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第2話

 


 宮殿の一室を思わせる場所だった。白を基調とした西洋風の作りで、窓は見当たらない。しかし天井は高く開放感があり、窮屈とは感じなかった。床には斑模様の大理石が敷き詰められ、どこからか入り込む光を柔らかく反射している。


 床、やっぱり石だったのか。道理で冷たいと感じるわけだ。


 軽く見渡せば、壁際に沿って弧を描くように人が立ち並んでいた。その殆どが華美な装飾を見に纏い、明らかに上役といった手合いに見える。発せられる空気は重く、就活時の面接が脳裏に浮かぶ。嫌な空気だった。


 耳に届いていた声の主は、きっと兼野の正面に立つ女性だろう。彼女だけが唯一前に出て、抱き合うようにして固まる兼野達を見下ろしている。


「急なことですので、まだ混乱されていることでしょう。まずは現状をご説明しましょう」


 冷たい無表情のまま、小さく動く口から出るのは平坦な声だった。


「私はこの国の第一王女を務めております。ユニ・ベアラ・メンデインと申します」


 ユニとお呼び下さい、と付け加え、彼女は豊かな胸元に手を添えて目礼した。銀の混ざった青い髪がサラリと揺れる。


「お、俺は兼野 仁。こっちが山杜 真梨と、狩野 光里だ、いや、です」


 床に腰を落としたままの兼野は慌てて語尾を修正した。周囲に立ち並ぶお歴々の重圧に気圧されたようだ。

 その紹介に俺は含まれていない。倒れていた場所は3人と少し離れているし、きっと気がついていないのだろう。厳粛な空気に満ちるこの場所で、目立つように声を挙げる気にはならなかった。


「どうか緊張なさらずに。ジン様、とお呼びしても?」

「え、ああ、うん」

「他の方との自己紹介は後ほどしっかりと行いましょう。まずはどうか、私の話をお聞き下さい」


 ユニ王女は語り始める。

 まずは、現状について。


 勇者を召喚する儀式によって俺たちを呼び出したこと。

 勇者とは、類い稀なる才能と、超人的な成長スピードを併せ持つ存在であること。

 過去にも勇者は召喚され、その功績によって魔王は討伐されたこと。

 魔王軍残党による影響は未だ残り、近い内に戦うことになるであろうこと。


 そして、元いた世界への帰還について。


 準備に数年を要するが、元の世界に帰還することは可能であること。

 元の世界に帰還した際、時間の経過は起こり得ないこと。

 召喚魔法によってこの世界と繋がっている間は、不老の加護が付与され年を取らないこと。


 ユニ王女は淡々と語った。

 話を聞く間に、俺も多少は状況を整理できていた。要は一昔前に流行った異世界転移だ。そしてこの国にとって勇者とは力であり、魔王軍という脅威への対策として活用したい、ということだろう。


「つまり、俺たちに魔王軍を倒して欲しいと」


 兼野が問う。落ち着きを取り戻したのか、声の震えは消えていた。元の世界に帰れるという話を先にされたのも、その助けになっているのだろう。山杜と狩野も、明らかにホッとした顔をしている。


「もちろん、我々も力を尽くします。勇者様方に全てを押し付けるようなことは致しません。しかし突起戦力と呼ぶに相応しい成長が確約された皆様には、是非ともお力添えを頂きたいのです」


 言って、ユニ王女は頭を下げる。それに続くように、参列していた人達もそれぞれ頭を下げた。服装や立ち振る舞いからも責任ある立場だろう人達。当然プライドだってあるだろう。なのに静かに頭を下げて乞い願う姿は、いっそ不気味なほどだった。

 それほどまでに、事態は困窮しているのだろうか。


「そう言われても、なかなか実感できないんだけど」


 兼野の声には、少し間延びしたイントネーションが戻っていた。俺を「先輩」と呼ぶ時と同じだ。敬語も使わず、少し相手を舐めたような不遜さが漏れ出ている。願われる立場であることに、優位性を感じているのだろうか。


 頭を上げたユニ王女や参列者達に、表情の変化はない。不快に感じてはいないのか。それとも表に出していないだけか。

 変わらず淡々とした口調で、ユニ王女が答える。


「いきなり決断を迫るつもりはございません。ですのでまずは、この世界の知識や技術をお伝えできればと」

「その後に判断してもいいってことか?」


 割り込むように兼野が問いを重ねる。かなり失礼な態度だが、分かっているのだろうか? ユニ王女の話が本当なら、年単位の協力がないと俺達は帰れない。逃げ道は最初から抑えられてるんだぞ。どうしてそう上から物を言えるのか。


 しかし勇者という立場は相手側にとって相当重いのか、兼野の態度を指摘する声は上がらず、ユニ王女の対応も変わらない。とても静かだ。


「その通りです。少なくとも、半年ほどは時間を作らせて頂きます」

「その間の安全や衣食住は大丈夫なんでしょうね?」

「無論、最大限のものを保証致します。3、いえ4名様全員に……」


 ここで初めて、ユニ王女の視線が俺を捉えた。同時に言葉を詰まらせ、小さく首を傾げている。

 不自然な間に、嫌な予感がする。


「ユニさん?」


 急な硬直に、兼野が問う。

 少し考えるような仕草を挟んでから、ユニ王女は兼野に向き直った。


「ところでジン様。あの方はお知り合いですか?」

「あの方?」


 ユニ王女の視線を辿るようにして、兼野が振り向く。俺と目が合い、目を見開き、そして顔を顰めた。やはり俺のことは気がついていなかったらしい。だからってその反応はないだろうに。

 これでも一応、助けようとしたんだけどな。まぁ意味なかったが。


「それは、まぁ。同期、みたいなものです」

「そうですか。では異世界の方ではあるのですね」


 ユニ王女が改めてこちらに目を向ける。壁の模様を眺めるような、無感動な視線だった。

 嫌な予感が強まる。


「ですが、どうやら勇者様ではないご様子」


 ユニ王女を始め、周囲の参列者の視線が冷たくなった。鋭さも孕み始めている。かなりの圧迫感があった。

 まずいことに予感は的中したらしい。俺の価値は今、この場において無いに等しい。少なくとも、召喚者の求める基準に達していないことは間違いない。


「私はこの国の王女として、勇者様か否かを見分けるスキルを持っております。兼野様方お3名には勇者様の称号を確認できました。しかしそちらの……」

「多岐せんぱ、ああいや。彼は多岐(タキ) (ワタル)です」


 優越感に濡れた声が、俺の名前を呼ぶ。俺の立場がこの場で誰よりも低いことに、兼野は気がついたらしい。

 沈むように、足元に目を向ける。今顔を上げると、ニヤけた目か見下した視線に遭遇しそうだった。想像しただけで湧き上がる不快感が、自然と視界を下にやった。


「そちらの多岐様には、その称号が見受けられません」

「勇者ではないと。だとしたらなんでここに?」

「彼とは同期、というお話でしたね。では召喚の際、お近くに居らしたのではないでしょうか」

「ああ、そういえば」

「恐らく、召喚魔法に巻き込まれたのかと」


 喉が閉まり、嫌な汗が頬から首を伝った。勝手なことを言うな、と漏れ出そうになる声を、ぐっと歯を食いしばることで堰き止める。ここで癇癪を起こしてどうする。むしろ自分の価値を下げるだけだ。木偶に徹しろ。今の俺に味方はいない。ならせめて敵に回すことだけは避けなければならない。

 ゴリッ、と。奥歯が擦れる音が頭の奥で響いた。


「複数人の召喚はもちろん、部外者の乱入など初めてのこと。さてどう致しましょうか」

「ユニ王女様。まずは勇者様方のご対応について固めるべきかと」


 ユニ王女の背後から、諭すように声が挟まる。白い法衣を着た、宗教家といった佇まいの老齢の女性だった。備えた笑みは穏やかだが、纏う雰囲気は厳かだ。教皇様、といった感じだ。


「……それもそうですね。では多岐様については後ほどお話致しますので、少々お待ち下さいませ」


 その言葉に、俺は静かに頷くだけだった。


 そこからは勇者である兼野達3人を中心に添えて、これからのことについて話が進んで行った。そして結果的に、魔王軍との戦闘については半年以内に意思決定をすることで同意がなされ、まずは身の安全と教育環境が提供されることで落ち着いたらしい。

 対話の節々で煽てられた兼野が気分良さげに態度を軟化させ、その空気に吊られたのか山杜と狩野も同調するような反応を返していた。王女と言うだけあり、やはり人の上に立つ人間として人身掌握はお手のものなのだろう。あの調子であれば、近い内に戦闘にも協力する形で話がまとまりそうだった。


 そのことに心配する気持ちはある。軍との戦いともなれば、戦争と呼ぶに値する規模になるだろう。俺達は学生で、戦闘なんてニュースや歴史でしか知らないお子様だ。耐えられるような心の備えなど、ある筈がない。

 しかし他人の心配をしていられる程の余裕は、今の俺にはなかった。そもそもこの世界で生きていけるのか、それすら不透明なのだから。


 既に兼野達は退席している。参列者も皆いなくなっており、おそらくは勇者との交流の時間でも設けているのだろう。

 ここに残っているのは片膝をついて頭を下げ続ける俺と、ユニ王女。そして護衛のためだろう数人の騎士が残るのみだった。


「さて、多岐様……で間違いありませんね」

「はい。王女様。初めまして。私は多岐 渉と申します」


 震えずに声を出せた自分を、まずは褒めたい。いいぞ、その調子だ俺。

 しかしユニ王女が直接話かけてくるとは思わなかった。てっきり他の者に対応を任せるとばかり。貴族となんて会ったことすらないぞ。しかもほぼトップ。対して俺の立場は下の下。少し不快にしただけで首が飛ぶ可能性もあるのでは?

 くそ、だめだ、やっぱり不安ばかりが顔を出す。落ち着け、相手はそもそも異なる世界の住人なんだ。つまり文化すら異なる筈。なら俺の知っている礼儀作法がこの世界でも通用する確証はない。俺の中には最初から正解はない。だったらベストを目指せ。可能な限り丁寧な対応を心がけろ。それしか方法がないならその一点に集中しろ。


 大丈夫。誠意で動け。俺は何ら恥ずべきことはしていない。


「随分と形式めいた話し方をされるのですね。もっと気楽にされても良いのですよ」

「いえ、どうやら私には勇者足る資格が無いとのこと。加えて目上の方との交流も乏しく、無作法を晒すことも多いでしょう。資格も格も足りぬとなれば、私の出来うる範囲で恐縮ですが、礼を尽くさせて頂きたく思います」


 頭を下げたまま、なるべく言葉を選ぶ。頭は素早く回すが口は重い。夏の日差しを浴び続けた時のように、額が芯から熱を持つ。片膝を付いていて正解だった。気を抜けば倒れそうだ。


 そうですか、と。ユニ王女は無感情に言う。


「無理にとは申しません。丁寧な態度は好感が持てるのも事実です」


 兼野の態度とは異なる対応が吉と出るからは賭けだったが、どうやら減点対象にはならなかったらしい。

 ほんの少し、呼吸が軽くなる。


 ですが、と。冷たい声が続く。


「あなたが勇者でないことも、残念ながら事実です。この差が覆ることはありません」


 俺の気の緩みを見越したかのような、鋭い釘の刺し方だった。

 だが大丈夫だ。最初から期待なんてしていない。


「それはつまり、兼野達のような待遇は望めない、という認識で合っていますでしょうか」

「話が早いですね。その通りです」


 予想通りだ。勇者でないなら役立たずと同義だろう。日本でだって、注文した商品と異なる劣化品が届けば誰だって愛用はしない。むしろ返送と返金を求める筈だ。

 よし。現代風に事態を変換したおかげか、少し余裕が出てきた気がする。いい感じだ。頭は痛むが、まだ回っている。


「では、私は元の世界に送り返す、ということは可能なのでしょうか」

「可能であり、不可能です。召喚された者を送り返せるのは一度きりですので」

「兼野達が帰る時に同乗する他ないと」

「こちら側の都合ではありますが、変更はありません」


 俺だけ(単品)を返品することは無理、ということか。

 そう都合よくはいかないらしい。


「分かっております」


 分かりたくはなかったが。


 では俺の処遇はどうなるのか、という疑問に、ユニ王女は先んじて2つの選択肢を示す。


「私が貴方に提示できる案は2つ。元の世界に帰るまでこの城の中で生きること。あるいは、帰還を諦めて城の外で生きること。ああ、ご安心を。召喚された者である以上、不老の加護は付与されている筈です。帰還した際の苦労はないかと」


 竜宮城の浦島状態は避けられると。


「その2つは生活圏が城の内外で異なる他に、どう違うのでしょうか」

「王城からの後ろ盾の有無、と捉えてもらって構いません。無論、援助が出来るのは前者の場合に限りますし、その中には帰還に関する手続きも含まれます」

「なるほど、後ろ盾ですか……」


 悩む振りをしながら少し間を置いてみるが、「後ろ盾」の詳細までは教えてくれないようだ。何をしてくれるのかを明言しないところは恐ろしいが、かといってこの身一つでどうにか出来るとも思えない。

 ああ、もしかして、首輪を付けたいのか? 勇者という最重要機密を握った、異なる文化で育った人間。こんな何をするか分からない奴を野放しにはしたくないだろう。大学でだって、新入生に研究データを見られれば誰だって情報封鎖を考える。機密情報の取り扱いは神経質になって当然だ。援助という名目で囲えれば監視ができるし、この状況で外に出ても野垂れ死ぬだけ。結果的に口封じはできる。


 考え過ぎか? いや、今は悪い予想こそを重宝するべきだ。力もコネも知識も経歴すらも、俺には何もない。まずはそれを自覚しろ。


「……ご迷惑をお掛けしますが、ご面倒を見て頂いても宜しいでしょうか」

「英断でしょうね」


 受け入れて貰えた、ということでいいのだろうか。

 予想通りの流れなのだろう。ユニ王女の声に淀みはない。最初から一貫して淡々としていた。無機質な機械のような口調が、どうにも合わない。


「とはいえ、巻き込まれたという立場である以上、こちらにも多少の責はあるでしょう。衣食住に関しては保証致しますし、最低限とはなりますが教育の機会も与えます。心苦しくはありますが、ご納得頂けないでしょうか」

「寛大なご対応に感謝致します」


 この後ろ盾も、いつまで続くか怪しい物だ。勇者は成長スピードが早いと言っていた。今は未熟だからこそ、「召喚したばかり」という情報は身の危険に繋がるが、あいつら自身が他人に手を出されない程強くなれば意味をなさない。そうなった時、俺の持つ情報は危険性を失う。鎖に繋いで飼う必要も無くなる。


 考えなければならない。示さなければならない。

 俺の価値を。有用性を。


「では部屋へと案内させましょう。少しすれば従者が参りますので、その者について行く様に」

「はい。重ねて感謝致します」

「では、これにて」


 結局最後まで顔を上げることなく、ユニ王女との対話は終了した。あっさりと、彼女は彼女と護衛と共に退出する。

 念の為少し間を起き、ゆっくりと頭を上げる。豪華な空間には誰もいない。ポツリと俺だけが残されている。

 寂しさよりも、安堵が先に出た。力の抜けた体を沈め、床に腰を突く。


「……疲れた」


 その一言に集約される。


「ああ、くそ。なんであの時、手なんて伸ばしたかな……この考え無しが」


 漏れる愚痴は次第にこれからの考察に変わっていく。


「とにかくやれることをやるしか無い。まずは文化についての知識、いや礼儀作法が先か。この場に居たのは明らかに貴族風の奴らだった。どういう文化形態かまだ分からないが、礼儀は押さえておいて損はない筈だ。癇癪に当てられて死ぬのはごめんだしな」


 勇者という称号が羨ましい。王女相手にタメ口で話しても咎められないのだから。まぁ、ぼちぼち矯正されるのだろうけど。されるよな?


「手に職も必要だな。ここだっていつ放り出されるか分からない。考えたくないが、勇者じゃない俺は元の世界に帰れない、なんて可能性だってある。いやあって欲しくはないが、頭の隅に置いておく必要はあるだろう。本当にそうなった時に備えるのなら、この世界で生きていく為の職は必須。やっぱり金銭感覚に関しても知らないとだな……」


 自然と頭に浮かぶのに任せて思考を吐き出す。独り言は自身の客観視を補助する効果があると聞く。少しでもいいから、これからの方針を固めたかった。

 何をどうすればいいのか。それさえ決められれば、仮初であっても安心は得られるのだから。


「結局、教育の機会がどの程度かによるのか……」


 しばらくして現れたメイドが声を掛けてくれるまで、俺は座り込んだまま頭を回し続けた。













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