言う! 勝ち目のない勝負であれば、手助けもしたくなるが当然であろうが!」
にやにやとトモヤが笑い、どかっと男の横に座る。
「食い切れん分は少しは食ってやるが、如何する?」
「もう・・・好きなだけ食ってけよ」
「わはははは! ささ、今夜は楽しもうぞ!」
馴れ馴れしくトモヤが猫族の男の肩にぐるっと手を回す。
「お女中! おひとつつけてくれぬか!」




