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第11話

先日、人生で初めてケンタッキー食べました。

ファミチキの方が美味しいと思った僕は、きっと馬鹿舌なんでしょうね。

 

 リザさん──いや、リザ先生に師事することを決意した翌日。その夜のこと。

 今日も図書館へと秘密裏に足を踏み入れ、そして現在。

 俺は、机に齧り付くように向き合っていた。


 カリカリカリと、万年筆と紙が擦れる音が響く。絶え間なく、澱みなく。

 書く、書く、ただただ書く。ここに来てから、俺はひたすら書いていた。指先と手首が熱を孕み、目が乾いても止まらずに手を動かし続ける。


 合間合間で、リザ先生の声が横から挟まる。


「そこ、順序が逆だよ」

「はい」


 それは指摘の声だ。記述に誤りがある度にダメ出しをされ、即座に修正する。

 彼女は隣に寄り添うように立っていた。声と共に伸ばす白い指先が、素早く動いている。指が動くたびに、指摘の声が飛ぶ。


「次は認識が食い違ってる。もっと客観的な視点を意識して」

「はい」

「それ誤字だね。集中して」

「はい」


 矢継ぎ早に指摘が入る。それだけ俺にミスが多いということだ。

 書いては直すを繰り返す。その頻度は多く、正しい記述を書き進めるスピードは酷く遅い。否定されるショックと遅延感が心を蝕むも、歯を食いしばって耐えながらまたペンを握る。


 ミスは無くならない。ダメ出しも声も止まらない。だがその度に、俺の認識が改められていく。

 少なくとも、小さくとも、前に進んでいる感覚があった。だから踏ん張れていた。それにリザ先生は、ミスの多い俺に呆れず付き合ってくれている。先に根を上げる訳にはいかない。


 指摘と修正。その淡々としたやり取りが交わされ続ける。

 どれくらい続けていたのだろうか、後に立つサティがポツリと呟く。


「……50分です」

「はい休憩」

「──ッはぁ!」


 事前に設定されていた時間経ったことで、一気に緊張が解ける。

 吐き出した息が熱い。浅くなっていた呼吸のせいか、酸素が足りずに視界がチカチカしていた。

 深呼吸で荒い息を整える俺を見下ろし、リザ先生は腕を組んで満足そうに頷いている。


「順調だね。想定の倍はスムーズに進んでるよ。流石、この世界に来て1ヶ月足らずで清掃スキルを身につけただけはある」

「ッ……リザさんの……ッはぁ、教えが上手い、のでッ、はぁ……」

「返事はいいから。少しでも回復しなさい」


 ペチリと額を叩かれる。軽い衝撃なのに頭がグラついた。視界が回って気持ちが悪い。それだけ弱っているということか。

 お言葉に甘えて机に身を投げ出す。ひんやりとした設置面に額の熱が奪われて気持ちがいい。このまま眠ってしまいそうだ。


「ワタル様、失礼致します」


 上から被さるサティの声に続いて、首に冷たい感覚が乗った。感触からして、濡れたタオルだろうか。放熱が早まり、呼吸が楽になる。

 片手を軽く上げてお礼の代わりとする。雑な態度だが、声を出す体力すら温存したいところだ。今は少しでも回復に努めたかった。


 サティは文句も言わず、側に立って風を送ってくれる。チラリと横目で見てみれば、白いハンカチで仰いでくれていた。汗が気化して体表が冷えるのに反して、彼女の気遣いに胸が温かくなる。

 その優しさに甘えていると、リザ先先が次の講義に向けた教材を持ってきた。机の上に丁寧に並べていく彼女に、サティは問いを投げかける。


「ペタゴ様。これは結局、どのような訓練なのですか」

「あれ、昨日話したじゃないか。バーデンちゃん、もう忘れたのかい?」


 俺を挟んで話す2人。左側を横目で見ルト、リザ先生がゆっくりと首を傾げていた。

 彼女はサティ達のことを、未だに1人の『バーデンちゃん』として認識している。だから昨日聞いた筈の内容を再び尋ねられて困惑したのだろう。

 

「聞いたからと言って理解できるとは限りませんので」

「そんなものかな……そうかも?」


 実際は、昨日居たのはセントで、サティは又聞きでしか情報を持っていない。文脈やらリザ先生の熱意やらは伝わりにくい。彼女の言う通り、聞いただけで理解している訳ではないのだ。この状況を不思議に思うのは仕方がないだろう。


 サティ達には、三姉妹であることをリザ先生に明かさないようにと言い含められている。そもそもが三姉妹の存在は秘匿性が高く、無闇矢鱈と言いふらすものではない。気付いた者だけに真実を明かすやり方を、変えるつもりはないのだろう。


 一応フォローを入れるべきかと頭を上げようとして、そっと上から抑えられる。


「まぁワタル君のサポートをしてくれてる訳だし、認識をすり合わせておくのは大事だよね」


 リザ先生はそう言って、頭を押さえた手でそのままポンポンと軽く叩く。


「君はそのまま回復に努めること。でも一応、聞くだけ聞いておいてね。復習になるし、訓練の目的を再確認するのは重要だからさ」


 優しい声音だった。ビシバシと間違いを指摘し続けていた先の態度とは似ても似つかない。

 コクリと、顎を引いて返事とした。それだけで伝わったのか、頭から手が離れる。


 サティは俺を仰ぐのを止めず、リザ先生は教材の確認を並行し始める。

 左右から俺を挟んだまま話が展開されていく。


「この訓練の目的は、ワタル君にスキルを習得してもらうことだよ。座学だけでね」


 思い出す。昨日、師弟関係が成立した後のことを。



 ★



 リザ先生が教導を提案した背景を知った後。明らかになったのは、互いの求めるものが合致している事実だった。つまり、俺と彼女の需要と供給が成立したということだ。

 この繋がりは損得勘定が先に立っている。そう考えると機械的な関係に思えなくもないが、目的が明確な点は分かりやすくていい。それに、理不尽への反抗という動機は、十分に信頼できる理由だと感じていた。


 リザ先生は満足そうに何度か頷いて、じわじわと口角を上げていく。


「これで僕のことを信頼してくれた、という認識でいいのかな」

「はい……俺の都合で時間を割いてもらってすいません」

「気にしなくていいさ」


 彼女はヒラヒラと手を振ると、続いてピシリと俺を指差す。


「この関係の中で本当に気にすべきなのは、ワタル君の時間だけだ。何せ、期限があるわけだからね」


 期限とは、俺の価値が消し飛ぶまでのリミットのことだ。兼野達が勇者として動くか否かを決める、召喚から半年の猶予。その間だけは、未だ弱い兼野達の守りを固める為に、この国は情報を外に漏らしかねない俺の面倒を見てくれている。

 だが、兼野達が自己防衛を可能とすれば話は変わる。俺が何をしようと、もはや小波を立てることすら出来なくなるだろう。危険性という意味での俺の価値は失われる。


「召喚から1ヶ月と少し…… 残るのは5ヶ月にも満ちません」

「それも最長で、だからね。期限ってのはいつ短くなっても可笑しくない。あくまでも決定権があるのはこの国だ」

「それは……」


 忠告に、顔が強張る。

 これまで『半年』という期日を短いと感じていたが、それはあくまで王女が設定した期間に過ぎない。もし兼野達がもっと早く戦うことを決意した時、期日は繰り上がる。

 ともすれば、期限は明日になるかもしれない。


「はは……笑えねぇ」


 キュッと、腹の中央が捩れるような痛みに襲われた。まだ認識が甘かったことに愕然とする。

 しかし俺の焦りに反して、リザさんは得意気な笑みを浮かべていた。


「ワタル君は幸運だよ」


 彼女は胸を張って右手を添える。顔には自信を感じさせる笑顔を浮かべている。


「何せ、この国一番の賢者であり、教育意欲に溢れた先生を捕まえることが出来たんだから」

「……その点は、兼野達にも勝る幸運ですね」


 リザ先生にとって、教育担当から下されたことは不幸だったろう。だが俺にとっては幸運に変わる。何せ9人の教師と比肩する先生が、やる気に満ち満ちて現れてくれたのだから。

 セント達もそうだが、この関係性も俺の財産と言えるだろう。感謝すべきことだ。


 彼女が生み出す安心感に引っ張られてか、緊張感はそのままに、しかし心は軽くなっていた。

 そんな俺に、リザ先生は瞳を細めて言う。


「ただし! 運を力に変える為に、僕は君に相応の努力を求めるよ」

「努力で力を得られるなら、やりますよ」

「その意気だ。それならとびっきりしんどくて、その代わり最速に力を得られる手段を取ろうか」


 彼女は気分良さげに、パチンと指を鳴らした。


「君には今日からの1ヶ月で、探知スキルを身に着けてもらう」

「──まぁ、それはいくらなんでも無茶というものではないでしょうか」


 セントのカットイン。彼女はずいっと前に出ると、強気な姿勢で苦言を呈した。

 話に割り込まれ、リザ先生が眉を顰める。


「なんだいバーデンちゃん。先生と生徒の話に割り込まないでくれないかい」

「いえ、お目付役として言葉を挟ませて頂きます。スキルとはレベル1であろうと年単位の修練が必要なものです。それを1ヶ月でだなんて、無理がすぎるというものです」


 セントは圧のある言葉で常識を説いた。

 対してリザ先生は、冷めた表情で瞳を半分に欠けさせる。


「それは誰の常識だい? 君のかい……それともこの国かな」

「はぁ、強いて言うなら世界の常識でしょうか。世の中は、そんなに甘くはありませんよ」

「若者が知ったようなことを言うじゃないか」


 リザ先生の眼光が鋭くなっていく。セントも負けじと睨み返す。視線の交差が激しい火花を幻視させた。

 互いに引く気はないのか、距離を詰めようと踏み出そうとしている。


「2人とも、落ちついて下さい」


 流石にマズイと止めに入る。どうして急に喧嘩する流れになっているか。

 腕を2人の間に挟んで壁とする。足を止めることは出来たが、2人の圧は収まらない。互いに主張を譲るつもりはないのだろう。


 表情を盗み見れば、リザ先生は口をつぐみ待ちの姿勢。対してセントは口を開いて追撃の姿勢だ。だから、まずはセントから落ち着かせることにした。論争が続くのは勘弁だ。


「どうしたんだ、そんなに喧嘩越しで。らしくないぞ」

「まぁ、私は普段から変わりませんよ」

「それは無理があるから」


 ため息を溢し、2人の間に体を割り込ませる。子供張りに小さな体格のリザ先生はもちろん、一般的な身長のセントも俺との身長差は20cmは固い。俺の体が邪魔になって、互いの姿は見えなくなる筈だ。顔が近くて小っ恥ずかしいが、今は仕方ない。

 正面から向き合ってセントの目を見る。


「まずは、ありがとう」

「……はぁ、それは何に対するお礼でしょうか」


 気が削がれたようで、一泊空けてからセントは小さく首を傾げた。

 声音の圧は引いており、多少は冷静さを取り戻したようだ。


「たぶん、俺のことを心配してくれたんだろ。希望に目を奪われないように。安易な選択をしないように。後悔で傷つかないように……その気遣いは、本当に嬉しい」

「いえ、私は気になったことを指摘しただけに過ぎません」


 早口君にそう言って、セントは顔を逸らした。

 本当のことを言っているのかもしれない。でも俺には誤魔化しているように見えた。その方がずっと彼女らしい振る舞いだ。

 思わず苦笑してしまう。


「そうだな。そう言うだろうな。だから俺も気になったことを言うけど……世の中甘くないって認識に文句はないさ。でも、リザ先生は何も、楽して結果を出せるとは言ってないんじゃないか」

「まぁ、それは……そうですが」


 セントは気まずそうに視線を落とす。落ち着いて考えれば、互いの主張が反発することなく共存できることに気づける筈だ。そしてセントはそれに気づける人だ。彼女は、彼女達は賢い。だから今も視線を落としている。

 きっとつい反射的に口を挟んでしまっただけで、リザ先生の言葉を否定したかった訳ではないのだろう。


 ひとまず、セントは落ち着いてくれた。そのことに胸を撫で下ろしていると、背中をバンバンと軽快に叩かれる。振り返ると、満足気な笑みでリザさんが見上げてくる。


「さすがワタル君。先生の意を汲めるのは、良い生徒の特徴だよ」

「それは良かったですよ先生。でも今回は、俺がこの世界の常識に疎いから理解できた話だと思います。もし叶うなら、段階を踏んで貰えると助かります」

「常識、固定観念……なるほどねぇ。確かに一般論では受け入れ難い話をしていたかもしれない。結論を急ぎ過ぎたかもね」


 フンフンと頷いて、しかしリザ先生は首を振った。


「でも、丁寧と愚鈍は別だよ。そんな余裕、君にあるのかい?」

「確かに、悠長にしている暇はありません。話の展開が早いのも歓迎です」

「だったら──」

「ただ、教育は共依存の関係でしょう。互いがいないと成り立たない。リザさんが居てくれないと始まらないように、俺がここに居ない場合はも同じことです。そして、ここまで俺を導いて、今も支えてくれているのは彼女達だ」


 だから、と。リザさんの言葉を遮って主張する。


「俺の大切な人を責めることはして欲しくありません。互いに、です。2人とも、俺の恩人ですから」


 これからの恩人がリザ先生なら、これまでの恩人がセント達だ。望むことができるなら、この関係は長く大切にしていきたい。その為にも、互いを尊重してほしい。

 俺が成長する過程で、恩人を傷つけては意味がないのだ。それはきっと、恩を仇で返すに等しい。人として嫌だった。


 リザ先生は少し考えるように瞑目すると、腕を組んで指先を跳ねさせる。

 トントンと一定とリズムで動く人差し指が5回往復した。その時には、もう剣呑な雰囲気は鳴りを潜めていた。


 両者が落ち着いたと見て、俺はそっと2人の間から離れる。

 先に口を開いたのはリザ先生だ。


「すまなかったね……どうやら、念願叶うとあって興奮していたらしい。ごめんよ、バーデンちゃん」

「いえ、私こそ短慮に走りました。申し訳ございません」


 仲直り、と言えるかは分からないが、この辺りが落とし所だろう。

 遺恨を残さない為にも、手早く話を切り替える。


「話を戻しますけど、リザ先生は知っているってことですよね。年単位の準備が必要なスキル習得を、1ヶ月で済ませてしまえる手段を」

「そうだね。ただ裏技と言えるほど勝手の良いものじゃないし、誰でも同じ効果を期待出来るとは断言できないかな」

「適性が分かれるってことですか」

「一応、誰にでも可能性のある方法なんだけど……ある意味では、適正が必要だと言えなくもないのかな?」


 どうにもまとまりの無い言葉だった。

 リザさんは腕を組み、頭を捻っている。どう言葉にすべきかと思案しているのだろう。


「まぁでも、ワタル君なら問題ないと思うけどね」

「なんでですか?」

「だって君、もう清掃スキル持ってるからね。この世界に召喚されて、まだ1ヶ月なのに」

「そう言えば、最初にそんなことも言ってましたね……」


 本棚から登場した衝撃やら何やらで頭から抜けていた。しかし確かに、彼女は俺が既にスキルを持っていると言っていた。

 しかしそうか、清掃スキル……やっぱりセント達に教えを受けていた影響だろう。習得が早かったのは、元の世界でも掃除はこまめにやっていたからだろうか。


「ってことはリザ先生、看破スキル持ってたんですね」

「教育者としては必須のスキルだと思っているよ」


 この世界には、ゲームのステータスのような簡単に現状を把握できる便利機能は残念ながらない。スキルの有無を把握するためには看破のスキルが必須となる。他者のスキルを見るのはもちろん、自分のスキルを見るのにも必要になるのだ。

 リザ先生がそれを持っているというのは行幸だった。


「とにかく、君には適正があるってことさ」

「もともと、日頃から掃除をやってたからってだけではないんですかね」

「その程度でスキルに反映されるなら、この世界はスキル主義になってないよ」


 ごもっともだ。


「そうなると若さ、とかですかね。成長期は何にでもありそうですし」

「その観点も面白くはあるけど、今回は違うかな」


 言って、リザ先生は俺の鼻先に人差し指を突きつけた。


「スキル習得はとんでもなくキツイんだよ。必要なのは、最後までやり切る気合いと根性。言葉でまとめられる程、容易なことではないけど──」

「やります」


 被せるように、俺は答えた。

 根性論。歓迎だ。それが結果に繋がるというのなら、なんだって試してやる。

 ピクリと、リザ先生は眉を跳ねさせる。


「即答かい? 決断を先延ばしにするよりかは遥かに良いけど、浅慮は危険だよ」

「俺に余裕がないと指摘したのはリザさんでしょう? そのことを、自覚しているだけですよ」


 それに、と。なるべく強気な笑顔を意識して続ける。


「リザ先生を信頼すると決めましたから……貴女ができると言ったからには、出来るんでしょう。少なくとも俺はそう信じて、やれることをやるだけです」

「いいね……とてもいいよワタル君。君は最高の生徒だ」


 リザ先生は大きく口角を上げた。白い肌は赤く染まり、高揚しているのが見て取れる。


「そして少し怖いね。最高の生徒である君が、ともすれば折れてしまうかもしれないんだから」


 怖いと言いながら、リザさんは挑発するような笑みで俺を見上げた。その目には熱がある。先の言い合いで纏っていた圧の、その何倍もの凄みがあった。


「僕はこれから、君のことを否定する」


 気合いと根性。その適正が必要な理由をぼんやりとだが察する。

 短く伝えられた結論に、俺も口角を上げて見せた。



 ★



 そうして、俺は修正箇所の指摘という名の『否定』を受けているのだ。

 その詳細を、リザ先生はサティに向けて噛み砕きながら説明していた。


 彼女は人差し指と中指を立ててピースの形を作る。


「教育ってのは2種類あるんだよ。持っている才能を伸ばす為のものと、持ってない才能を備える為のもの」


 今やっているのは後者ね、と。リザさんは付け加えた。

 習熟と習得。教育にはその2つがあり、俺がやっているのは習得に当たる。


「この教育を効率化させようとした場合、最適解は個性を無くすことにある」

「才能を後付けしようとしているのに、個性を無くす必要があるのですか」

「矛盾しているように聞こえるよね。でも才能とは結果であって、過程じゃない。個性を無くさせるアプローチ方法は、あくまで過程に過ぎないんだよ」


 学校教育がまさにそれだろう。同じ教室、同じ教科書、同じカリキュラムで各分野の才能を育む。その教育課程に、生徒の個性は不要だ。むしろ個性的な生徒は邪魔ですらある。言われた通りのことを忠実に熟す生徒が好まれるのは、それが理由だ。


 しかし授業を終えた後に行われるテストで、明確に才能の順位付けが行われる。この差が個性となるのだ。頭のいい者、悪い者といった風に。そして残酷な話だが、この場合はテストの点数が高い者が、つまりは個性が強いものが褒められる。

 授業中は個性を消させるくせに、それが終われば個性を尊ぶ。その姿勢は矛盾の塊に見えるが、理論としては美しい。


「個人間の差異を極限まで無くすことで、同じ条件の下で同じ結果を出せる能力を万人が備えることが可能となる。それもとびっきり早くね。だから僕は今、ワタル君の個性を無くす為に調整してる訳だよ」

「それがスキル習得に繋がる理屈が、どうにも納得できないのです」


 申し訳ございませんと、サティは頭を下げた。


 彼女の疑問は共感できるものだった。機械のように効率よく授業を受ければ、誰もが同じ才能を手に入れることができる。それはあくまで理想論であって、現実的とはとても言えない。そして何より、人の心をあまりに軽視している。仮に日本で行おうものなら、炎上待ったなしだ。

 効率的な教育が、必ずしもスキル習得に繋がるとは思えない。その考えは、一般的なものなのだろう。


 否定に近い言葉に対して、リザ先生は肩を竦めて気軽に返す。


「別にいいよ。この論理を受け入れてくれた人は少ないからね。理解できた人はもっと少ない。精神的な問題を度外視したものだから、生理的に受け付けないんじゃないかな」

「道具に徹せよと、私には聞こえました」


 サティらしい端的な言葉だった。

 実際、教育者側からするとその方が楽ではあるのだろう。人の調整をするよりも、道具の調整をする方がずっと楽なのだから。


「当たらずとも遠からず、だよ。個性を無くすと言うのは、人をやめることに似ているからね」


 リザさんは否定しなかった。むしろ肯定すらしていた。


「そもそもの話だけど、スキルは習熟段階によってレベルを区別されている。レベル1が見習い。レベル5が一流って感じでね」

「存じております」

「うん。でもここで1つの疑問が生まれる。それは『スキルがあるから技能を得られた』のか、『技能を得たからスキルが反映された』のかという部分だ」


 この世界ではスキルという概念が存在している。その人がもつ技能を視覚的に判断することが可能なのだ。学歴の高さが能力の高さを保証しない俺達の世界とは、明確に異なる部分だった。

 取得資格が多い人が、現場で動ける人間とは限らない。履歴書の記載内容は能力を保証しない。しかしこの世界では、スキルには技能を保証する。絶対的な信頼が、そこには存在する。根本的に、世界の理が異なるのだ。


 だからこそ生まれた、この世界特有の『どっちが先か問題』なのだろう。


「卵が先か鶏が先か、と言う問題ですね。国教では、スキルが先に立つとされておりますが」

「私の論理ではその逆。技能習得が先に立つと考えている。だってそうだろ。神に認められた証がスキルであり、その時から腕を振るうことが許されると言う認識なら、人は神の傀儡だ。神の意思によって、時には努力を否定される。そんなのはごめんだね」

「ペタゴ様。あまり大きな声では」

「分かってるさ。周囲には誰もいないから安心しなよ」


 流石に世界の唯一宗教を否定するような言葉はマズイ。

 サティが諌め、リザ先生は肩を竦めて話を戻す。


「まぁ、僕の思想は抜きにしよう。重要なのは結果さ。この疑問を元に数々の実験をした結果、技能習得が先に立つと結論が出た。つまり、技を磨けば自ずとスキルも獲得できるということだね」


 そして、と。リザ先生は続ける。


「技能とは、人が持つイメージを体で動かすものだ。イメージの鮮明さと、イメージと体の動きとの一致率が比例する形で、技能のレベルも上がっていく」

「理想の動きを如何に思い描けるか、そしてその動きを如何に忠実に再現できるか、ということですね」

「その通り」


 満足そうにリザさんは頷いた。


 大人になれば無意識に行っている歩行だって、幼児の頃には出来なかった。ならそれがどうして出来るようになったのか。

 周囲の大人を観察し、自分の中でイメージを構築し、実際に体を動かしてイメージとの誤差を修正していく。その繰り返しによって、人は歩行という技能を習得する。イメージと体の動きが合致するほどに歩行はスムーズとなり、果てには無意識に体を動かすことすら可能とさせる。

 リザ先生が言っているのは、その一連の反復行動のことだった。


「ここで肝になるのが、イメージがなくては体を動かしようがないってことだ。逆を言えば、イメージさえ形を成していれば、技能習得の最低限の土台は作れたと言える訳だよ」


 イメージさえあれば、あとは体を動かすだけ。そして体の動かし方なんて数をこなして慣れてしまえばどうとでもなる。だから重要なのはイメージの方。イメージさえあれば技能習得の道は保証されるのだ。

 そう、リザさんは順序立てて話を組み立てた。


 ここまでの話で一つの道筋が生まれる。

 イメージがあれば技能習得は保証される。スキルは技能習得の後に着いてくる。つまり──


「イメージさえ整えば、スキルを身につけることが可能なのさ」


 ただしそれは……。


「言うは易し、かと思われますが」

「そこなんだよねぇ」


 弱ったように、リザ先生はまなじりを下げた。


「肝心はイメージの部分だ……人の頭の中は覗けない」


 言って、机の上の本を一冊手に取った。


「この本一つ取ったって、君たちと僕じゃ別のものに見えている可能性もあるんだ。僕からは赤く見えている表紙も、机に頭を押し付けて暗くなったワタル君の視界からは、また違った色になってるだろうし」


 確かに、俺には茶色がかって見えていた。


「イメージを整えるといっても、簡単じゃない。そもそも正解がないからね」


 だから、と。リザ先生は本を置くと、ピンと指を立てた。


「僕が勝手に正解を作ることにした。あくまでも模範解答だけどね」

「それが、個性を無くすと言う部分に繋がるのですね」


 個人の感覚を徹底的に否定することで、模範解答から漏れるイメージは全て排する。リザ先生の教育論が軸に置いている部分だ。


「例えば君たち従者は掃除スキルを持っているけど、全員が同じ過程を辿ってスキルを習得した訳じゃないだろう?」

「それはそうです」


 サティは短く頷いた。


「でも、同じレベルのスキルを持っている人同士を見てみると、その仕事振りは似たものになるよね。個人の癖なんかで多少のブレはあるだろうけど、共通している部分は確かに存在する」


 これにも、サティは頷いた。実際、ロッテやセント達の清掃作業はかなり似ている。姉妹という理由以上に、最適化された動きがそうさせるのだろう。教えを受けている身としても納得のいく着眼点だった。


「その共通部分を捉えることができれば」

「模範解答の完成という訳さ」


 数学における『重なり』のようなものだ。あるいは『公倍数』か。2の倍数と3の倍数で重なりあうのが6、12、18……と続く訳だが、これは最小公倍数である6の倍数として導き出せる。つまり、法則性を見出せる。


 リザ先生はスキルの分野にその法則性を捉え、万人に通用するものとして変換していた。はっきり言ってメチャクチャなことをしていると思う。


「模範解答を正確に頭の中でイメージすることができれば、自ずと体も動いてくれる。その時、スキルは自然と体に刻まれる」


 偉大な発見をしただろう彼女は、しかし眉根を下げていた。


「まぁ、レベル1が限界なんだけどね」


 その言葉が、そのまま理由になるのだろう。まだ俺には理解しきれないが、この世界ではスキルの数よりもレベルの高さ、質に重点を置いているのかもしれない。だから、リザさんも満足感を得られないのだろうか。

 だが俺にとっては喉から手が出るような、宝石を超える価値をもつ知識だった。


「ワタルくんにはとことん自分を消してもらう。自分を否定され続ける苦痛の中で、それでも今を突き詰めてもらう……まだまだ先は長いけど、やれるかい?」


 だからこちらを見下ろす先生の言葉に、俺は笑うことだできた。


「もちろん」


 抗う術が残っていることに、感謝すらしていたのだ。


 ──それからきっちり1ヶ月後。俺は探知スキルを習得していた。


お読み頂きありがとうございます。

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