第13話
サカバヤシ流本道場。
午前の稽古が終わり、道場の奥で皆で鍋を囲もうかという時に、ジンノジョウとシズクが入って来た。
「どおも!」
「終わったー!」
あ、と門弟達が2人に目を向け、
「若! お疲れ様でした!」
「お疲れ様っした!」
声を聞き、皆がお疲れ様でした、と声を掛ける。
ジンノジョウが疲れた顔で、
「うーい。シズクさんのお陰で何とか昼までに終わったよー」
「まあねー!」
どっかりと2人が鍋の前に座り、椀を取る。
ジンノジョウがおたまを取って椀に入れ、マサヒデを見て、
「声聞こえてたけど、何やってたの? 素振り?」
マサヒデがごくっと口の中を飲み込み、
「ええ。ただの素振りですよ」
うわっと門弟達が声を上げ、
「全然違いますよ! 凄かったですよ!」
「俺ら奥義教えてもらったんすよ!」
「若、アブソルート流、ヤバいですよ。シュウサン道場が強え奴ばっかって話、納得いきました。これが入門条件だったって話らしいですよ」
お? とジンノジョウが皆を見て、
「なにそれ? どんなの?」
「握って振るんですよ」
ジンノジョウが怪訝な顔をして、
「は? いや、あのな。普通握って振るだろ。握らなきゃ振れないんだから」
「力抜くんですよ」
「いやいや、当たり前だろ。力んでたらまともに振れないだろ」
「いやいやいやいや! その抜き方! ですよね? トミヤスさん?」
マサヒデが苦笑して、
「まあそうです」
「ふうん。まあ、後で俺にも教えてくれよ。昼からは何? 立ち会いする?」
アルマダが椀から顔を上げ、
「私とイザベル様がひとつ」
「て事は、剣?」
「刀でも使えますよ」
「何それ? どんなの?」
アルマダがイザベルに笑顔を向けると、イザベルが頷き、
「オノダ一剣流の奥義です。出来たら首都のオノダ一剣流道場へ是非お運び下さいませ。免許皆伝を頂けます」
ジンノジョウが眉を寄せ、
「奥義? 良いのかよ、それ。基本固めてなくて」
「所謂、基本が奥義というものです」
「ああ」
イザベルが頷き、
「先程、ハワード様が刀でも出来ると仰られましたが、刀でもよく似たものをマサヒデ様がお使いになられておりまして。私、以前にそれを見せて頂けましたので、何が起こったのか分かったのです」
「起こった? 何が?」
イザベルがにやりと笑い、
「後のお楽しみという事で・・・宜しいですか? ハワード様」
「ええ。口で説明するのではなく、やられてみて何が起こったか分かるか、です。分かれば黒帯はもらえますよ。私もイザベル様も、オノダ一剣流の初段は頂けました」
「へえ・・・ほおう・・・」
アルマダが爽やかに笑い、
「サカバヤシ様なら簡単に分かりますよ」
「ははは! 煽るねえ! こりゃあ一発で見抜かなきゃいけねえな」
マサヒデがおかわりを椀に入れながら、
「大丈夫だと思います。出来るかどうかは別として、何をされたかは門弟の皆さんにも分かります」
「ほう? なんで分かるって分かる?」
「先程の皆さんの振りを見てれば分かりますよ。あの技術の大事な所は」
アルマダがそこで声を上げ、
「待った! マサヒデさん、それ以上はやめて下さい。折角の楽しみが」
「む。そうですね。では昼の稽古にとっておきます」
ジンノジョウがにやにや笑いながら頷き、
「そうかいそうかい・・・しかし、でかいの2つも教えてもらっちまったな。せめて1つは返さねえと、技術交流にならねえな・・・何にするかな・・・」
あ、とマサヒデが手を挙げかけたが、カオルが止めた。
鹿神流を、と言うつもりであったのだろうが、ここは紹介状をもらいたい。
「サカバヤシ様。私共、会いたいお方がおります。ご存知のお方でしたら、紹介状を一筆願いたいのですが」
「誰? 俺、あんま顔は広くないけど」
「バジー拳のシャオフェン=イン」
「えっ!?」
マサヒデが驚いて声を上げた。大中心国の大武術家ではないか・・・
ジンノジョウは普通に頷いて、
「ああ、イン爺さん。いいよ」
ぽん、とシズクの肩に手を置き、
「おお、シズクさんよ、あの爺さんと立ち会ってきなよ。人族だけど、素手でもあんたより遥かに強いと思うぜ。槍持たせたら絶対に勝てねえぞ」
「まじで!? 人族で、素手で私より強い!? ああ、あれ。クロカワ先生みたいな、合気?」
「いやいや。合気とか投げとかじゃなくて、ただの拳の殴り合いで。あんたより強いと思うぜ。試してこいよ。人族も鍛えりゃ鬼以上だって良く分かるぞ」
「まじか」
「ああ、まじまじ。大まじ。あの爺さん、拳で木に穴開けるぞ。板とかじゃなくて、地面から生えてる木な」
「嘘おー!?」
マサヒデ達も驚いて箸を止める。
「で、穴開けた後、何て言ったと思う?」
「え? えと、こんなのちょろいとか?」
「トゲが刺さっちゃったー! 痛い! だってよ! ははは! それでまだまだ修行が足りんとか言うんだぜ? 面白え爺さんだろ?」
「まじかよ」
「ああ、ビビってこいよ。一筆書いてやる。じゃ、昼の稽古楽しみにしてるぜ」
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そして昼稽古の時間―――
今回は撃ち合うので、三尺刀ではなく木刀、木剣。
門弟の面打ちを、するっとアルマダが落とす。
「こうです」
「・・・」「・・・」「・・・」
落とされた本人も当然、門弟の皆が目を丸くして、アルマダと門弟を見る。
互いに真っ直ぐ撃ち合ったはずなのに、アルマダの木剣は門弟の喉元。
門弟の木刀は横に逸れているが、アルマダの立ち位置は変わっていない。
「分かりましたか? これが一剣流の基本かつ奥義の『擦り落とし』と言います。やる事は簡単です。ただ真っ直ぐ振り下ろしただけです」
「は!? し、しかし?」
「嘘は言ってませんよ。本当に、ただ真っ直ぐ振り下ろしただけです。弾いてもいません。なのに、何故か私の剣はあなたに当たるんです」
アルマダが座って見ている門弟達の方を向く。
「分かった方、おられますか? 初めて見て分かった方は、一剣流宗家のヤダ先生から初段を頂けますよ」
ゆっくりと見回していく。
皆が眉を寄せ、首を傾げている。
ジンノジョウが険しい顔で、
「それ、払い(水平斬り)にも使えるのかい」
「勿論」
「・・・俺の抜き打ちにも使えるかい」
はは! とアルマダが笑い、
「それは無理です。見えない剣を落とす事は出来ません」
「見える抜き打ちなら出来るってかい」
「ええ。勿論」
「ううむ! 参ったね、こりゃ・・・攻防一体の一振りってなあ、これだな」
「ははは! これでも一剣流の初段なんですよ。さあ、イザベル様、手伝って下さい。まずは皆さんに一度受けてもらいます。そして、何があったのか、何故こうなったのか、考えてみて下さい」
す、とイザベルが頭を下げ、木剣を取って立ち上がる。重々しく頭を下げ、
「されば皆様、宜しくお願い致します」
頭を上げてアルマダを見て、
「ではハワード様、半々で良いでしょうか? それとも、互いに1度ずつ?」
「半々ずつ、私とイザベル様で回りましょう。私とイザベル様、1回ずつで2回。それで分かるかどうか・・・」
ほう、とジンノジョウが口の端を上げ、
「煽るねえ。うちの皆じゃあ、1回じゃあ分からねえってか?」
イザベルが慌てて手を振り、
「あいや! そのようなつもりは!」
「はーっははは! じゃ、見せてもらおうか! 加減して振ってやる」
ジンノジョウが木刀を取って立ち上がり、イザベルとアルマダをちらりちらりと見る。
「どーっちかなあー・・・どっちかなあー・・・ま! ここはあんただ」
懐手にして、左手でイザベルの前に歩いて来る。
「・・・」
「俺は片手で良いぜ」
ぶん! と左手で木刀を振り、すいっと振り被る。
「では・・・」
門弟達と一緒に並んで座っているマサヒデとカオルが、にやにやして見ている。
隣でもアルマダがにやにや笑っている。
き! とイザベルが気合を入れて振り被り、
「参られませ!」
「ははは!」
ひゅ!
「おおっと? あららー」
ぴたりとイザベルの鼻先でジンノジョウの木刀の切先が止まっている。
「うっ!?」
気付いた瞬間、く、と一瞬イザベルの手が動いたが、ぴたっと止まってしまった。
全く反応出来なかった・・・
「ファッテンベルクさん、気い遣ってくれてありがとよ! でもよ、そこまで手え抜いてくれなくていいぜ!」
「ははは!」
マサヒデの笑い声が響いた。
ジンノジョウが床の間の『雷』と書かれた掛け軸に木刀の先を向け、
「これでも雷の速さにゃあ遠く及ばねえんだぜ」
くす、とアルマダとカオルが小さく笑ったが、イザベルは笑うどころか、背中をぞくぞくと冷たい感じが上がるのを感じた。




