第10話
風邪薬を飲む時は、サプリメントとの組み合わせに注意しましょう。
僕みたいに倒れます。
皆さんは用法用量を守りましょうね。
目が回るってこんな感じなのか。気持ち悪い……
『切り捨てられた』と、リザさんは言った。
その声は重々しく、苦々しい。未だに思うところがあるのだろう。
つい、眉を顰めてしまう。捨てられる危機感を常に感じている身として、聞き流せない言葉だった。
「穏やかじゃないですね」
「おっとごめんよ。結論を端的に伝えすぎたね。短く伝えようとすると、ついつい強い言葉を使ってしまっていけない。教育者として、これはあるまじき姿だ」
反省反省、と。リザさんはヘラヘラ笑いながら頭を掻いた。
空気は和らいだが、目元は鋭さを残している。そのチグハグさの中で、彼女は軽い声音で続ける。
「要は、お役目から下されちゃったということさ。恥ずかしい話だよ」
「それだけじゃ、ないんでしょう?」
つい、問い返してしまった。
丸い言葉で言い直しても、全てを包み隠せる訳じゃない。オブラートもそこまで万能じゃない。
リザさんの中に、言い知れない負の感情があるのは流石に分かる。所作やら目付きやら、言葉に変わらない部分で雄弁に語っているのだ。
「リザさんが言ったんじゃないですか。愚痴みたいな話になるって」
「ははは……それこそ、穏やかじゃない話になるけど?」
リザさんは弱った笑みを溢しながら、伺うようにコチラを見やった。
彼女は俺より年上のようだし、気恥ずかしさでもあるのだろう。さっきまでは興奮した勢いだったのだろうが、それも長続きはしない。感情のエネルギーは有限だ。
年下の、しかもこれから生徒になるかもしれない相手に愚痴をこぼす。それは、なかなかに勇気がいるように思えた。
俺は手元のカップを持ち上げて答える。
「こうしてお茶も用意されてます。飲み切るまでは、付き合いますよ」
気遣いのつもりだった。下手くそだなと、自分でも思う。
リザさんは瞳を瞬かせると、歯を見せて笑った。俺の無様を察して、その上で飲み下してくれたのだろう。
表情は先よりも明るく、目尻も下がっている。
「そいつは嬉しいね。ならまずは、認識を共有しておこうか」
彼女はトントンと指先で机を叩いた。何から伝えようか整理しているのだろう。
紅茶に一度口を付けたところで、話が再開される。
「勇者召喚が25年周期で行われていることを、ワタル君は知っているかい?」
ピクリと、後ろに立つセントの眉が跳ねた。小さな変化で、見間違いとも思えた。それ以上の変化はなく、ひとまず頭の隅に置いておく。
「初耳ですね。勇者は過去にも召喚されたとは聞いてますけど、周期があるのは知りませんでした」
「周知の情報でもないし、もしかしたら、意図的に隠しているのかもねぇ」
「それ、俺が聞いてもいい奴ですか」
「どうだろ。別にいいんじゃないかな? 僕だって、過去の文献を統合した結果、偶発的に気付いたことだったし」
その程度の情報だよ、と。リザさんは軽く終わらせた。
もし言葉通りの過程で秘密を暴いたのであれば、恐ろしい情報処理能力だ。この国の重鎮は顔を青くするのではないだろうか。少なくとも、図書館からは引きづり出されるだろう。そんな話だった。
念の為、口にしないよう気をつけておこう。
妙な緊張が走る俺を放って、リザさんは何てことないように話を続ける。
「勇者召喚には必ず、25年間の準備期間が設けられているんだ。おそらく、魔力の補充なり充填なりに時間を掛けているんだろうね」
またピクリと、セントが反応する。どうにも、この25年という準備期間に心当たりがありそうだった。これは本当に、この国にとって重大な秘密である可能性が出てきた。もしかすると、彼女達の秘匿業務とやらに関係があるのかもしれない。
しかし今の論点はそこではない。無理に突っ込むようなことはせず、ひとまずは無難に答えておく。
「準備期間ですか……巻き込まれた俺でさえ不老の加護が付与される、とんでもない魔法ですからね。準備に長い時間を要するのは、納得できます」
リザさんは小さく頷いた。話すことに集中しているのか、セントの様子には気づいていないようだ。
彼女は右手を持ち上げると、親指を除く4本の指を立てる。
「もう一つ重要なのが、今回が4回目ってこと」
次いで人差し指を折る。残ったのは3本。
「つまり前例はたったの3回だけってことだよ」
『少ない』と言いたげだ。
「その分、情報が不足していると?」
「その通り」
頷いた彼女は、右手を下ろすと腕を組む。
「流石に、過去の詳細までは見つけられなかった。でも今回の大掛かりな準備を見ていれば、おおよその予想はできる。きっと、碌な備えがなかったんだろうね。魔王しか倒せずにいるのが、その証拠だよ」
「3回……つまり75年間を費やして、戦果がそれだけ。お粗末さが透けて見えますね」
言われてみれば、確かにと思う。これまで最低でも3人の勇者が召喚されて、その結果が魔王の首1つ。魔王が強大過ぎたとすると、この国が75年間も生き延びていることが可笑しくなる。いや、初代勇者が魔王を倒して、残りの年数は残党との小競り合いで消化したということだろうか。
どちらにしろ、勇者という大層な呼び名にしては、成果が限られている。
勇者がそこまで強くないと考えるのには、今回の高待遇が説明できなくなってしまう。兼野達への期待は、そのまま勇者という戦力の証明だ。
なら、問題があったのは内部。それが準備不足によるものだと、リザさんは分析しているのだろう。
「ここまでが予備知識で前提知識さ。共通認識は出来たかな?」
「勇者を迎える体制に不安がある、という意味でなら」
十分だよ、と。リザさんは頷いた。
「ワタル君なら、4回目を計画する時どう備える?」
「これまでの課題を洗い出して、解決策を準備しておきますね」
「そう。普通はそうする。この国もそうした。つまり、今行われている勇者教育のことだね」
兼野達に施される9人の教師による教育。それが、過去の反省を活かした形なのだろう。
「僕はその教育に関わる教材を準備する為に、腕を奮っていた訳だ」
「名誉司書って話でしたね」
「そうとも。これでも僕は、この国一番の知恵者なんだよ? 図書館内の本だって、全部頭に入ってるくらいさ」
リザさんは胸を張って、ニンマリと自慢げに微笑んだ。
その言葉は嘘ではないのだろう。道理で、本の配置ズレから俺の存在を嗅ぎつけられた訳だ。
しかし彼女の明るい表情は、すぐに消沈する。
「僕は、それはもう尽力したさ。何せ勇者の卵を育てる仕事だ。まっさらなキャンパスに、好きなように絵を描いていいと言われたようなものだ。それも、費用を度外視してね」
「作り手としては眉唾ですね」
「教育者としても、だよ」
リザさんは自身の掌を見下ろし、見つめた。
「教育ってのは創造だ。築き上げてきた知識と知恵を注ぎ込み、己を超える『個』や『群』を生み出す。これに価値を見出せない者は、年を取る価値がないね」
なかなかに強火な意見だった。
育成を疎かにする奴は全員老害だ、と言っているようなものだ。
「思想、強めですね」
「否定はしないよ!」
リザさんは胸を張った。何故そうも誇らしげなのだろう。
突っ込む間もなく、彼女は話を進めていく。
「とにかく僕は、楽しみだったんだよ。それはもう興奮してた……文献を漁っては資料をまとめて、文化が異なる相手にも分かりやすく伝えるための言葉選びや例え話も準備して……都合10年間。僕はそうして生きてきた」
「そして、切り捨てられた」
「そうなんだよ!」
ドンッ、と。机に拳を振り落とす。カップは激しく揺れるも、中身が半数を切っていたことが幸いしてか、溢れるようなことにはならなかった。
カチャカチャと硬い音に正気を取り戻したのか、リザさんはオズオズと両手を膝の上に戻す。一緒に、小さな頭も項垂れてしまう。
「僕は忘れてたんだ……人間は権力に執着するってことを」
「権力ですか……相手は、教育係の貴族派ですか」
「それと教会連中もそうさ。ギルドは無関心。あれは飛び火するのを怖がって尻尾巻いてただけと見るね」
「周り敵だらけじゃないですか」
他人事とは思えない状況だった。
本当にそうだよ、と。リザさんはため息をこぼす。
「雇われた10年前ならいざ知らず……資料作りにかまけていた間、僕は碌な実績を作っていなかった」
「影響力が落ちていたと」
「凡ミスだよ。目の前の楽しみに目を奪われて、周囲の目を忘れてしまっていた」
10年は余りに長い。小学生が成人になるレベルだ。十で神童、十五で才子、二十過ぎれば只の人と言うけれど、その過ぎ去る時間に何の実績も残さなければ、言葉の通りに人としての価値は暴落する。蹴落とすのも簡単だったろう。
当時を思い出してか、リザさんは掠れるような笑みを浮かべる。
「教育担当からは外されて、用意しておいた資料はごっそり奪われちゃった」
「……そこまでしますかね、普通」
「それだけの大事業なんだよ、勇者召喚ってのはね。権力のない人間から10年の積み重ねを掠め取ってでも、成功させたいんだろうさ」
25年を費やして、他人の10年を搾り取って、そうして初めて行える儀式。歪だと感じるのは、俺が平和ボケしている証拠なのだろうか。
愚痴を吐いて多少はスッキリしたのか、リザさんはそれ以上の文句は重ねず、ゆっくりと肩を竦める。
「実際、今は順調に進んでいるそうだよ。歴代最高の器だって、噂されてたからね」
「気分が悪いですね」
「それは勇者君達が先を行っているからかい?」
「リザさんの頑張りを無視して、結果にしか目を向けていないからですよ」
彼女のことを、俺への扱いと重ねて見ていることは認める。全部が全部同じじゃないが、その理不尽な扱いには通づるものがあると思えた。
勇者じゃないからと機会すら消されたことは、今なお腹に据えかねているのだ。結局、上の奴らは結果を出せるか否かにしか目を向けていないのだろう。
国の運営をする者として、その責任から俺に期待しないのは、納得は出来ないが理解はできる。誰だって確実な未来を望む筈だ。国の未来が掛かっているのなら尚のこと。
だから、兼野達を優先していることに、癇癪を起こすつもりはない。
でも、リザさんの場合は話が別だ。過去の実績があって、結果を出すための準備だってしてきている。そこに目を向けず、『今』という表面上の評価だけで切って捨てている。
その盲目さが、酷く不快だった。
リザさんは不思議そうに首を傾げている。
「なんで、君がそんなにむかついてるんだい」
「別に……これは勝手な同情ですよ。表に出すつもりはなかったんですけど、もし俺が同じ状況ならと思うと、腹が煮えくりかえって仕方がない」
言葉にして、それでも収まりきらない不快感。これまで抱えてきたストレスも合わさっているのか、感情が収まらない。リザさんのことだけじゃない。セント達の扱いのことも、滔々と思い浮かぶ。
不条理と理不尽に、目頭が熱い。
拳を固く握る俺に、リザさんは苦笑する。
「言葉はちゃんと使いなよワタル君」
「同情じゃなくて、被害妄想ってことですかね」
違う違う、と。優しい笑みで彼女は俺の勘違いを指摘した。
そのまま席を立つと、俺の隣までやってくる。
「君のそれは共感だ。嬉しいよ、僕は」
彼女はそっと、俺の拳の上に手を被せると、包むように握り込む。
「そしてこうも思う。ここで君と会えたのは運命だって」
リザさんはコチラを見上げて微笑んだ。俺は椅子に座って、対して彼女は立っている。それでも見上げられる程に身長差がある小柄な彼女は、しかし大きく見えた。
「だってそうだろう? 教師の立場から弾かれたのが僕だ。そして──」
「生徒の立場から弾かれたのが、俺」
「そんな2人が、どう言うわけか知識の宝庫である図書館で出会った」
瞳が重なる。翡翠の瞳の中に、俺だけが映っている。
「だから、僕のこの持て余した熱を、受け止める気はあるかい?」
教育欲という熱を孕んだ瞳と、掌を通して伝わる彼女の体温。
言葉と体で、情熱をぶつけられていた。
「確かにこれは、運命ですね」
リザさんの言っていたことが、一から十まで真実かは分からない。でも、信じたいと思えた。熱に焼かれたとも言える。
もし彼女に何らかの思惑があって、俺のことを利用するつもりでも、きっと、納得できるように思えたのだ。
それに少なくとも、彼女はセント達を巻き込むつもりはないようだ。ここまで一度も話題に上げず、視線も向けていなかった。セントが言っていた『他人と一線を引く』という人物像は、なるほど正しかったのだろう。
やはり狙いは俺だった。持て余した欲求を、ぶつける相手を探していたのだ。
俺からしたら、願ったり叶ったりだった。
体を彼女の正面に向け、拳を握り返す。握手の形だ。セントとやった仲直りとは異なる、信頼の証。
「リザさん。いや先生……これから、どうかよろしくお願いします」
「いい心がけだね、我が生徒君よ」
楽しげな笑みは、すぐに挑発するように角度を変える。
「僕の教えは厳しいよ。着いて来れるかい?」
「どん底から這い上がるためにも、食らい付きますよ」
「それでこそだ!」
にぱり、と快活に笑う彼女が、人生で初めての師匠だった。
俺はやっと、この世界で先達を見つけることができた。
お読み頂きありがとうございます。
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滝登 鯉




