第5話
もう12月に入りますね。
今年は皆さん、どんな年でしたか?
僕はインドアが加速した1年でした。
教師役への声を掛けが全滅してから、更に1週間が経った。この世界に召喚されて、そろそろ1ヶ月が経とうとしている。節目が近づくことに、背を追われているような感覚があった。
あれから生活は変わらない。午前はバーデンさんに付いて清掃業務、午後はあてがわれた部屋で本を読むのを続けている。魔法にもスキルにも、触れることは出来ていない。
変化の薄い日々が、日に日に焦燥感を強めていた。
「……やっぱりこの本もダメか」
辞書のように分厚い本を閉じる。広辞苑に似た役割の書物だったが、所々でページが欠けていた。魔法などの用語部分を意図的に抜き取ったのだと、なんとなく察する。もっと本を大切に扱えと言いたい。
「教師も全滅なら、こっちも全滅か」
閉じた本を、読み終わった他の上に重ねる。横長のローテーブルには5つの山が聳え立ち、部屋の隅にも8つの山がある。縦長の本の山は一種のオブジェのようだった。
この3週間と少しで読み切った本は、既に100冊を超えていた。1日5冊以上のペースだ。本は元々好きな方だが、ここまでのハイペースで読む程では、本来ない。それだけ、今の生活には時間が余っているのだ。
昼から部屋を出ることは許可されていない。屋内に風呂もトイレも完備されているから外出理由は作れないし、水や食事はバーデンさんが持ってきてくれる。
体力が落ちない様に軽く体を動かすこと以外、読書しかやれることはなかった。
「問題は、その本のジャンルだよ」
ただの1冊にすら、魔法はもちろんスキルに関する記載もないのだ。本当に、全く見当たらなかった。
俺に余計な武力を持たせないための処置なのだろうが、隠す気もないのだろう。いっそ清々しい程だった。
「だからって、いくらなんでも小説はないだろ」
これまでに、本の追加配布を要求したのが都合6回。新しく届いた20冊の内、4冊は普通の小説だった。あちらが勝手にジャンル縛りをしている影響で、そろそろ引き出しが少なくなってきたのだろう。ラブロマンスが紛れていた時には、思わず床に叩き付けたくなったものだ。
ヒントがあるかもしれないから、一応読んだけども。結果はお察しだが。
「速読は上達したけど、それが何だって話だよな……」
読書数が増えれば、類似した記述を目にする機会も自然と増える。読書スピードも自動的に加速した。100冊を超える読書量はそのせいだった。
しかしいくら素早く本を読むことができても、肝心の内容が使えなければ意味がない。
「マジで部屋から抜け出すしかないか? 城内には図書館があったし、マシな本もある筈だ……ああ、でも距離がなぁ」
この城は左右中央で、大きく3つの区画として分かれている。真ん中が円間と呼ばれ、応接間や執務室などの業務関連の部屋が多い。右側となる従間には、厨房や倉庫、従者が寝泊まりする部屋がまとめられ、左側の尊間に、機密性の高い文書の保管庫や、貴族など上位者用の多目的室が完備されていた。
今過ごしているこの部屋は右側の従間で、図書館は左側の尊間だ。両端にあるせいで距離が離れている上、辿り着くまでに円間の区画を通らなければならない。あそこは最も人の出入りが激しい場所だ。誰にも目撃されずに移動することはまず無理だろう。
そしてもし見つかってしまったら、その時は。
「本気で地下牢に幽閉されるかもしれん」
それは勘弁だった。
今のままでは、悩みは解けそうになかった。
ノックの音が響いたのは、『とにかくできることを』と、別の本に手を伸ばしたタイミングだった。
「タキ様。今よろしいでしょうか」
バーデンさんの声だ。端的で淡々とした口調から、バーイ・バーデンさんだと分かる。
今は就寝前。つまり夜。この時間帯に彼女が来るのは初めてだった。いつも、夕食の片付けが終われば翌日まで会うことはない。
首を傾げながら、扉を開ける。
「大丈夫だけど……何かあったかな」
「お引越しです」
彼女は要点のみを告げた。少しでいいから前置きが欲しい。心の準備が欠片も出来ていないのだから。
とにかくどうやら、この部屋からの移動をお求めらしい。
『地下牢』と言う言葉が頭を過った。
「……こんな時間に?」
「人の出入りが減り、最も周囲にご迷惑をお掛けしませんので」
「確かにそうかも……でも騒音とか」
「既に命が降っておりますので」
つまり俺の意思は関係ない訳だ。まさか、本気で地下牢に幽閉されるのだろうか。
ついさっき脱出を考えていた手前、絶対に無いとも言い切れなかった。嫌な汗が、背中を流れ落ちる。
「荷物を整理するから、ちょっと時間貰えないかな」
「私共が対応致しますのでご安心を」
「いや男の服とかあんまり触りたくないでしょ。それに本も結構な量だから重たいし」
「仕事ですので」
いつも通りにスッパリと言い切られてしまった。これを言われるとどうしようもない。
肩を落として頷く他なかった。
「……分かったよ」
「では参りましょう」
そう言って廊下を歩き始める彼女の後ろを、着の身着のまま着いていく。この時間帯に城内を歩くのは、初日の案内以来だった。壁に立てられた蝋燭の火は頼りなく、廊下は全体的に暗い。ガラス戸から差し込む月明かりが、カーテンの影を怪しく映し出している。
当初は不慣れ故に心細く感じた景色だったが、今は別の意味で不安を助長した。闇は恐怖心を駆り立てると聞くが、先行きが怪しい時に見る影はまさにそれだ。足取りは自然と重くなっていた。
階段を2度降り、3度角を曲がった所でバーデンさんは足を止めた。
これまで使っていた部屋より一回り大きな扉が、そこにはあった。
「こちらです」
「よかった。地下牢じゃないのか」
「はぁ?」
「いえ、なんでも無いです」
扉に鍵を差し込みながら、彼女は短く反応した。『何を言っているんだ』と言外に示されて、小さな声で誤魔化した。ビビっていたなんて態々説明して恥をかきたくはない。
手早く扉を潜り抜けた先では、もう1人のバーデンさんが居た。横長のソファに座っていた彼女は立ち上がる。三姉妹の真ん中、トライ・バーデンさんだ。
まさか1つの場所で2人のバーデンさんと会えるとは思わなかった。初めてのことで少し困惑する。
彼女は緩やかにお辞儀をして歓迎してくれた。
「タキ様……お待ちしておりました」
「どうしてここに?」
「お答えするのはもう少しお待ちください……まもなく妹も参りますので」
言って、1人掛けのソファへと促される。横長のソファとはローテーブルを挟んで向かい側に設置されていた。
大人しく座って、部屋の内装を観察する。作りは前の部屋と似ているが、間取りは一回り広い。本を積み重ねてもまだ余裕のあったこれまでの部屋よりも、だ。1人でここを使うのは持て余しそうだった。
「──来ましたね」
数分もした所でそう言って、姉の方のバーデンさんが扉の鍵を開ける。ノックの音はしなかったが、待ち人はちゃんと来ていたらしい。入室してきたのは、末っ子であるクアドラ・バーデンさんだった。
急いできたのか、呼吸が短く浅い。少しふらついているようにも見えるし、もしかすると体調が悪いのかもしれない。
しかし彼女は俺を認識すると、その顔に緩い笑みを浮かべた。
「まぁ、タキ様。お昼ぶりですね」
「ああ、うん」
「ふふ、困惑されていらっしゃるご様子。ご安心ください。ちゃんと説明致しますので」
どうやら、こうして3人が集まった理由を説明をしてくれるようだ。それを聞いて安心する。姉妹の中でも一番表情が豊かな末っ子の様子を見るに、血生臭い状況にはならないようだった。
実は地下牢への幽閉どころか、秘密裏に殺されることも警戒していた所なのだ。無いとは思うが、密室で複数人に囲まれる状況は流石に怖い。
知らず、細く息を吐いた。
バーデンさんらは対面にあるソファに並んで腰掛けた。真ん中がバーイさんで、妹達が左右を固める形だ。
こうして三姉妹が揃った状態で対面すると、やはり見た目がそっくりなのだと再認識する。見比べる機会は今までなかったが、差異がほとんど見付からない。髪色や髪型から始まり、160cm程度の身長も、メリハリのある体型も同じに見える。全員が美人なだけに、妙な圧があった。
「タキ様の前で3人が揃うのは初めてのことでしたか」
「午前の清掃業務と夕食……お会いする機会は二度限りですし……それすら交代制でしたからね」
実際、1日の内に顔を合わせていたのは2人までだった。朝食、清掃業務の監督、昼食までに1人。そして夕食の配膳のタイミングで変わってもう1人、といった具合だ。こうして一度で会うことはもちろん、1日の中で3人と会うことすらこれまでなかった。
今更になって何故、と言う疑問が浮かび上がる。
俺の疑念を見て取ったのか、末っ子が姉妹に提案する。
「ふむ、まずは自己紹介から始めるのは如何でしょうか。きっとタキ様、私たちの誰が誰だが分かっていらっしゃらないですよ」
それを聞いて、少しムッとする。確かに3人がそっくりだと今しがた考えていた所だが、だからと言って見分けが付かない訳ではない。
この世界に召喚されて、俺が交流した相手の殆どが彼女達だ。色々と都合もつけて貰っているし、恩だって感じている。恩人の顔くらい分かる。
「ちゃんと把握してるから。流石に、教えを受けている立場でそんな無礼はしないから」
否定の言葉に、しかし彼女達は首を傾げた。
「しかしタキ様……いつも私共をバーデンとお呼びでしょう」
「見分けが付かない。だからこそ血統名で呼ばれていたのではないのですか?」
血統名という響きは聞き慣れないが、姓のことを言っているのだろう。
確かに俺は頑なに彼女達の名前を呼ばなかったが、別に誤魔化すためでは無い。
「違うから……名前を呼ぶのは憚られたし、意思疎通で困ることも無かったからそのままでいただけだから」
「ふむ、では私共の名前は言い当てることが出来るのですか?」
その問いには自信を持ってイエスと言える。
「出来るけど、でもそれ今しないとダメなの?」
「是非お願い致します」
「私も……興味がございます」
「ふふ、だそうですよ」
何かしら目的があって呼ばれたと思っていたのだが、どうやら、可及の用事という訳では無いらしい。前の部屋から荷物を移動する気配がないから、最初に言われた引っ越しが主目的でもないのだろう。
そして、この人当てゲームの流れもまた違う筈だ。だって明らかに末っ子が楽しんでいる。口角が上がっているから嫌でも分かる。
早く本題に入って欲しいという思いもあった。だが、お世話になっている相手を見分けられない無礼者と思われているのは心外だ。
「年齢順に上からいくけど……」
右手を上げて、揃えた指先を真ん中の彼女に向ける。
「まずは君がバーイ・バーデン。瞳の赤が強くて裁縫が得意。仕事は丁寧で早いし正確。道具の扱いも上手で、たぶん一番手先が器用だ」
「当たっていますね。光栄です」
「そうやって言葉は端的だけど、いつも要点は押さえてくれてる。正直、教えを乞う相手としてはありがたい。いつもありがとう」
「……仕事ですので」
褒め言葉が効いたのか、いつも口にする口癖はちょっと鈍い。意外にもいじらしい反応だった。
なんだかこっちまで恥ずかしくなってくるが、一度始めた以上は突っ走る他ない。後2人残っているのだから。
とにかく次だ。掌を右にズラす。
「次に君がトライ・バーデン。瞳の黒が強くて視野が広い。並行作業が得意で、空いた時間を周りのサポートに回してる。自分の仕事もしっかり終わらせるから、ゆったりな口調に反して頭の回転は早いよね」
「そうでしょうか……2人の方が凄いと思いますが」
「ちなみに一番料理が美味しいのも君。調味料のバランスとか盛り付けの彩りとか、五感を楽しめせる技術はダントツだ。いつもご馳走様」
「そうだったのですね……なんだか嬉しいです」
彼女は胸に手を添えて、噛み締めるように俯いた。
実際マジで料理がうまい。教授との付き合いで行った三つ星レストランのコース料理よりも、断然彼女の料理の方が俺は好きだ。ローテーション的に明後日の朝食と昼は彼女が担当の筈で、今から楽しみだった。
最後に、手のひらを左に移す。
「最後に君がクアドラ・バーデン。瞳の青が強くてサボるのが得意」
「まぁ、私だけ酷いのではないでしょうか」
「そうやって揶揄うような言動が目立つけど、隠密スキルを使って隠れてる内に他人のミスを補填してたりする。しかもそのことを誇るでもなく誰にも言わない。俺だって何回フォローして貰ったか……実は隠れ良い子だよな」
「……」
まさか口を閉じる程照れるとは思わなかった。逸らされた横顔は桜色に染まっている。彼女は末っ子だからか、表情や言動に素直な面が目立ち、今は隠しきれていなかった。
皆んな意外な程に可愛らしい反応を見せているが、どうやら全員合っていたようだ。
「これで、見分けが付くことは納得してくれただろ?」
胸を張る。有言実行は気分がいい。
彼女達は互いに顔を見合わせると、代表してバーイさんが口を開く。
「それなら何故、いつまでも名前を呼ばないのですか。私は最初から了承しておりましたのに」
「いやだって……」
「だって?」
さっきまでの気分が消沈する。
言っていいのだろうか。正直、あまり話題にしたくないことだった。
少し黙ってみるも、視線はまっすぐコチラを向き続けている。無回答では納得してくれなそうだ。
「……君達の名前なんだけど」
「はい」
「君からバーイ、トライ、クアドラ……これって実は、俺の世界で数字を意味する言葉なんだよ。2、3、4って……1人だけなら偶然かもと思うけど、全員が、しかも歳の順と数字の並びが同じって、明らかに作為的だろ」
「気味が悪いと、そう思われたのですか」
「そうじゃないッ」
自重気味な言葉に思わず腰が浮かび、すぐに下ろした。
熱を孕んだ息を吐いて、冷えた頭で続きを話す。
「不気味と思った訳じゃないけど、無機質だとは思った。失礼を承知で言うけど……俺の感覚だと、人の名前としてどうかと思う。だから無感情な響きの言葉で、恩人を呼ぶのは嫌だったんだよ」
自分勝手な理由だった。
彼女達の名前が、この世界でも数字を意味するとは限らない。俺は個人的な快不快で呼び方を選んだのだ。『そんなことで』と、呆れられても仕方がないだろう。
知らずに下を向いていた顔を上げる。頭は重く、首が軋んだように思えた。言ってしまった以上、反応を見ない訳にはいかない。顔を叩かれるくらいは覚悟した方が良いだろう。
しかし再び目にした彼女達の表情に、ネガテイブな様子は見られなかった。そわそわと顔を見合わせて、そして何故だか全員が、嬉しそうに小さく口角を上げていた。
コホンと、バーイさんが場を仕切る等に咳払いを挟む。
そして俺の目を見て、その鋭い目尻を緩めた。
「では今後、私のことはサティとお呼び下さい」
「私のことも是非……ロッテと」
「ふふ、私はセントです。ちゃんと呼んで下さいね」
流れるように告げられた名前。宝物をそっと見せるような優しい声音が、その名前が渾名染みた気楽さとは別物だと示している。
急なことで、すぐに受け入れることは出来なかった。
「それ、俺が呼んでも良いのか? 最初の自己紹介で言わなかったってことは、何かしら理由があったんだろ……大切な名前なんじゃないか」
返答は呆気なく口にされた。
「死んだ母が、私たちに付けて下さった隠し名です」
「今では私達姉妹しか知らない……特別な名前です」
「まぁ、母様の形見のようなものですね」
「軽々しく教えたらダメなやつだろ!」
重い。受け取る方も覚悟がいる名前を急に渡さないでくれ。
そもそも、俺はまだ何も価値を示せていない。召喚された時から何も変わらない能無しのままだ。信用も信頼もない筈なのだ。
「そんな大切な名前なら、伝える相手はちゃんと選んでくれ」
尻すぼみに弱くなる主張に、彼女達は頷いた。しかしそれは、俺の無能さ加減に対しての肯定ではないようだった。
バーデンさんが言う。
「ですから、こうしてお願いしているのです。私達姉妹を見分けられる人はおりません。見事言い当てたタキ様であれば、十分な資格がお有りかと思いますが」
「流石に、それは言い過ぎだろ。1人2人くらいはいる筈だ」
「いいえ。本当にいないのです。タキ様も不思議に思いませんでしたか? 他の従者の方々が、私達のことをバーデンとしか呼ばないことに」
「まぁ、それはちょっと思ってたけど」
いつだって耳にするのは『バーデン』の響きだった。だからこそ、俺も同じ呼び方を気兼ねなく継続できたのだ。
しかしその人たちも、ただ名前呼びをしないだけかもしれない。つまりこれまでの俺と同じ対応をしているだけで、見分けが付かない訳ではないだろう。
その予想を、続くバーデンさんの説明が否定する。
「実は……バーデンという名前の従者なのですが……たった1人しか雇用登録がされておりません」
「でも3人いるよな。ここに」
「はい……私共はちゃんと実存しております……ですがタキ様……私共を同時に目にしたことはございましたか?」
今を除いて、と。付け足される。
「それは……」
ない。確かにこれまで一度も、彼女達を同時に目にしたことはなかった。
彼女の言うことが本当なら、同僚達はバーデンという従者は1人しか存在しないと認識していることになる。もし姉妹の見分けが付くのであれば、同じ名前で姿を現す別人に疑念を持たない筈がない。
口調で分かりそうなものだが、1人もいないと断言するからには、疑う素振りを見せた人はいなかったのだろう。
「つまり、周りに見分けられないのを良いことに、3人が入れ替わって働いてるってことか?」
困ったように頬に手を添えて、バーデンが答える。
「ふむ、まるで悪いことをしているような言い方はおやめ下さい。見分けることこそ出来ませんが、上の方は私共のことをご存知ですので」
「違法ではないと」
「ふむ、むしろ合法ですね。しっかりとした役目があって、こうしている訳ですから」
「役目って……何のだよ。今日はヤケに君が疲れているのと、何か関係でもあるのか」
バーデンはパチリと大きく瞳を瞬かせた。
「まぁ、気がついていたのですか」
「見たら分かるだろ。顔色が悪いし、声もいつもより覇気がない」
「ふふ、困りましたね。本当によく見て下さっているのですね」
「はぁ?」
そりゃ、ちゃんと見てないと見分けが付かないんだから、当たり前のことだろうに。それに清掃や礼儀作法の見取り稽古相手は彼女達だ。3週間以上見てきたんだから、そこいらの他人相手よりは観察精度だって高くなる。体調不良くらいすぐ分かるのだ。
ただどうやら、役目の内容を言うつもりはないらしい。少し待っても彼女達の口が開く様子はなかった。
薮を突くつもりはないから、別にいいが。
「……この城の住人が思いの他、従者相手に無関心なのは理解した。けど、雇ってる側もどうなんだよ。3人いることは分かってても誰が誰か分からないとか……雇用主として失格だろ」
「まぁ、それが普通ですよ。人は思いの外、他人に無関心なのです。こうしてタキ様の関心を知れて、安心しました」
「俺の知ってる普通と違う……」
それと変な形で受け取られた気がする。3人に向けて偏屈な思いを向けている、みたいな形になってやしないだろうか。
否定の言葉を重ねようとするも、バーデンの言葉にコクコクと頷き合っている姉妹を見ていると、喉奥で詰まってしまう。3人共、やけに嬉しそうな空気を纏っているのだ。水を刺す気が失せてしまった。
なんだか力が抜けた。体を傾けて、ソファの背もたれに肩と頭を預ける。頬に当たる革張りの冷たさが気持ちいい。
脱力する俺に、彼女達はワントーン上がった声を掛けてくる。
「私共をちゃんと見て下さっているのは、よく分かりました。そして同時に分かって下さい。私共もタキ様のことを見てきたのです」
「不慣れな業務に丁寧に向き合う勤勉さを……限られた環境の中で方法を探し続ける不屈さを」
「ふふ。だからこそタキ様に名を知って欲しいと、呼んで欲しいと思うのですよ」
順番に言葉を繋げられる。向けられる思いは好意的で、懐かしくすら感じる温かさがあった。正直、くすぐったい。
もう既に、名前呼びを固辞する理由はない。無機質な数字の響きは無くなったし、こうして全員と対面している以上、いつまでもバーデン呼びは混乱を招くだろう。少しの気恥ずかしさはあるが、それは俺が我慢すれば良い。
だらしない格好を整えてから返答する。
「あー、まぁ、そういうことなら──」
「もちろん、敬称も不要です。タキ様は来賓相当な上、私共の方が年下だと既に申し上げた筈です」
「言葉も崩して頂いて結構です……最近は時々素が出ておりましたし……どうぞ楽になさって下さい」
「まぁ、タキ様の丁寧口調はあまり似合いませんしね」
ついでのように敬語を禁止される。杜撰な流れだが、もう意固地になる気もなかった。
ただしセントはいつか泣かす。
「分かったよ。なら俺のことも渉って呼んでくれ……サティとロッテ。あとセントは一言余計だからな」
「ふふ、また怒られてしまいました」
楽しそうに笑う末っ子に釣られてか、姉2人もふわりと眦を和らげた。
お読み頂きありがとうございます。
感想、評価、是非お待ちしています!
滝登 鯉




