第7話
朝日が昇る時間が遅くなって来ましたね。
おかげで寝坊しがちです。朝は光を浴びないとやっぱりダメですね。
皆さんは朝、どうやってシャキッと目覚めてますか?
サティ達の好意によって王国大図書館を利用できるようになり、早数日。俺の生活は充実したものになっていた。
午前は変わらず清掃業務。夕方までは部屋で体を動かしながら、配布された──今回は半分が小説だった──本を読む。そして待ちに待ったメイン。図書館での読書三昧だ。
求めていたものを、誰にも憚られることなく手を付けられる環境。その場所で、俺は過去最高の集中力を発揮していた。数字にもその効果は出ており、既に30冊以上を読み終えていた。時間が有り余っていた自室での読書よりも、そのスピードは早い。そして何より有益だった。
今日も秘密の通路を抜け、人目を盗んで潜り込んだ夜の図書館。小さく穏やかなランプの光を片手に、特定の本棚の前に立つ。そこに並んだ本は見慣れたものばかりだった。これまで読んだ本の中で、参考になりそうなものを勝手にはめ込み入れ替えたからだ。つまり俺個人の本棚だった。
どうやらこの図書館、アイウエオ順に整理するといった規律はないらしく、それならと好きにしていた。
厚手の背表紙をサラリと撫でる。気に入った本が整列している様は気分がいい。サティが『この国一番』と言っただけあり、書物は多種多様だ。一分野に絞って本を選んでも、数十冊が候補に上がることはザラだった。
サティ達のおすすめを聞きながら、読みやすいものから手を付けた。中にはテンプレ的な『猿でも分かる』系の初心者本も混じっていたが、その中身は真新しいものばかりだ。
たった数日しか経っていないが、成果は目を見張るものがあった。
「魔法書はもちろん、スキルに関する専門書、薬草百科事典に兵法書……まじで宝の山だな」
「そのお気持ち……よく分かります」
「流石に先輩だ。言葉に重みがある」
今日のお目付役はロッテだった。隣に立ってランプを翳してくれている。
彼女達のおかげで、日に日に焦りは緩和されていた。勇者の成長補正が無い以上、油断出来ないことは変わらない。かと言って、無闇矢鱈と行動するつまりはもうなかった。
期日である半年まで残り5ヶ月程。『学び』という前進は、俺の心を軽くしているのだ。
だからこそ思う。
「単純な比較は出来ないけど、ロッテ達の環境も随分理不尽だよな」
「慣れておりますので理不尽とは感じませんが……不自由ではございますね」
彼女はいつも通りの落ち着いた、そして少し間延びした声で不満を漏らす。
それはそうだと、俺は頷きを返した。1人が通常業務。1人が秘匿業務。そして残る1人は部屋で待機。3姉妹でありながら、周囲には1人の『バーデン』として認識されている、その都合上、安易に外出することはできない。人の目を避けなければならない。
俺も1ヶ月、軟禁生活を送っている身だ。その不自由さは共感できるものだった。
だからこそ、あの秘密の通路は大きな価値を持つ。移動する姿を見られる心配がないのだから。つまり、不自由さを踏み倒せるのだ。
その恩恵に、俺は肖っている形になる。彼女達の善意と好意のおかげで、こうして本にありつけていた。
貴族や教会関係者に毛嫌いされている俺は、図書館を利用を邪魔をされることは目に見えている。そのストレスの解消は、俺のやる気にブーストを掛けていた。
「本当に便利だ。ロッテ達のお母さんは、素敵な秘密を残してくれたな」
「そう言って下さると……母含め私共も報われます」
ロッテは胸にそっと手を添えて、慈しむように瞳を伏せた。母親を本当に大切にしているのだと分かる。そんな母かの遺産を使わせて貰っているのだ。この機会を無駄には出来ないと、より一層気合が入った。
いくつかの本をピックアップして貰い、無人の机の上に重ねていく。ここは図書館内でも角の区画に位置し、周囲を本棚に囲まれているお陰で隠れスポットになっていた。秘密の通路もすぐ側にあるので、何かあれば退避も迅速に出来る。つまり好立地だった。
しかし、人の気配がしないのは立地だけが理由ではない。今は夜の9時を過ぎている。この時間帯から深夜に掛けては、人の出入りが途絶えるらしい。特に、上役が足を踏み入れることはないのだとか。実際、これまでここを利用してきて人と会ったことはなかった。
長年この場所を利用してきたロッテ達の言葉は、ここ数日で真実だと証明されていた。
だからこうして、立派な机を悠々と貸し切れる。
「けどやっぱり、魔法は専門的というか、抽象的というか……ロジックが不確かで意味不明だ」
「ワタル様の世界では……魔法は実存しないのでしたね」
「御伽話に登場するレベルだな」
白雪姫の林檎だとか、シンデレラの馬車だとか。有名どころはその辺りか。アニメなどでも目にするが、魔女の魔法の印象がどうにも抜けない。幻想的で古臭いイメージに固執してしまっていた。
その固定観念だ邪魔をするのか、どうにも魔法への理解は遅々として進まない。現物を見る機会を禁止されている以上、文章だけでイメージを変容させれるのは余計に困難だった。
しかし書物を読み解くしか方法はない。停滞を脱却する為には、魔法運用の原理を理解するのが手っ取り早い筈だ。言ってしまえば化学的根拠のようなもので、詰まるところはエビデンス。それを特定できれば、『そういうものだ』という仮初の納得の下で運用できそうな気がする。スマホが動く原理は分からなくても、使うことはできる感覚と同じだ。
しかし現状、上手くいってはいなかった。
追加の本の選出はロッテに任せ、目の前の記述に集中する。読んでは頭に刻み込む作業を続けていると、同じような文章を目にすることが増えてくる。そうして大概、その内容は理解不能なものが多い。
反射的に、眉間に熱が籠った。
「やっぱりこの『精霊を通して理に干渉する』ってのが分からない。理が自然現象や生命活動を指すって所までは読み解けたけど……精霊ってなんだ。これ、本当に実存する生命体なんだよな?」
「その筈です……私も見たことはございませんが」
胸に抱えた5冊の本を机に置きながら、ロッテは肯定を返した。
精霊。精霊なのだ。スピリチュアル染みた言葉だ。あるいはおファンシー。しかもロッテは見たことが無いと言う。つい、訝しげな目を向けてしまった。
いや、魔法に対して幻想的な言葉が出ることは自然なのかもしれない。分かっているが、それでも拒否感が出てしまう。俺の中の常識が内乱を起こしている。
だがここは異世界。目に見えない世界観が闊歩していても何ら可笑しくはない。頭を柔軟にしなければ。
こめかみを指先で揉み込みながら自制していると、隣にそっと立つロッテが思い出したように小さく手を叩いた。
「宮廷白魔法師団長のアンシャ・ラベリィ様ですが……精霊を見れると小耳に挟んだことがございます」
「白魔法師団長……勇者教育で魔法を担当している内の1人だな」
覚えのある名前だった。教師役の人に声を掛けまくっていた時、一度対面している。俺より幾つか年上の女性で、銀フレームのモノクルを掛けているのがもの珍しく映った。その肩書きに反して猫背で自信なさげな所作に、オドオドとした口調だったのは記憶に新しい。
弱々しい声で、それでも『無能に割けるほど、時間に余裕はないのですよ』と言われたのだ。気が弱そうに見えてキッパリと断られたのは中々に衝撃だった。彼女はNoと言える魔法師だったのだ。
肩書きである宮廷魔法は、赤魔法師団と白魔法師団に二分される王城直下の魔法師部隊だ。つまりエリート。そして彼女は白魔法師団の団長だった。
「魔法分野における国のトップの一角だろ。なら精霊が見えるってのも嘘ではないんだろうな。あるいはだからこそのあの地位なのか……実は相当レアな技能なんじゃないか?」
「たしか『精霊探知』と呼ばれるスキルで……この本に記載されていましたね」
彼女は隣から手を伸ばすと、積み重なっていた本の山から一冊を引き抜いた。手渡たされたそれを捲っていると、すぐに記載は見つかった。
「……自然の化身とされる精霊は、人間種とは異なる位相に存在する。世界のどこにでも存在しているが、別位相に存在するという特性から五感による探知は意味をなさない。精霊との親和性が高い生命体でなければ、言葉を交わすことはおろか、目にすることすら不可能とされる……この『親和性が高い生命体』ってのが、スキルの精霊探知に繋がる訳だ」
「事例が少ないためか曖昧な記述ですね……実際、この城ではラベリィ様しか所有していない筈です」
「檄レアじゃないか」
地球における国際系の資格と比較しても、その希少性はタメを張るどころか上回るだろう。何せこちとら、国家の要所に1人しかいないのだから。その価値は測りしれない。
しかし同時に不思議に思う。
「そんなんで、良く魔法を発展させられたな」
「発展と申されましても……何か可笑しな所がございましたか?」
首を傾げているロッテは、魔法が当たり前の世界の住人だ。どのようなキッカケによって生まれてきて、どのような過程を経て今の形となったのか。その流れに疑問を持つことはないのだろう。現代っ子がスマホの誕生経緯を態々調べないのと同じ感覚だろうか。一種の進化論とも言えるのかもしれない。小難しい話は、普通は毛嫌いするものだ。
しかし、外からきた人間としては不思議でならない。
「魔法は、精霊を通して理に干渉するんだよな」
ロッテが頷くのを確認してから、本の山から2冊引っ張り出す。片方は青い表紙で、もう片方は赤。1メートル程の間隔を空けて、それぞれを机の上に立てる。その中間に、新しく山から引き抜いた黄色い表紙の本を1冊、同じように立てた。これで、3冊の本が間隔を空けて机に並ぶ。
右の青が魔法師。左の赤が理。そして間に挟まる黄色が精霊を模している。この3つが直線の矢印で結ばれた時、魔法は発動する。
「精霊の立ち位置は、魔法師と理の間……つまり中継役ってことだろ」
「なくてはならない存在ですね……何を仰りたいのですか?」
「それだけ重要な相手が、目で見えず触れられない。それって人間からすれば居ないのと同じだろ」
黄色の本に手を添える。皮表紙の質感は思いの外滑らかで、上等な作りなのが伺えた。この感触も、本に触れることが出来て初めて分かるものだ。内容も、何ページなのかも、触れて、見て、やっと理解できる。『干渉』とも『観察』とも呼べるこの交流を、精霊相手には出来ないという。少なくとも、この城にはたった1人にしか実現不可能な試みだ。
「魔法は精霊の手助けが必須。なのに肝心の精霊は見えないから、安易に干渉することは出来ない。つまり調整も更新も、外部から意図的に手を加えることは難しいってことだ」
「言われてみますと……確かに」
ロッテは顎に手を添えて首を傾げる。
「熱は目で見えませんが……火は見えます……火に直接触れることは出来ませんが……色や動きで火力を知ることは出来ます」
「だから火力は調整できるし、焚き火以外の用途にだって活用できる」
知恵とはそういうものですから、と。彼女は顎に手を添えたまま小さく頷いた。
「ですが精霊相手となると……見えず触れられず……動きも捉えられない」
「習熟も応用も、出来っこないだろ……出来て最初の一歩。焚き火みたいな初歩的な活用方法で足踏みして、そこで終わりになっても可笑しくない」
電気だってそうだ。電子という存在の認知や動きの観測。そして、その性質を変化変容させるアプローチ方法の探求と更新。これがなければ、現代技術の殆どは形を成していなかっただろう。せいぜい『摩擦によって静電気が発生する』程度の知識レベルで終わっていたんじゃないのか。
しかし、この世界の魔法は時を経て最適化された経歴があった。記述があったのは魔法実験の本で、かなり古めかしいものだった。
ロッテに頼んで棚から持ってきてもらう。埃を被り、所々解れがあるその本には、かなり詳細に魔法を検証した記録が残されていた。論文のまとめ本に近いものだ。
記憶を頼りにページを捲り、何度も読み返したお目当ての記述を指先でなぞる。
「──精霊は特定の詠唱に強い関心を見せ、詠唱内容が好みに適したものである程、魔法行使時により精密な指向性を持たせることが可能である……精霊には地、水、火、風の4属性が存在し、火山には火精霊が多いなど、各属性が強く反映された環境を好んで分布する……同じ魔法が同時に行使される際、精霊の関心をより強く引き出した詠唱に精霊が執着を見せ、魔法発動の優先権が与えられる。もう一方は発動することもなく消滅する……精霊は可愛い──って最後は幻想か願望が混じってるが……これ、明らかに精霊が見えてないとできない考察だろ」
「独特の言葉選びだと思っておりましたが……言われてみると実際に精霊を見ながら記述したかのようですね」
あっ、と。ロッテは思い出したように小さく声を漏らす。振り返ってその顔を見上げると、彼女は指先を揃えて恥ずかしげに口元を隠していた。
淡く頬を染めて、彼女は言う。
「聞いた話ではありますが……50年以上の昔、精霊を見える者は数多く居たそうです」
「時間と共に減少したってことか? それまたどうして」
「理由までは……通説では……魔族による影響とされていますが」
「ここで魔族が出てくるのか」
勇者を召喚した理由。先先代の勇者が倒したとされる魔王の血族であり、魔王が去った後も残り続ける人類の敵。長命であり、残忍で、傲慢で、人とは異なる異形の者達。
どんな書物にも分かりやすい敵として描かれる魔族だが、しかしその実態を捉えるような記述は見当たらなかった。どれも抽象的で、真を得ない。
暗闇で見た鏡に映る自分の姿を、妖と間違えるような、歪んだ認識やこじつけの気配が強く感じられるのだ。図解でもあればと思ったが、そういったものは見当たらなかった。
言葉で語られるだけの実態不明の生命体。この部分は精霊と似通っていると言えた。
とにかく、今は精霊についてだ。
「どうにも、地下資源とか山の生態系とか、その辺りの話と近い感じなんだよなぁ……」
時間経過で数を減らすと聞くと、思い浮かぶの例えば鉱石。金山銀山ガッポガッポだった昔の日本も、今では鉱脈が痩せ細っている。取れば減る。自然の摂理だ。
精霊には世界の理に干渉する力があるという。ならその逆も然りだろう。世界からの干渉だって受ける筈。となれば、自然環境の変化は世界からの干渉と言えないだろうか。環境汚染によって棲み家を追われ、動物達の大移動が起こったなんて例もあったくらいだ。もしかしたら精霊も、似たような性質があるのではないだろうか。
「ワタル様?」
「いや、なんでもない」
呟きを拾われたが、妄想染みた話だったので誤魔化して終わらせる。
だからなんだ、という話なのだ。
結局のところ、精霊については曖昧なままだ。本を読むだけで魔法を使うことは無理そうだった。
「魔法に関しては知識学習止まりだな。実践できるイメージが湧かない。それに薬草と薬学、後は兵法も、城から出られない以上は使えない……頭に入れておくだけで満足するしかないか」
「ではワタル様が注力されるのは……残る1つの」
頷き、新しく山から3冊の本を手に取る。厚みも色合いも異なるそれらは、しかし同じ題目を掲げた書物だ。
「──スキルを身につける。レベル1でも習得に数年は要すると言われるコイツらを、残り5ヶ月でものにする」
「簡単に仰いますが……とても現実的とは思えません」
ロッテが横からこちらを伺う。言葉数が少なく口調も穏やかな彼女は、その実三姉妹の中で最も感情が分かりやすい。言いたいことが分かりやすいサティと、表情が分かりやすいセント。それぞれ違いがあるのが面白い所だ。
今もチラリと向けられる横目からは、心配してくれているのが伝わってきていた。
大丈夫だ、と。自信を持って答えられれば良かったのだが、そこまで見惚れることは出来ない。こういう時、勇者に組み込まれた成長補正が、やはり欲しくなる。成長を保証されたのなら、少しは俺も、自信を表に出せるようになったかもしれない。
「正直、無茶を言っている自覚はある。でも俺がいた世界では、知識学習だけで技能を習得する勉強方式が普及してるんだ」
図解や映像を用いてではあるが、実際に体を動かさなくても行われる講義は存在する。これが一流レベル、この世界で言うスキルレベル5前後の習得となれば話は別だが、その分野の見習い相当であるレベル1なら、可能性は感じられた。
可能性があるなら、希望は持てる。
「スキル──技能と言うからには得意不得意がある筈だ。何でも習得できる訳じゃないだろうが、逆を言えば得意分野なら人より早く習得することだって夢じゃない……それに、仮に身に付かなくても、学ぶ過程だって無駄にはならない。まずは幅広く試す。そして絞る。これでいく」
方針を決め、気合を入れる。『魔法』はお手軽な手段などではなかった。そのことは確かにショックだが、それならそれで次に向けて動くだけだ。
今の俺にできるのは、知識を吸収することなんだから。
目の前の本を開く。そして目を通そうとした、その時だった。
「──君、もうスキル持ってるじゃん」
初めて耳にする、高い声。音は左。反射的に振り向いた先には背の高い本棚がある。それはそうだ。ここは四方の8割以上を本棚に囲まれている。そんな隠れスポットなのだから。しかし声は確かに聞こえ、そして声の主もそこにいた。
本棚の、下から二つ目の段。そこには隙間があった。本来であれば詰め込まれていた十数冊の本を、誰かだ取り除いた結果生まれたのだろう。
その造られた隙間に挟まる、小さな少女の顔。白い髪に白い肌。翆の瞳を嵌め込んだ人形のような顔が、朗らかに笑った。
「やぁ」
「ッ──」
咄嗟に喉を絞り、叫び声を上げなかった俺は偉いと思う。
お読み頂きありがとうございます。
感想、評価、是非お待ちしています!
滝登 鯉




