第3話
ちょくちょく作品タイトルを変更するかと思います。未だに納得がいかないので。
ご迷惑おかけします。
異世界へ巻き込み事故的に召喚された翌日。窓から覗く太陽が地球と同じ1つだけであることに、小さな安心感を感じながら迎えた早朝。俺は木箱を漁っていた。
昨日、メイドさんに部屋へと案内され、その後は泥のように眠ったことで疲れは無事癒えた。かと言って気力まで全回復、というわけにもいかない。思考も体も重りを括り付けたように重い。しかし何も行動しないのも不安で仕方なかった。
だから今、木箱に手を突っ込んでゴソゴソと中身を物色している。本当は散歩がてら周囲の散策をしたい所だが、王城内を適当に彷徨いて無駄に警戒される訳にもいかない。これしかやれる事がないとも言えた。
「靴に、この皮袋は水筒の代わりか? なんか映画の小道具みたいだな。おっ、服が数日分に大判の外套。着替えがあるのはありがたい。後で洗濯場を教えて貰わないとな。こっちは手帳が数部とインク式の筆記セット……万年筆とか使った事ないんだが」
寝床として用意された部屋は、トイレや風呂など、水回りも完備された快適な一室だった。加えて、これからの生活に必要な備品までまとめてくれていた。それが今漁っている木箱だ。アンティーク調のしっかりとした箱で、ダンジョンの宝箱といった感じだった。
最初、「ミミック」という言葉が過って開けるのに少し躊躇した。
昨日は確認する元気がなかったが、一眠りすれば気分も変わる。多少は前向きにもなれていた。
疲れれば眠くなるし、眠れば心労も少しはマシになる。異世界に来てもこの辺りの摂理は変わらないようで安心だ。
「これは、杖か? もしかして魔法が使えたり? え、ちょっと楽しみなんだが」
いかにもな杖を発見。指先から肘くらいまでの短めの長さで、赤い宝石が先端に取り付けられている。その宝石が大きいのなんの。拳代なんて現物で見るのは初めてだ。魔法への好奇心が湧き出るが、それとは別に手が震えた。もしこれがルビーだった場合、いったい幾らするのか。
「……とりあえず奥に仕舞っとこう」
そっと、外套で包むようにして木箱に戻す。美術館で展示されてそうな宝石を、雑に扱える気がしない。気軽に振り回す気にはなれなかった。魔法少女アニメのおもちゃステッキ、とまでは言わないが、もう少し気軽に触れられるものであって欲しい。
コツリと、奥の方で硬い感触が指先に伝わる。
「まじか……普通にナイフが入ってるんだが。大丈夫かよこれ。防犯的に」
革製の鞘に収まったナイフ。抜いてみれば、刃は潰されていなかった。一般的な包丁よりも一回り大きく、そして何重にも分厚くて重い。明らかな「凶器」に、顔が引き攣る。
コンコンと、乾いた音が背後から響く。ノックの音だ。
続いて届く女性の声。
「タキ様。朝食をお持ち致しました」
「あ、はい! どうぞ」
刃物を持った状態で人と会うのは流石にダメだろう。ナイフを木箱に放り込み、蓋を閉めて入室を促す。
「失礼致します」
入室したのは、昨日この部屋まで案内してくれた青髪灰眼の美しい女性だった。丈の長いメイド服に身を包む彼女はバーイ・バーデンさん。俺はバーデンさんと呼んでいる。自己紹介の際に名前で呼べと要求されたが、流石に初対面でそれはと断った。「さん」をつけた時に眉を跳ねさせていたので、敬称すら気に入らないらしい。だから名前を呼ぶのに少し抵抗があった。
おはようございますと互いに挨拶を交わす。切れ長の瞳と綺麗な立ち姿、凛とした声からはクールな印象を受けた。
手には銀製のトレーを持っている。この部屋まで朝食を持ってきてくれたらしい。
「わざわざありがとうございます。昨日も、ここまで案内して貰って助かりました」
「仕事ですので」
バーデンさんは淡々と返し、朝食を部屋中央のテーブルに置く。そのまま離れ、何故か帰る事なく入り口付近で静止。体の前で手先を組んだ状態で、静かに立ち続けている。
「あの、まだ何かありましたか?」
「朝食をお済ませになられた後に、片付けを致しますので」
ウエイターみたいなものか。けど、見られながらの食事というのは落ち着かない。
「なるほど。でしたら返却場所を教えて貰えれば、自分で返しに行きますが」
「仕事ですので」
返答はそれっきり。待てども続きは語られなかった。
無言のままじっと見られる。さっさと食べろと言われているみたいで、渋々と椅子に座った。献立は、野菜多めのホテルの軽食といった感じだ。彩はいい。しかし朝食に手をつけるも、どうにも味を楽しめない。横から届くバーデンさんの視線が痛いのだ。
やっぱり、監視されているのか? 食器の返却も断られてしまった。あまり城の内情を把握されたくない、というのは穿った見方だろうか。
そう考えながらパンを千切る。思いの外、パンは柔らかかった。
彼女が再び口を開いたのは、最後の一口を水で流し込んだ時だった。
「タキ様」
「え、はい」
「私は従者です」
切れ長の瞳が俺を見る。冷たくはないが、温かくもない。何を考えているのか読み取れない。つまり言いたいことが分からない。首を傾げる他なかった。
「はい。それは知っていますが──」
「ですので、そのような形式的な言葉を使われる必要はございません」
なるほど、敬語をやめろと。だから昨日も「さん」付けした時に眉を顰めたのか。
従者というのはやはり格が低いのだろう。敬語を向けられることすら認められない程に。かと言って正しい接し方など俺が知るはずもない。
「まだお会いして間もないですし、急に言葉を崩すのはちょっと」
「気兼ねされる、ということでしょうか」
「まぁ、はい。そもそも俺は役職とか持っていませんし、敬われる立場でもありませんから。むしろ丁寧な対応をされるのも違和感があると言いますか」
昨日、この部屋に来るまでに何人かとすれ違った。その度に様々な視線が俺に向けられた。哀れんだり、見下したり、蔑んだり。碌なものがなかった。どうやら兼野達が先に退出し、俺が遅れて出て行くまでの短い間に、城内への情報共有は済ませていたらしい。仕事が早いことだ。
当然、案内を担当した彼女も、俺が勇者でない事を知っている筈だ。現状、この国にとって価値のある人間とは思われていないだろうに、むしろ何故丁寧な対応をしてくれるのか。
「タキ様には来賓として接するよう、命が降っております」
「職務上、仕方のない対応であると」
バーデンさんはコクリと頷いた。
となると一応、杜撰な扱いにならないように気を遣ってくれたのだろうか。バーデンさんがではなく、ユニ王女がだ。この部屋もしっかりした作りで十分な広さがあるし、服なんかも揃えてくれている。勇者の称号の有無で兼野達と格差こそ生まれているものの、思いの他、俺の待遇は悪いものではないのかもしれない。
かといって自惚れることは出来ないし、そもそもほぼ初対面の女性にタメ口はちょっとな……。
「私ども従者に諂った態度を見せるのは、よろしくありません。お辞めになることをお勧め致します」
スッパリと諌められてしまう。
これも郷に入れば郷に従え、というやつだろうか。
「……なるべく早く慣れるよう、努力します」
「それがよろしいかと」
言質を取られてしまった。頬が引き攣りそうになるのを、水を飲むことで誤魔化す。飲み込む度により一層喉が渇いていくような気がして、チビチビとグラスを傾け続ける。
俺がグラス手に持っているままだからか、バーデンさんはトレーを回収するそ素振りを見せずに無言で佇むままだ。気まずくて、また水を少量口に含む。
「あー、その。ユニ王女様の話では教育の機会を頂けるとのことだったけど、どのような物か知っていますか?」
「いますか?」
「知っている、かな?」
さっそく矯正が始まったようだ。どうもむず痒い。
素早く訂正したのが良かったのか、バーデンさんは追求することなく質問に答えてくれた。
「タキ様には、書物の配布と実地訓練が用意されております」
「実地ってことは、城の外に出れるってこと、か?」
まだ王城の外を俺は知らない。つまり環境が偏りすぎている。一般の人達の暮らしに触れることができれば、多少はこの世界について知ることができる筈だ。上手くいけば、最低限の立ち振る舞いなら身に付けられるかもしれない。
しかしその希望は叶えられないようだ。バーデンさんは静かに首を振っていた。
「活動は城内にて行って頂きます。現在、本城からの外出は許可されておりません」
やっぱり監視の目的もあるのだろう。予想はしていたが残念だ。いや、教育環境があるだけで良しとするべきか。例え小さく感じる恵みでも、限りある資源だ。焦って取りこぼさないように気をつけなければ。
「分かりま──分かった。なら早速今日からお願いしたいんだけど、大丈夫かな」
「……そう急がずとも、まずはこの城での生活に慣れることから始められては如何でしょうか」
「いや、出来るなら今日からで頼みたい。機会を得られた以上、無駄にはしたくないから」
ユニ王女は、兼野達が協力をするか否かの判断を半年は待つと言っていた。恐らくだが、最低限の自衛が可能になる期間がその程度なのだろう。自分が戦う力を持っていると自覚し余裕を持ち始めるタイミングの方が、兼野達の同意も得やすい筈だし、この環境に慣れさせることも並行できる。あくまで考察だが、その方が効率はいいと思えるのだ。
普通、ただの学生が戦士に変わるには短すぎる時間だと思うが、勇者という存在はそれを容易く覆すのだろう。過去にも勇者召喚を行ったと口にしていたし、成長記録などのデータが残っていると見ていい。半年と言ったユニ王女の判断は、そう大きくブレることはない筈だ。
つまり俺が持っている「勇者が召喚されたばかりでまだ未熟である」という情報の価値期限も同じ。期限がくれば、俺の扱いは今より更に落ちるのは目に見えている。
半年。6ヶ月。猶予は決して長くない。
「迷惑を掛けるけど、どうかお願いします」
頭を下げる。ものを頼むのだから当然だ。
つい敬語になった語尾を、しかしバーデンさんは指摘せずに緩く息を吐くだけだった。
「……書物は、追ってこの部屋に運ばせて頂きます」
「ありがとう!」
「では、朝食をお下げ致します」
「あ、ご馳走様でした。こっちもありがとう」
持っていたままだったグラスをトレーに戻す。回収するキリの良いタイミングを図っていたのかと思うと、長く待たせたようで申し訳ない。
彼女は気にしてないのか小さく会釈すると、トレーを持って退室した。
「……ふぅ」
全身から力が抜ける。息がもれ、その反動に負けるように背中が椅子の背もたれに押しつけられた。ずるずると、上半身がずり落ちてしまう。
なんとか前進することは出来そうで、ひとまず安心だ。童話に沿うなら兼野達はウサギで俺は亀。相手にサポーターが付いている以上はウサギのサボりを期待できないが、だからといって亀には歩き続ける他に道はない。元の世界に戻ることも、脇道に逸れることも、今の状況では無理なのだから。
「なら少しでも早くスタートして、距離を稼がないとな」
順調にスタートダッシュを切れそうで、脳のリソースに余裕が生まれるのを感じる。不安が一つ解消されるだけで、スッと心が軽くなったようだ。朝食のおかげもあってか滑らかに回り始める頭で、実地訓練がどんなものかを予想していく。
やはり魔法だろうか。基礎として肉体改造もあり得そうだ。流石に、最初から実践形式はないだろう。しかし俺のような一般人を戦えるようにするのであれば、それ相応のシゴキがあって然るべきだ。未知の世界だが、覚悟だけはしておこう。
戦いが身近にある世界なのは察して余りある。なら自衛手段は持っておくに越したことはない。身に付けられるものは、どんどん身に付けていくべきだ。
そんな風に予想を膨らませている内に、バーデンさんが戻ってきたのかノックが響く。
再入室した彼女の腕には、何故か1着の服が反折りで掛けられていた。
「ええっと、その服は?」
「こちら、実地訓練にあたってタキ様にご着用頂く正装となります」
「はぁ。正装……」
受け取った服を掲げてみる。黒配色のタイトな男性服。いわゆる燕尾服だった。
作りは綺麗でしっかりとしているが、体を動かすには適さなく思える。
「とても、戦闘訓練用の服には見えないんだけど」
「戦闘用ではございませんので、その認識で合っております」
なんだか嫌な予感がしてきたんだが。
「バーデンさん」
「はい」
「実地訓練というのは、魔法とか剣術とか……とにかく戦いに必要な技術を身につける為のものだよね」
無情にも、彼女は首を横に振った。
「タキ様の訓練に、魔法も剣も必要ありません」
「では何を?」
「こちらを」
胸の高さに持ち上げられたバーデンさんの手には、いつの間にか箒とバケツが握られていた。
空を飛ぶ魔法の箒でも、ゲームで装備のことを示す隠語であるバケツでも無い。ただの掃除用具。
「さぁタキ様。まずはその服に着替えて頂けますでしょうか」
彼女は平坦な声でそう言った。
★
困惑が強かったが、結局、俺は素直に燕尾服に袖を通していた。サイズは不思議なくらいにぴったりで、窮屈さはない。少し関節辺りの生地は硬い感じがするが、不快感はなかった。近いものとしては、新品のビジネススーツのような着心地だった。
「よくお似合いでございます」
「ありがとう?」
喜んで良いものなのか分からないのだが。彼女は満足そうに頷いているので、とりあえずお礼を返しておく。
「では、私に着いてきて下さいますか」
「……分かった」
箒とバケツを片手に部屋から出ていく彼女。想像と違う状況に少し反応が遅れたが、それでも素直に着いていく。
扉1つ隔てた先にある、尊厳な作りをした城内。昨日案内して貰った時は日が暮れていた為に暗かったが、今は朝。壁に嵌め込まれた大窓から差し込む光が明るく照らし、装飾や絨毯の色をより鮮やかにしていた。時間帯が違うだけで、異なる空間のように感じる。しかも所々に鏡が設置されている影響で風景が歪み、まるで永遠に奥まで廊下が続いているように錯覚してしまう。気を抜くと迷いそうだった。
「タキ様にはこれから、私と一緒に城内の清掃を行って頂きます」
数歩先を静かに、しかし素早く歩く彼女が声のみを飛ばしてくる。
腕を振るたびに肘の布が軋むのに違和感を感じながら、質問を返す。
「もしかして、俺に与えられた教育の機会ってのは」
「私共の職務を体験して頂くことです」
「戦闘訓練は?」
「そのような命は降っておりません」
ここにきて勘違いに気づく。実地訓練とは聞いたが、戦闘訓練とは言われていなかった。そもそも、この国が戦力として期待しているのは勇者に対してであって、俺にではない。そのリソースは勇者に注いで然るべきだった。
配布された木箱の中にそれらしき杖やナイフがあったから、てっきり勇者のスペアのような感覚で戦闘を叩き込まれるのかと覚悟していたが、どうやら違ったらしい。
だが悪い話でも無い。経験ゼロの状態から同時にスタートしたところで、才能に溢れる勇者に勝てるとは思えない。勝てないのなら、それは短所と同じだ。なら戦闘とは異なる分野で価値を示した方が、この世界での安全を確保するのには有用だろう。
兼野達が触れることがないだろう従者の業務だからこそ、何か見えてくるものがあるかもしれない。
知らず緊張していたのか、握り込んでいた手から力が抜けた。
「それじゃあこの実地訓練を通して、俺はどんなことを教えて貰えるんだろうか」
「一般的なこの世界の文化や、礼儀作法。加えて多少ではありますが、職能についても触れることができるかと思います」
「なるほど。インターンみたいな……」
微かに見える横顔は、どうにもピンと来てない様子だ。インターンという響きはこの世界には馴染みがないらしい。
「えっと、例えば職人の元に弟子入りして、その場の環境や職務を体験する、みたいなものかな」
「そうですね。それが近いかと」
「ならバーデンさんはお師匠様だな」
「生憎のことですが弟子を取れるほど、私は習熟しておりません」
「あ、うん……」
あっさりと振られてしまった。仲良くなれればと冗談を言ってみたけど、スベッたらしい。恥ずかしい。
沈黙を切り捨てるように、バーデンさんは話を切り替える。
「私もまだ道半ばではありますが、学びとは実体験を通して得られるものであることは、強く実感しております。またそれらの体験が多分野的であるほど、より多くのものを効率よく身につけることが出来るでしょう」
急に饒舌になったことに、少し驚く。そのせいで返答がないことを彼女はどう捉えたのか、立ち止まってこちらを振り返り、そっと見上げてきた。動きに合わせて、黒の混じった濃い青色の髪が優しく広がる。日本ではまず見ない珍しい髪色が光で透けて輝き、少しの間見惚れてしまった。今気づいたが、彼女の灰色の瞳は少し赤みが差している。光の加減で虹彩が煌めく様は、蝋燭に翳した琥珀を思わせた。
俺の沈黙を緊張や苦手意識とでも捉えたのか、続く彼女の声音は少し丸みを帯びていた。
「タキ様は異なる世界から来られたとのこと。であれば、まずは広く知ることが最善でしょう。私共従者の職務は城内にて最下級のものばかりですが、その役割は両の手では足りず、従事者も多くおります」
「例えば掃除洗濯炊事剪定、あとは、なんだろ? とにかくこの規模の城を支えるのなら、人も大勢必要になる訳だ」
予想で固めた俺の言葉に、彼女はコクリと頷いた。
「加えて入れ替わりも多い為、自然と、従者の多くが複数の業務を熟すようになりました。私であれば清掃と裁縫、炊事などが挙げられます」
俺と同い年か少し上くらいに見える彼女だが、マルチに働ける有能な人員であるようだ。バイトレベルでしか社会を知らない俺からすると、素直に尊敬ものだった。
あの朝食も彼女が作ってくれたのだろうか? 流石に今聞くことではないと、自重する。
「従者の業務を通すことで、より多くの分野に触れられる筈です」
そう言って、彼女に箒を渡される。掃除機ではなく普通の箒を手にするのは、高校以来だった。あの時握ったプラスチックの感覚より数段重い質感に、異なる世界であることを小さく実感した。
「では、始めましょう」
「よろしくお願いします」
「します?」
「よろしく!」
礼儀と思って頭を下げれば、スッと細めた瞳を向けられる。
仕事を教えて貰っている間も、敬語は禁止らしい。この文化に馴染むのには、まだ少し時間が必要そうだった。
★
たかが掃除と気楽に構えていたところは確かにあった。しかしいざやってみると、バーデンさんが語る以上に有意義な時間となっていた。何故なら王城内には俺たち以外にも人が居て、清掃の合間にも多少の交流があったからだ。
俺が従者の服装をしているからか、あるいは異世界人と知っていて興味がないのか、話しかけてくる者は皆無だった。だから目にした交流は、その全てをバーデンさんが対応していた。しかしその様子を側で見ながら清掃業務を熟すだけでも、読み取れることはいくつかあった。昼までの短い時間でも、確かな収穫があったのだ。
それは城内の間取りから始まり、人の流れ方や役職ごとの権限の差。貴族と平民での対応の違いや注意点。その他諸々。端々に挟まる専門用語──恐らくはこの世界の固有名詞や魔法に関係するであろう言葉──こそ読み解くことはできなかったが、それ以外は不思議なほどすんなりと頭に入ってきた。
ただ、どうにもこの城の中は落ち着かない。この空間のことを表現するのに、明確に「これ」とイメージを固められないからだろう。
例えば、調度品の設置の仕方に日本らしい無駄を廃した清潔さを感じるかと思えば、複雑さと美しさを兼ね合わせた華美な装飾がドデンと鎮座していたりするのだ。調和の法則がいまいち読み取れず、現代アート展に入り込んだ気分だった。つまり意味が分からない。
多国籍かつPIV御用達のホテルで働く、そんな心持ちでいるのが一番近いだろうか、と一先ずは納得していた。
「……よし。土台になる生活基盤の部分に違いは無さそうだ……と思う。とにかく回数を重ねて、それと他の人とも交流してみて、細かい部分は擦り合わせていくしかないな」
「飲み込みが早いのですね。清掃も手際が良いです」
「バーデンさんの教え方が上手いから」
「仕事ですので」
照れるでもなく誇るでもなく、彼女は素っ気なく返答した。
予想通りの答えに、俺は苦笑する。なんとなく、付き合い方が分かってきたような気がする。言葉ではなく行動で示す。要は職人気質なのだろう。掃除も驚くほど早く、そして丁寧だった。掃除機に慣れた俺からすると、箒一つで塵を残さない手際は感動すら覚える。見ているだけで身持ちがいいし、元々好奇心が強い方の人間としては、その技能を習得してみたい気持ちが湧いてくる。ちょっと掃除にハマりそうな勢いだった。
今は昼休憩ということで、部屋に戻っている途中だ。昼食を準備してくれるらしい。中休みも備えてくれているのは、優しい環境設定だと思えた。
掃除とはいえ体を動かしたおかげか、気分は思いの外すっきりとしている。異世界召喚に巻き込まれた2日目で、ここまでメンタルを持ち直すとは自分でも思っていなかったので、結構驚きだった。回復した分の元気は、その分やる気へと変換されていた。
「それじゃ、午後からは何をすればいい? 場所を移して掃除の続きかな」
「いえ、違います」
前を歩く彼女は首を振る。
「ならやっぱり魔法の講義とか? いや戦闘関係は無いって話だし、例えば料理とか」
「それも違います」
「えっと、なら何が?」
部屋の前についた彼女は、扉を開けるでもなく静止した。そのまま、沈黙が続く。清掃中も、大抵のことは素早く質問に回答してくれていた。ここまで無言なのは初めてのことだった。嫌な予感しかしない。
「まさかと思うけど……」
「申し訳ございませんが」
謝罪の言葉と同時に振り返り、彼女はこちらを見上げて言った。
「午前に行った清掃業務。これがタキ様に用意された実地訓練の全てです。ですので、午後からは室内での自由時間となります」
つまり、ここまでが教育の機会であり、以降は部屋で軟禁状態であると。
書物があるとはいえ、これはいくらなんでも。
「マジかよ」
思わず呟く。
最低限って、このレベルなのか、ユニ王女。
お読み頂きありがとうございます。
感想、評価、是非お待ちしています!
滝登 鯉




