第10話
ウスケシ冒険者ギルド前。
マサヒデがギルドを見上げ、
「おお、でかい」
と、声を上げた。
オリネオの冒険者ギルドよりも大きい。
表で雪かきをしている者に歩いて行き、
「おはようございます」
雪かきをしていた者が幅広のスコップを雪に刺し、
「おはようさん。依頼かい」
「いえ。通信を使いたいのですが、ここにありますよね」
「ああ」
首都の冒険者ギルドを思い出す。
1分で金貨1枚も取られてしまった。
「通信の額っていくらくらいでしょう?」
「そりゃあまあ、長さによるわな」
「5分くらいでは」
「銀貨10枚だな」
「えっ」
5分で銀貨10枚。これは安い。安すぎる。
後ろにいるアルマダ達も怪訝な顔をする。
「えらく安くないですか?」
雪かきの男が笑って、
「あんた、ゾエは初めてだな?」
「はい」
「ゾエは寒くなると、海沿いならともかく、内陸は配達や早馬なんかはまともに出来なくなるだろ。そこで、開拓長官のシラタ伯爵がえらい額を投資して、通信の機材をそこら中に置いて、通信費用も格安にしたってわけだ。ギルドや魔術師協会もねえような、田舎村の役所なんかにもあるぜ」
「へえ!」
「シラタ様々さ。お陰で熊が出たとか魔獣が出たとかって時も、すぐ対処出来るようになったぜ。ゾエは結構ヤバい動物出るからな」
「やばい動物? 魔獣も多いんですか?」
うむ? と男が腕を組み、
「本土よりは多いと思うが・・・そうしょっちゅう見るもんじゃねえな。俺も冒険者だが、この辺りじゃ1回しか見たことねえ。内陸の方はたまに出るが、まあ冬場は滅多に出やしねえよ。魔獣も寒くてこたつで寝てるのさ」
「ありがとうございます」
「おう。困った事があったら、いつでも冒険者ギルドにな」
ざすざす、と冒険者が雪にスコップを刺してにやっと笑い、
「雪かき、雪下ろしもするぜ」
「ははは! 私はここに家は持ってないので」
マサヒデが頭を下げ、皆の所に歩いて行く。
大きな冒険者ギルドの建物を見上げ、
「ここはまともそうですよ」
アルマダが頷き、
「でしょうね。入りましょう」
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「いらっしゃいませー!」
受付嬢の元気な声。
急にマサヒデに懐かしい感情が浮いてきた。
「・・・」
「ご用件は?」
「あっ、失礼しました。通信機をお借りしたいんですが」
「はい! ではこちらへお名前を。すぐに案内が参ります」
出された紙にさらさらと名を書く。
「はい」
「はい! マサ・・・」
受付嬢が名前を見て、マサヒデの顔を見て、もう一度名前を見て、マサヒデを見る。
マサヒデが手を出して、
「大きな声は」
「あーっ! トミヤス様!?」
ロビーの冒険者達が受付のマサヒデ達に目を向ける。
「やれやれ」
後ろでアルマダが呆れ顔で腕を組む。
「あっ、あっ!? ハワード様!?」
「ええ。そうですよ」
諦めた顔でアルマダが頷く。
カオルやシズクは目を逸らして横を向いている。
マサヒデがちらっとロビーを見ると、視線が突き刺さる。
「すみません。早く通信したいんですが」
「あ! はい! メイドさーん! トミヤス様が来ましたよ!」
「やめて下さいよ」
「はあーっ!?」
ばたばたとメイドが駆け寄って来て、は、とマサヒデの顔を見て、
「あっ! トミヤス様! 本物! 私、試合見ました!」
「はあ・・・どうも」
オリネオの無表情なメイドと違って、元気の良い事だ。
「あのですね。通信したいので、通信の所に案内してもらえませんか」
「はいっ! こちらへ! お茶なんか淹れます? 一緒にお話でも・・・」
メイドがにこにこしながら前を歩いて行く。
マサヒデが苦笑いで冒険者達に会釈して、メイドについて奥に入って行った。
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マサヒデが奥に入って行った後、カオルがアルマダの横に並び、
「この後はどうなされましょう。昨日、シズクさんがサカバヤシの道場に行くと言いましたが、すぐ行かれますか」
アルマダは少し考え、
「そうですね・・・用はないですが、教会に行っておきましょう。ここは排斥派はほとんどいないそうですが、首都では面倒も多かった。挨拶くらいはしておいた方が良いと思います。さっさと済ませてサカバヤシ道場に行きましょう」
カオルが頷き、
「そうですね。教会に挨拶はしておきましょう。それと、このウスケシの道場を調べておきました。大中心国武術の道場が2つあります」
「ほう? 流派は」
「バジー拳とビンツァン拳があります」
「ビンツァン拳? 南派ですが、ここに?」
大中心国武術はざっくり北派と南派に別れる。
北派には派手な流派が多く、南派にはいわゆる剛拳という流派が多い、というのが特徴。
バジー拳は北派の特徴に反して派手ではなく、一撃必殺の質実剛毅という武術。
ビンツァン拳も南派の特徴に反し、手数で攻める流派だ。
「はい。自称ビンツァン拳の達者ですが・・・名は聞いたことはありません。ホウ=クサカユ。情報省に問い合わせてみましたが、特に監視対象でもなく。密入国者ではなく、普通にこちらに移住した者です」
「名を変えたとか?」
カオルが首を傾げ、
「それは・・・どうでしょうか。当国の情報省の目をかいくぐって、達人が偽名で潜り込めるとは思えません」
「何故」
「無手の達人は脅威です。得物が無くとも簡単に人を殺せますので」
「なるほど。で、バジー拳の方は」
カオルがにやりと笑い、
「なんと、シャオフェン=インです」
「え!? シャオフェン=インがこの国に来てるんですか!?」
アルマダが驚いて声を上げた。
無手のみでなく、槍術でも達人と名高い本物の達人。
軍の特殊部隊教官としての実績もある。
素手での立ち会いで相手の肩を軽く叩いたら、胸まで手がめり込み、相手の心臓を潰したとか、槍での試合を申し込まれた時は壁に止まっていた蝿を、ぴぴぴ! と穂先で落とした上、壁には傷一つなく、相手は土下座して去って行ったとか・・・
恐ろしい逸話が多いが、子供好きの優しい老人で、軍の教官時代に暗殺未遂に遭った後は故郷に引きこもり、子供達相手に拳法を教えている、と聞く。
この日輪国ではあまり有名ではないが、大中心国では恐れられている人物だ。
「インは故郷の村で引きこもっていたはずですが」
「そこでも暗殺未遂に。もはや大中心国に安心出来る場所はないと、軍の教官時代の弟子に当国と繋がりのある者がおり、それを通じてこの国に密かに亡命を希望してきたのです」
「ううむ、そうでしたか」
「亡命は4年程前。大中心国政府も国の達人を失うは不明という建前で、亡命を正式に認めたのです。実際は当国での道場破りを期待していたようですね。大中心の武術の宣伝を狙ったのです。が、インは隠棲同然の暮らしで、道場こそ開いてはおりますが、小さいです。教える代わりに飯や日用品を貰うという程度で」
カオルが小さく首を振り、
「若い頃は血気盛んで、多くの者を殺しましたから、随分と敵を作ってしまったようで。大中心国では尋常の立ち会い、恨みなしという事でも、平気で仇討ちにと参ります。敵わぬとなれば暗殺者を雇う、門弟全員でなどという意趣返しが普通です」
「なるほど。車道流のゴミみたいな考えが普通、という事ですか」
「そのような感じです。素直に負けを負けと認められぬ、潔さの欠片もないのが、あの国の風潮ですので・・・それは負けた本人の言った事、我は知らぬという感じで、平気で参ります。それで殺された達人と言われる者も数多く。惜しい事です」
アルマダが腕を組み、
「ううむ・・・しかし、シャオフェン=インですか・・・シズクさんとも正面切って立ち会えそうですね」
「はい。私も興味があります」
「マサヒデさんが喜びますよ。サカバヤシさんは交流があるでしょうか。紹介状を書いて頂きたいですね」
「はい。その為にも、サカバヤシ本道場へ参りましょう」
「まずは教会・・・」
喋っていると、マサヒデが戻ってきた。
わらわらと冒険者達がマサヒデに群がる。
「やれやれ」
ふう、とアルマダが溜め息をつくと、あっ、と女冒険者がこちらを向いた。まずい、とアルマダが振り向いて、肩越しに、
「すみません、私は外で待ってます」
くすっとカオルが笑って頷く。
「ふふ。はい」




