第12話
サカバヤシ流本道場。
ジンノジョウはマサヒデに負けた罰で、雪かき、雪下ろしの作業中。
マサヒデ達は許しをもらい、道場に入った。
「おはようございます」
「おっ・・・トミヤス様」
手前の門弟達がマサヒデ達に目を向ける。
マサヒデは頭を下げ、
「サカバヤシさんからは、許しを頂きました。こちらで稽古を受けて良いと。皆様が良ければ、立ち会いもしてくれと」
「あ、左様で。少々お待ち下さい」
マサヒデ達は興味深い顔で道場を見回す。
撃ち合っている者が1人も居ない。こんな道場があるとは。
皆、壁にぴたりと張り付き、そこで抜く、納刀、と繰り返している。
立っている者、座っている者。
それを横や後ろで見ながら、何やら注意をしている者が高弟、指導員か。
先程の門弟が、それらに声をかけては何か話している。
マサヒデとアルマダが険しい顔でそれを見ている。
「・・・撃ち合ってませんね」
「ええ・・・残念ですね」
サカバヤシ流は抜き打ちで有名だが、それだけではない。
マサヒデの今日の狙いは抜いた後。
サカバヤシ流は、刀の最古の流派と言われる鹿神流を使うのだ。
「抜けば一太刀、向かえば鹿神、サカバヤシに敵う者なし・・・向かえば鹿神流」
アルマダが腕を組み、険しい顔で頷く。
「神誠館では、鹿神流が見られませんでしたね。マサヒデさんもそこですか」(※首都編・45話参照)
「ええ。他流に見せてくれますかね」
「・・・どうでしょう。撃ち合う前に終わらせるが基本。止められた、避けられた時点で参った、もありえますよ」
「ありそうですね、それ」
マサヒデとアルマダがこそこそ話していると、高弟らしき者が4人歩いて来た。1人が前に出て軽く頭を下げる。
「おはようございます、トミヤス様」
マサヒデも礼を返し、頭を下げる。
「おはようございます。お邪魔して申し訳ありません。私達も稽古に参加させてもらえますでしょうか」
高弟が頭を上げて頷き、
「勿論です。立ち会い稽古もしていただけるのですか」
「はい。私の連れにはそこそこの魔術師もおりますので、魔術師相手も。良かったら言って下さい。死霊術師なので、どかんと道場を壊すような事もありませんし、治癒師は一級ですから。斬り落とされた手足も、ぴたりとくっつけられます」
おお、と高弟が驚き、
「それはそれは。安心して厳しい稽古も出来ますな。ううむ、しかし、死霊術ですか! 珍しいですね」
「虎でも熊でも呼び出せますので・・・数秒なら竜も呼べるかも。クレールさん!」
「はい!」
ちょこちょことクレールが出てくる。寒くて床が冷たいのだろう。
む、と高弟が怪訝な顔をしてクレールを見る。
小さい・・・
「こちらの方?」
マサヒデがクレールの肩に手を置き、
「クレールさんは、レイシクランです」
ぎょ、と高弟達が驚いてクレールを見る。
魔の国1、2の金持ち貴族で、恐ろしい魔術師も多いと高名だ。
姿を消すような特殊な力があり、中にはこれを使う忍もいるとかいないとか。
「これは・・・レイシクランのお方でしたか・・・大変失礼を」
クレールがぎゅっと拳を握り、
「構いません! 私、いくつかの道場で稽古してきました! お任せ下さい!」
「ほう。純粋魔術師で、死霊術師・・・珍しいですな。やはりトミヤス道場?」
クレールがちょっと考えて、指を繰りながら、
「あと、シュウサン道場、神誠館、打剣館と、オリネオの冒険者ギルドと」
有名所ばかりだが、高弟が怪訝な顔で首を傾げる。
「シュウサン道場? アブソルート流の?」
「はい!」
「あそこは20年くらい前に畳んだ・・・ああ、レイシクランの方は長命でしたな。しばらく首都におられたのですか」
確かに、今のシュウサン道場を知る者はここには居まい。
「あ、いえ。コヒョウエ様のご子息がオリネオから少し離れた所で道場を」
「なんと!? ううむ、それは存じませんでした。アブソルート流といえば、お父上の剣聖カゲミツ様がおられた所」
ちらりと高弟がマサヒデを見る。
マサヒデが頷き、
「まあ、純粋なものではないです。使えるというか、そこそこといった程度です」
「ふむ・・・少々お待ち下さい。贅沢過ぎて、迷ってしまいます」
高弟が頷いて、後ろの3人とこそこそ相談する。
「あ、そうでした。外でシズクさん、鬼族の。サカバヤシさんと雪かきしてますから、呼んで来ましょうか」
「えっ? あ、いや。本日は・・・どうする?」
「どっちも怖いぞ」
「手足斬れてもって、そういう稽古って事だな」
「言うなよ。なまら怖いって」
丸聞こえなので、アルマダが思わずくすっと笑う。
高弟の1人がマサヒデに気不味い笑顔を向けて、
「ううむ、それでは、トミヤス流の稽古法など教えてもらえませんか?」
「トミヤス流の稽古ですか」
マサヒデとアルマダが顔を見合わせる。
アルマダが高弟の方を向き、
「基本の基本や握り方くらいは教えてもらいますが、あとは撃ち合いをしながら、こんなのはどうだと。それを、カゲミツ様にご注意を頂くとか、こんなのを試してみろという感じなので・・・決まった型のようなものがないんですよ」
「ううむ! それは大変な指導ですね・・・流石は剣聖」
マサヒデが腕を組み、少し考えて、おっと顔を上げ、
「ああ、ならアブソルート流の基本など如何でしょう。所謂、基本にして奥義というやつです」
「おっ! 奥義ですか!?」
高弟達が目を丸くする。
マサヒデは苦笑して肩をすくめ、
「よくあるやつです。実は基本が奥義だったというあれです」
「確かに、確かに、そういうのはよく聞きますが・・・」
「抜いた後、間違いなく強くなれますよ。稽古法は実に簡単ですが、突き詰めると中々。突き詰めた所は、私も10回に1回出来れば良い所、という感じで。アルマダさん、どうします?」
ふ、とアルマダが笑い、
「では、私はオノダ一剣流の基本にして奥義にしましょう。出来たら首都のオノダ一剣流の道場に行けば、免許皆伝が頂けます。刀でも使える技術ですから。どちらを先にしますか?」
高弟達が顔を見合わせる。
「・・・どうする?」
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道場にずらりと門弟が並んで座る。
皆の前に立つマサヒデの前に、高弟が1人、三尺刀を持って立っている。
「三尺刀で宜しいので?」
「ええ。その方が分かりやすいです。では、正眼に構えて下さい。古い構え方ではなく、真っ直ぐ相手に伸ばす感じの方。あ、そうそう。皆さんに見えやすいように、横を向いて下さい」
「はい」
高弟が横を向いて構える。流石に綺麗に構える。この構えだけで、尋常ではないと分かる。
(やはりサカバヤシ流、抜き打ちだけではない)
感心しながら、マサヒデが門弟達の方を向き、
「これから見せるのは、アブソルート流の基本であり、奥義です。アブソルート流を学ぶ者の強弱は、これで決まります。昔、首都にあったシュウサン道場では、1ヶ月以内に自分でこれを見つけねば入門出来ない決まりでした」
マサヒデが高弟の構えた三尺刀の切先に指を置き、
「この切先から目を離さないで下さい。至極単純な事ですが、ここに気付けるか気付けないかです。身に付いたら、目に見えて振りが速くなります」
高弟に向き直り、
「身体中の力を抜いてしまって下さい。刀を落とさないぎりぎりくらいまで」
「はい」
「もっともっと。ふわあっと。その刀を落とさない、ぎりぎりまで。指紋で引っ掛けるくらいの感じまで。そのくらいで抜いた所が、丁度です」
脱力とはだらんと力を抜くのではなく、緊張と弛緩の丁度真ん中。
マサヒデの感覚では、刀を持っている時は、このくらいが丁度良い所だ。
「すうー・・・ふううう・・・」
お、とマサヒデもアルマダもカオルも驚いた。
見事に身体の力が抜けたが、刀はぴたりと動いていない。
ぴたりと緊張と弛緩の間に置いたのが、目に見えて分かった。
「む、む・・・見事です。驚きました。では、皆さん。切先から目を離さず。まず、軽く握って下さい。手の内だけで」
く、と高弟が握ると、切先が上がる。
すっとマサヒデが腕を伸ばし、上がった切先の下に指を置いて落ちないようにして、切先を指差し、すすっと元の高さまで持って来る。
「分かりましたか? 腕の力はいりません。握るだけで、刀はこれだけ上がります。即ち、手の内の動きのみ。それも、緩む、握る、これだけ」
「むうっ!?」
高弟には分かったようで、声を上げた。
長いので、1尺以上も上がっている。つまり・・・
「つまりですね。握るだけで、こんなに上がる。振り被る時に、これに合わせる事が出来たら・・・分かりますよね。凄い速さで振り被れるわけです。縦横、切り上げ。全部これで振り被って、振る事が出来たら、です」
「な、なるほど!」
「これがアブソルート流の基本であり、奥義。そして、この奥義にはまだ先があります。そこに辿り着くと、日に1000回どころか2000回も楽に振れます。勿論、真剣で。時間があれば3000、4000。1万だって。当然、この三尺以上ある刀でも簡単です」
「2000・・・人族でも?」
む、とマサヒデが頷く。
「勿論。で、ここは入口です。まだ戸を開けただけの所です。この先という所に気付けるでしょうか。それがアブソルート流です。では皆さん、立って抜いて下さい」
「「「はい!」」」
皆が立ち上がり、すぱぱん! と三尺刀を抜く。
この光景は凄い・・・
「最初は正眼で真っ直ぐ振り上げる、振り下ろす。これだけで良いです。三尺刀だと、振り被る時に多少は力がいるはず。ですが、出来た時、何と言いますか、全然力を入れてないのに、凄い勢いで、すんっと上がりますから、違いがはっきり分かります。あとは、身体がその感覚を掴めるかどうかだけ。この感覚は個人で違いますから、ここだと決まって言えませんが、ただ握って上がる、そこに合わせるだけです。猫族の方が多いですが、力を抜く、入れるというだけなので、簡単に覚えられます」
マサヒデが後ろのアルマダ、カオル、イザベルを手で招く。
そして、イザベルの肩に手を置き、
「このイザベルさんは狼族。猫族の方よりも、更に覚えるのが遅いですが、ある程度はもう出来るようになっていますから、皆さんも簡単に覚えられるはずです」
イザベルが小さく頭を下げる。
そして、アルマダ、カオルを見て、
「さ、皆さんも一緒にやりましょうよ。アルマダさん、カオルさんも三尺刀で。イザベルさんは自前ので良いですが、真剣なので気を付けて下さい」
「は!」
アルマダも昨日の稽古で三尺刀を抜けるようになった。
カオルもゆっくりと抜き、イザベルも背中の剣を抜く。
「手を握るだけ。腕や肩の力なんて必要ありません。では構えて下さい。1で振り被る。2で下ろす。いきますよ・・・はい、1!」
「「「1!」」」
「2!」
「「「2!」」」
1! 2! 1! 2! と声を上げながら、マサヒデが門弟の間を歩いて行く。
皆、見事なものだ。
3尺もある刀をぴたりと構えて、綺麗に振り被り、振り下ろす。
(これがサカバヤシ流か!)
内心の驚きを隠しながら、声を上げながらゆっくりと歩いて行く。
「1!」
「ああっ!?」
門弟の1人が大きな声を上げた。
お、とマサヒデが驚いた顔のまま振り被っている門弟の方を向く。
「もう出来ましたか?」
「で、出来ました・・・多分ですが、すっと。こう、感じが、軽く・・・」
マサヒデが笑って頷く。
「その感覚を忘れないうちに、身体に染み込ませて下さい。続けます! 2!」
「「「2!」」」
マサヒデがゆっくり歩いて行く。
これは教えたらまずかったか、などと思わず考えてしまう程に、皆が見事だ。




