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勇者祭3 ゾエ編  作者: 牧野三河


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第1話


 勇者祭に参加しているマサヒデ達一行は、首都から第二夫人、クレール=フォン=レイシクランの実家から送られてきた豪華客船、シルバー・プリンセス号で、北のゾエ地方へ。


 陸路なら10日を超える距離を、船であればなんとたった1日で移動出来る。凄いものだが、風次第・・・ではなかった。

 首都ウキョウの港を出港して半刻程、沖に出て、客室フロアから甲板に出てみると・・・


「うおっ!? くそ!」


 後ろに見える赤い煙突から、もくもくと凄い煙が出ている!

 慌てて部屋に駆け込み、


「クレールさん! 火事です!」


「えーっ!?」


 慌ててクレールが飛び出て来る。マサヒデと廊下を駆け、ばん! と乱暴にドアを開けて甲板に出ると、マサヒデが煙突を指差し、


「あれです! あの下! あの煙は料理じゃないですよ!」


「あーははははー!」


 クレールがげらげら笑いながらマサヒデを指差し、


「やっぱり驚きましたね! 火事ではないでーす!」


「えっ」


「これは蒸気船ですから、煙が出るんです!」


「じょうきせん?」


 呆けた顔をするマサヒデに、クレールは笑いながら、腰に手を当てた。


「まあ、簡単に説明しますと、下にからくりがあって、そこで何か燃やすと船が動くんです。そのからくりの所で燃えてる煙です」


「はあ」


 聞いても良くは分からないが、とにかく安全である、という事は分かった。

 クレールが歩いて来て、マサヒデの隣に立ち、煙突を見上げる。


「マサヒデ様、もう帆だけで走る船は少ないんですよ。今はこの蒸気船の時代です」


「へえ・・・」


 生返事を返し、マサヒデも煙突を見上げる。


「燃やす物が無くなっても、魔術で少しの間は動けますし。音に気付きませんでしたか? ごんごんごんって低い音、しませんか?」


 そういえば・・・ごうん、ごうん、と音がするが、これは大きな船が波を切る音かと思っていたのだが。


「この音、そのからくりが動いている音?」


「そういう事です! 来て下さい! 海賊さん達も、もう来ているでしょう」


 クレールについて、船の右舷の方に歩いて行く。

 風に吹かれ、ばたばたとマサヒデの服の袖がはためき、クレールも髪に手を当てる。


「あ! 多分あれです!」


 クレールが指差す方を見れば、ついてくる小さな船が1隻。

 あれは海上での護衛を頼んだ、海賊の船。

 少し沖の方で、離れてはいるが、やはり煙が出ている。


「ほら! 海賊さんの船も煙が出てますよ!」


 マサヒデが顎に手を当て、驚きと感心で頷く。


「本当だ・・・へえ! オリネオでは見なかったですけど、今はこういう船が普通なんですか」


「海ではそうですよ! まだ、普通の川ではないです。大きな川だとありますけど」


「ううむ、我ながら世間知らずですね」


 後ろを向き、遠くなった陸の方を見て、また海の方に目を戻す。

 陸が遠いので、今、どのくらいの速度で動いているのかが分からない。


「この船って、どのくらいの速さで動いてるんですか?」


「全速力で、半刻(1時間)で10里(40km)くらいです」


「ええっ? そんなに速いんですか?」


 マサヒデが声を上げると、クレールはまた嬉しそうに笑う。


「凄いですよね! ゾエのウスケシの港から、ロスト・エンジェルまでは2000里と少しですから、2ヶ月なんて掛かりませんよ! 北から回って行きますし、海の様子とかも見て、多分2週間くらいです!」


「はあっ!?」


 1ヶ月半から2ヶ月と見ていた船旅が、たった2週間!? 驚いて声を上げた後、マサヒデの言葉は出なかった。


「えっへっへー! 1ヶ月、2ヶ月って聞いて驚いた訳が分かりましたか?」


「ううむ・・・」


 クレールが手すりにもたれかかり、マサヒデを下から覗くように見て、


「ゾエや米衆で少しくらいのんびりしても良いですね!」


「ううむ・・・」


 1年はかかると見ていたのだが、意外と早く着きそうだ・・・

 組んだ腕の袖が、ばたばたと風ではためく。海上ではよく分からないが、凄い速度が出ているのだ。海風だけではない。


「マサヒデ様?」


「私、順調に行って1年と考えていました」


「大体そのくらいですよ!」


「ん? こんなに速い船に乗っているのに?」


「ご挨拶に行きませんと! イザベルさんの家と、私のお父様! シズクさんの里はどうなったでしょう?」


 マサヒデの家臣のイザベルの家、ファッテンベルク家は、魔王軍騎馬隊の大将の家で、古くから続く軍人家系の家。土地は痩せて裕福ではないが、私兵軍も徹底して鍛えられており、危険な土地を任されている辺境伯家で、貧乏とはいえ家格は高い。


 マサヒデの第二夫人、ここにいるクレールは、フォン=レイシクラン公爵家。魔の国の腹を握る、魔の国でも1、2の大貴族。当然、世界一の大国の食を握っているので、その発言は世界に響くのだ。

 そして、初代レイシクランは、魔王が建国時代に入る無頼の輩の頃からの仲間でもあったのだ。


 シズクは貴族でも何でもなく、ただ数少ない鬼族という種族だというだけだが、鬼族の里に魔力異常が起きてしまい、引っ越しを余儀なくされてしまった。今、鬼族の里はどこへ行ったのかは不明だ。散り散りになったか、まとまって何処かへ引っ越したのかも分からない。


 だが、それらより何より、魔王への挨拶が大事。

 何故なら、マサヒデの第一夫人は、魔王の娘なのだから。


「それ、魔王様の後でないと。まず魔王様の所に行くべきですよ」


「むうん!」


 クレールが不満そうに口を尖らせる。

 ちら、と下から覗くクレールを見て、マサヒデはそのままじっとクレールを見つめる。不満が正直に顔に出ている。当然、長く離れていた家族に会いたいだろう。その家族も、娘が夫と選んだマサヒデの顔も見たいだろう・・・


「な、なんですか。やっぱり私が第二夫人だからですか」


「いや。ほら、海、見て下さい」


 マサヒデが顔を上げ、海を指差す。


「んん?」


 クレールが、よいしょ、と背をもたれた体勢を戻し、手すりに手を置いて、海に目を向ける。


「・・・何かありますか?」


 クレールには何も見えない。見渡す限り、海だけ。


「ほら、波を見て下さいよ」


「波?」


 波がなんだと言うのだろう。


「ほら。明るいから、光ってますよね」


「まあ、そうですね?」


 日を浴びて、動く波はきらきらと輝いている。

 マサヒデがクレールの髪を軽く摘んで、


「クレールさんの髪が風でなびくと、光るんです。波みたいで綺麗ですよ」


「・・・」


 この男は相変わらず、恥ずかしい事を平気で言う。

 ぼす! とクレールの顔が赤くなった。


「思い出しますね。あなたと初めて話した時」


「・・・」


 マサヒデが言うのは、クレールとの初めての会食の時。

 クレールが感極まって、マサヒデに抱きついてしまった時。


「試合の時はあれだけ恐ろしく見えた瞳が・・・輝いて見えた。生き生きと、赤く輝いていて、綺麗だった」


「・・・あの時は、お化粧が崩れて・・・恥ずかしいです」


「目が綺麗だったから良いんです」


「・・・」


 ちらちらとクレールが周りを見る。誰も居ないだろうか・・・聞かれていないだろうか!? 護衛の忍達も思い出して笑っているだろうか!


「もう、あの時の話はやめて下さい。思い出すと、また泣いてしまいます」


 恥ずかしくて泣いてしまいそうだ!


「分かりました」


 もう一度、ちら、とマサヒデを見て、にじにじと横に動く。そっとマサヒデの袖を摘むと、マサヒデが赤い顔のクレールを見て、手を下ろした。

 クレールもそっと手を伸ばし、マサヒデの手を取る。

 マサヒデは指を絡めてクレールの手を握った。


「ふっ」


 客室フロアと甲板のドアの所で、マサヒデと同門のトミヤス流の高弟、アルマダと、首都ウキョウでマサヒデの個人的な家臣となった忍のカオルが、細くドアを開けて、にやにやしていた。



----------



 翌日の朝になり、ゾエの都、ウスケシの港の沖に着いたが、霧が出ていて入港が危険という事で、船は少し沖の方で待っていた。


「すーっ! さむーっ!」


 故郷に季節というものがなかった鬼族のシズクが霧の甲板で声を上げる。

 シズクが里を出て一番驚いたのは、季節というものだった、という。

 鬼族の里には、ほとんど季節という程の変化はなかったらしい。


「うむ、これは寒いな」


 平気な顔で「寒い」と言うのは、イザベル=エッセン=ファッテンベルク。

 獣人族の中でも、今では数少なくなった狼族の古くから続く軍人系貴族の者で、マサヒデとの勝負に負け、心服して家臣となった者。

 女ながら軍に所属して訓練もし、勇者祭の旅に出て、マサヒデに叩きのめされてしまって以来、家臣となった。これはただ負けたというだけではなく、狼族の本能で、勝手に自分の中でマサヒデを主としてしまったという、押しかけ家臣、という面もある。


「イザベル様、その格好で平気なのお!?」


 シズクには歯が鳴る程の寒さだが、イザベルはスーツだけで、平気な顔をして、シズクの横に並んでいる。


「慣れている。我が故郷は寒くなる。雪はあまり降らんが、夜は零下になる事も多いのだ。目が凍るような寒さにはならんが」


 は、と息を吐いたシズクの息は真っ白で、それが宙で氷を作りそうに見えた。


「イザベル様、慣れたくねえよ」


「そうだな」


 小さく答え、手の平を上に向け、空を仰ぐ。今は雪は降っていない。霧で見えないが、この寒さであれば、陸に上がれば積もってはいそうだ。


「ううむ、なるほどな。ここは密航者や密輸が多いと聞くが、この気候のせいか。霧が多いのだな・・・」


 なるほど、とシズクが頷く。この港は海を挟んで国境にあり、密航者や密輸の類が多く、海賊衆がそれを守っている。軍がそれらを捕らえると、後々外交交渉などで面倒だからだ。

 海賊に襲われて沈没・・・となれば、せいぜいお前の国は海賊も抑えられんか、と文句を言われる程度で、多少文句を言われる程度。

 勿論、この海賊はこっそり雇われた傭兵。


「それに隠れてって事ね」


「そして不凍港で、大陸に近い。北の隣国、白露帝国は、港が凍る。喉から手が出る程に欲しい拠点だ。大中心国もこの港を押さえれば、この国の本土から離れた開拓されている土地が手に入る上に、大きな牽制となる。牽制どころではないな。国を取ったも同然だ。密入国者には工作員も多かろう」


「なんでそんなに軍人の見方するの」


「分からんか。ここの開拓長官のシラタ殿は、そのように難しい土地を押さえつつ、開拓を進めているのだ。話で聞く以上にやり手であるな。酒乱があっても、開拓長官に据えられている理由がよく分かる」


 開拓長官、シラタ伯爵は、誠実、篤実で知られた人物であるが、酒が入るとどうしようもない酒乱と有名である。その為、首都を出てくる際に、一筆もらってきているし、酒で暴れ出したら取り押さえても良い、と言われている。


「ふうん。ま、酒で暴れたら私が押さえてやるよ」


 イザベルが鼻で笑い、


「ふ。簀巻きにしてな」


 一度、パーティーで暴れ出したシラタ伯爵を、サキョウ三傑と呼ばれる剣の達者、キノト侯爵があっという間に取り押さえ、簀巻きにして家に送り返した、という事があったのだ。以来『キノトが来る』と聞くと、シラタは大人しくなると言われている。


「あははは!」


「迎えが来たようです」


 すう、と霧の中から音もなく、きりっとした羽織袴の女が出てくる。カオルだ。

 表向き、マサヒデの内弟子という体を取っているが、情報省に所属している忍。


「すぐにこの船が動くでしょう。一旦部屋へ」


「はあい」「は!」


 シズクとイザベルが客室フロアに戻って行く。カオルがちらりと霧のかかった海を見る。護衛についてきた海賊は、このゾエの地にいる海賊衆と余計な諍いを起こしたくないから、と沖で一旦別れると言ったが、ずっと海の上に居るわけではあるまい。どこかに船を留めるはずだが・・・


(今は気にすまい)


 カオルも静かにドアを開け、客室フロアへ戻って行った。


 シルバー・プリンセス号に、霧の中、松明を振りながら小舟が近付いてくる。港から出て来た誘導の船だ。しばらくして、ぼー、と低い音を響かせ、船が動き出した。


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