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第12話

サボってました。すいません。

コタツって、なんでこんなに頭が溶けるんですかね。

モチベ回復にコタツは天敵。皆さんもお気をつけて。

 

 その日、玉座の間にて王国の重鎮達が顔を合わせていた。

 彼らは定時連絡を手早く済ませ、議題を最重要案件に移す。国家プロジェクトである『勇者計画』について、この場に知らぬ者はいない。

 彼らこそが勇者召喚を企画運用する主格であるからだ。


「いやしかし、勇者殿達の成長速度は凄まじいですな」

「まったくです。正しく選ばれし者。勇者と呼ばれるのも納得の才能かと」

「異なる世界の人間など役に立つのかと思っておりましたが、いい意味で期待を裏切られましたな。過去の文献以上の才とは」

「行幸ですな」


 組織の実質的な統括である宰相から始まり、法務大臣、財務大臣、外務大臣が揃い踏みだ。

 常の職務では厳格な彼らは皆、満足そうに兼野達の成長を評価していた。部下が見れば何かの前触れかと慄く程に、もの珍しく上機嫌だった。


 ユニ王女は一段上の席に座り、彼らを見下ろすしていた。心と体を弱らせ傀儡同然と化した国王に変わり玉座に座す彼女は、いつもと変わらない無表情のまま問いを放つ。


「では、ジン様達から同意が得られたのですね」

「はい、王女様。無事、協力を取り付けることが出来ました」


 返答した男は大臣達とは異なり、床に膝をついた状態だった。

 彼はイグナ・アロガンス。赤魔法師団の団長であり、多岐の申し出を断る際に腹を蹴り上げていた男だ。

 貴族であり、かつ実績も併せ持つ者として、そして勇者教育の講師陣の代表として彼はこの場に参上していた。


 首を垂れたままのイグナを見下ろして、ユニ王女は小さく頷く。


「そうですか……召喚から3ヶ月。想定よりは早かったですね」


 魔王軍残党との戦いに向けた勇者達の協力。それを取り付けることが、この勇者計画における最初の一歩だった。

 召喚時には半年と期限を設定していたが、王国としても返答は早い方がいい。そしてそうなるように兼野達をおもねり、国賓扱いの高待遇で迎えていたのだ。その結果、予定期間の半分で事が進んでいた。


 この結果には全員が満足している。大臣達も殊勝にも朗らかに頷き、その気配を察するイグナも満足げだった。

 順調も順調。会議は穏やかに進んでいた。


 待ち望んだスタートをやっとこさ切れ、次の一歩をどうするか。議題は次手に移ろうとしていた。

 当初は、王城内での練度向上、近辺での狩猟訓練、勇者3人への個別訓練への移行など、複数の選択肢から状況に合わせた選択をする予定だった。

 しかしその前にと、ユニ王女の声が挟まる。


「まずは待遇を更に1段階──いえ、2段階は上のものに繰り上げましょう」

「それは……流石に如何なものかと。今のままでも十分な環境を用意できていると思われますが」


 ユニ王女の提案に、財務大臣、リサイス・スタボネスが顔を顰めた。大臣の中での唯一女性の彼女は、神経質そうな吊り目をキュッと絞っている。

 現状ですら国賓扱いの兼野達。そこから更に待遇を良くするとなると、財務への負担増加は予想できるものだ。国の金庫番として、容易に頷けるものではない。


 しかしユニ王女も国家運営のトップ。負担に関しては当然理解している。その上で決行すべきと主張する。


「十分である、という認識は私達の視点でのことです。ジン様達からすれば異なります」

「と、申されますと」

「異なる世界から来た者に、我々の基準は通用しないということです」


 それは確かに、と。リサイス財務大臣だけでなく他の者達も頷いて理解を示す。

 大臣達にとっては恵まれた環境であっても、兼野達にとっては異なる可能性がある。金貨の価値が人によって異なるように、環境も同じだ。


「しかし、環境の変化に対する心象はそう変わりないでしょう」

「悪い変化には不足を感じ、良い変化には満足を思えると」


 その通りだ、と。ユニ王女は頷いた。


「我々の願いに答えた結果、より充実した空間を得ることができた……そう思って貰えた方が、何かと都合が良いでしょう」

「分かりやすい報酬があった方が、これから先も快く力を貸してくれるということですか」

「今回の決断を、それだけ私たちが重く受け止めているという姿勢にもなるでしょう」


 無論、匙加減の調整は必要でしょうが、と。ユニ王女は無感情に付け加えた。

 何かを与えるという形では、価値基準が異なる兼野達の心を動かすことは難しいかもしれない。しかし『今より良くなった』という変化を提供する形であれば、その問題をクリアできるという訳だ。

 勇者を繋ぎ止めておく為に、王国としても打てる手は打っておきたいのだろう。


 なるほど一理ある、と。参列者達の顔に納得の色が出始めていた。


「よろしいですかな」


 声と共に手が上がる。ユニ王女に最も近い席に座る宰相、コズド・クローズフだ。目元にうっすらとクマを浮かべたながらも、その眼光には熱がある。一国家の手綱を引く男は重々しく圧を纏っていた。


 ユニ王女の頷きで続きを促され、彼は言う。


「報酬の必要性は理解できます。であれば、まずは1段階のみの繰り上げでよろしいかと」

「ふむ、理由を聞きましょう」

「はい。現状、勇者殿達には慣れない状況に対する精神的な疲弊が見られます。そうですな、アロガンス殿」

「はッ、多少の差はございますが、軽度の睡眠弊害などが報告されております」


 コズド宰相の問いに、アロガンスがキビキビと返答する。

 一度頷きを挟み、コズド宰相が続ける。


「無論、我々も可能な範囲で環境を整えております。同郷の者が側にいる影響もあるのか、現状は軽微で済んでおります。しかし、負担が目に見える形となっているのも事実。安易に報酬を与えれば、癖になるやもしれません」

「報酬が堕落を生む可能性を危惧していると」

「はい。もっとこの世界に馴染んでからでも遅くはないかと」


 精神的に疲弊が見られる状況で、特大の飴を渡された時の喜びは確かに強いだろう。しかしその快感に味を占め、一層心を弱らせる可能性も同居している。

 ダイエットのご褒美にチートデイだと暴飲暴食し、リバウンドしてしまう。そして活力を失ってしまう。その一連の流れに近しい危うさが、ユニ王女の提案にはあった。

 だからこそコズド宰相は飴の量を減らし、過度な報酬とならないようにと調整案を出していた。


 この発案に、他の大臣達も意見を交わし始める。


「しかし、勇者殿達の意欲を高い所で維持したいのも事実。報酬を与えるという形は、確実な効果が見込めるのではないだろうか」

「だからこそ小出しにすべき、ということでしょう。早い内から飴に慣れさせるのは危険だという懸念は、同意できるものがあります」

「それでしたら、いっそ環境はこのままにするというのは? しかし自身の待遇が優遇されていることを自覚させる、という形にするのはいかがでしょう」

「それができれば苦労はしない。分かりやすい報酬がなくば、人とは不満を持つものだ」

「人とは満ちるという感覚を持たぬ生き物ですからな。我らも同様に」


 最後に重ねた自重するようなコズド宰相の言葉に、心当たりがある大臣達は言葉を詰まらせた。

 この国のトップ層に立つからには、人並み以上の欲に従って生きてきたのが彼らだ。心の渇きを、彼らは知っていた。


 意見交流を眺めていたユニ王子がコズド宰相に目を向ける。


「何か策があるのでしょう」

「はい。王女様。召喚に巻き込まれた、タキなる者を使うのです」


 ここで初めて、多岐の名前が話に上がった。大臣達にとってその名はあまりに軽く、記憶に薄い。


「タキ……そのような者がいたか?」

「勇者殿達と同郷だったか。半日は部屋に篭る生活をしているとか」

「何だそれは。随分と気の抜けた輩ではないか」


 多岐の現状を知るものはこの部屋にはいなかった。それはユニ王女も含めてだ。交流がないのだから当然のことだった。

 だからこそ、用意した環境の中で『飼われいてる』ものと、皆が思っている。衣食住を整えられ、ただ時が流れるままに惰性で生きる愚者として、多岐は評価されていた。


 そんな相手に利用価値があるのかと、皆が疑問に思っている。

 ユニ王女が代表してそれを問う。


「タキ様をどのように使ってみせると?」

「はい。ご存知の通り、かの者は勇者殿達と同郷であり、聞けば年も近いとのこと。両者の差を分かりやすく示してみせれば、勇者殿達は己が成長も、現状が恵まれたものであることも理解することとなりましょう」

「なるほど、流石はコズド宰相。隣の枯れた田畑を見せつける訳ですな」

「よいかもしれんな。ここまでの苦労が実を結んでいることも自覚できよう」

「であれば待遇の繰上げは、その後に行うのが有効であろうな」


 多岐の哀れな姿を見せることで、兼野達の恵まれた現状を理解させる。つまりは貧富の比較だ。下を見ることで現状に安心を覚える心理作用は、ごく自然なものでありながら強力だった。

 あの人よりは自分はマシだ、という感覚は、心を守る為に古くから使われている防衛本能のようなものだ。

 大臣達は人を使う側の者達だ。他者との差異を意識させることの有用性を、その人生を通して知り尽くしていた。


 ここで、意外にもユニ王女が疑念を発する。


「しかし、タキ様は巻き込まれただけの、謂わば被害者に近しい。その扱いは如何なものでしょう」

「はい。王女様。確かにかの者は被害者でしょう。しかし我らは力なき者に温情を与えております。衣食住を整え、不自由ない生活を保証しております。この恩、多少は返して貰おうと不義ではありますまい」


 コズド宰相の言に、参列する大臣達が同意を示す。


「日がな部屋に篭りっぱなしの堕落者。勤勉な勇者殿達の役に立つというのであれば、光栄ですらありましょう」

「そもそも、あの者を庇護する必要はもう無いのでは無いでしょうか。勇者殿達は、身を守れるだけの力は備え始めた様子」

「ふむ、もはやどこで何をされようと構わんということか」

「巻き込まれたという立場である以上、口封じなどと乱暴な対処は我らも望まん。しかし成長せぬ者にいつまでも時と金を掛けるのは愚策でしょうな」

「勇者殿達との差があまりに明確であった時には、それを理由に外に出すのも一考かと」

「それは良い。浮いた費用を勇者殿達の報酬に回すこともできますな」

「うむ、良き策かと思われます」


 話は進み、会話が交わされる度に多岐の価値が上がっていく。この国にとってはいい方に、多岐にとっては悪い方に。

 損得の観点で見た場合の確かな良策に、ユニ王女も納得の頷きを見せる。


「確かに、良き策ですね。無駄がなく、ジン様達の心を良く慮っている」

「では」

「しかし、タキ様にも機会は与えるべきでしょう」


 あまりに効率を追求した策だからか、ユニ王女は心ばかりの情けを掛けた。


「そうですね、期限は1ヶ月後。召喚から4ヶ月が経つ新月の日に、勇者様方からの代表者一名と、タキ様での決闘、いえ、擬似決闘を執り行います。その結果によって、タキ様の今後の処遇を決定致しましょう」


 貴族達に取っては使い古された、今はもうお目にかかることはない決闘というシステム。魔族という人類共通の敵が現れる以前の、歴史に埋もれた儀式だ。

 しかし、武を持って己が誇りを示す儀式は、兼野達の成長にも一役買うことは間違いないだろう。


「ふむ、確かにそれなら、当初の目的は達成できますな」

「王城の決闘場であれば怪我をすることもない。勇者殿達の戦いへの忌避感も減らせるやもしれません」

「最低限、戦闘の予行演習にはなりましょう」

「戦闘ですか。研鑽を怠った者が勇者殿達と勝負になるとは思えませんがな」

「違いない」


 忍び笑いを交えながら、満場一致でこの案は可決された。


「それでは、詳細を詰めましょう」


 ユニ王女の宣言により、各々の役割が詰められていく。

 淡々と、期日は迫っていた。



 ★



「──ということになりました」


 そう、王女は冷たく告げた。


 いつもと同じく午前の清掃中、彼女は唐突に現れたかと思えば一方的に通告される。その内容は、俺と勇者との決闘が行われるというもの。そして結果次第では、俺はこの城から出ていかなければならないとのこと。

 この3ヶ月で身についた貴族に対する対処として、膝を付き首を垂れたまま黙って聞いていた。そして理解する。つまるところは解雇通知なのだろう。


「……この城から出て行けと」

「そうは言っておりません。結果を出せばよいだけです」


 それが無理なことくらい、分かっているだろうに。兼野達との待遇の差を、一体誰が作ったと思っているのか。

 悪びれもせずによく言えるものだ、と。感心すら覚える。


 こうしてユニ王女が直接告げた以上。聞いていませんでしたは効かない。俺を追い出すのは既定路線と見ていいだろう。もし仮に決闘に勝ったところで、イチャモンをつけられて終わる。貴族というものが体面を気にすることは既存の事実。確定事項を覆されたとなれば面目は丸潰れ。何がなんでも無かったことにするだろう。


 この流れは、おそらく止められない。ならまず確認するべきは、追い出された後のことについてだ。


「もし城から出ていくとなった場合、元の世界に帰る時はどうすればよいのですか」

「その際は御触れを出します。この城に戻ってくれば、共に帰れることをお約束致します」

「そうですか」


 半年は猶予があると言った口で、約束を紡がれる。信じる気にはとてもなれなかった。

 冗談抜きで口封じもあり得る。『城に戻ってくれば』と言っていても、死んでしまえば戻ってくることなどできる訳もない。そうなったとしても、嘘はついていない。

 穿った見方であることは自覚している。だが、疑心は拭えなかった。信用も信頼も、俺はこの国に抱けていないのだから。


 こちらを見下ろす王女の表情も、変わらず無表情なのだろう。最初にあった頃から変わらない。冷たく無機質な声音が、容易に予想させた。同じ無表情でも、サティとは大違いだ。

 心が荒む。さっさと必要な情報だけ聞き取って別れよう。


「頂ける時間は、今日から1ヶ月でしたね」

「はい。その間、午前の業務は参加せずとも構いません。しかし本件の延期は不可能です。与えられた時間は、ジン様達も同じですので」


 時間は同じでも環境は違うだろうが。

 言っても仕方がないと分かっていても、頭の中で文句が流れてしまう。わざと神経を逆撫でされているのではないかと思えてしまう。


「でしたらこの1ヶ月、図書館の利用を全面的に許可頂けますか」

「既に許可を出していたと記憶していますが」

「それは……」


 形だけで実際は使えないようにしておいて、よく言う。

 昼間、試しに行こうとした事がある。挑戦回数は20回を超えている。その全てを、何かと理由をつけて妨害された。まさかと思うが、知らないのかこの王女様。

 いや、そんな筈はないか。この国のトップに座す彼女が、貴族というものを知らない筈がない。そして俺が周りからどう評価されているのかも、周知の事実だ。

 となると、単純に興味がないのだろう。腹立たしいことに。


 王女のことは最初から苦手だったが、更に受け入れ難くなった。彼女の顔が、サティ達とよく似ているのも理由かもしれない。冷たい王女と、温かなサティ達。その対比がより強調されるのだ。


 彼女は王女様。きっと感情を度外視して決断せざるを得ないこともあるのだろう。

 分かっている。だが、この仕打ちを笑って受け入れることなど出来ない。


 きっと今日が転機だ。

 これから先、王女のことを好意的に見ることはきっと出来ないだろう。


「……とにかく、この期間も図書館は使えるということですね」

「はい。最初からそう申しております」


 確認をしつこいと感じたのか、どこか投げやりな言葉が返ってくる。

 謝罪する気も起きなかった。


「それで、相手は誰になるんでしょうか」


 問いながらも、予想はできていた。


「ジン様です。この話を聞いた時、真っ先に手を上げられましたので」

「そうですか」


 やはりだ。元々、どう言う訳か俺に対してマウンティングをしたがるアイツのことだ。この好機に手を上げないわけがない。大々的かつ大義名分のある中で気に入らない相手を叩きのめせる、絶好の機会なのだ。

 俺としても否はない。女性を相手にするよりずっと気が楽だった。


「他に質問は」

「ありません」

「場所や開催時刻等に関する詳細は追って書面に纏めさせましょう」

「承知致しました」


 結局最後まで俺は顔を上げず、王女も対面を促しはしなかった。

 淡々としたやり取りで、3ヶ月ぶりの再会は終了した。


お読み頂きありがとうございます。

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滝登(たきのぼり) (こい)

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