#97 食欲の秋
「秋だ!食材狩りに行くぞ!」
ゲーム内の夢見亭で、ツバキが突然そう叫んだ。 その声はホール中に響き渡り、客たちの視線が一斉に集まる。 たぬまりが「えっ?」と振り返る間もなく、ツバキは彼女を小脇に抱えた。
「ちょ、ちょっと!?なに!?どこ行くの!?」
「山だ!」
ツバキの返事は簡潔だった。 そのまま彼女は、数人の客を指名し、手際よく連れ出していく。 どうやら、すでに何かが決まっていたらしい。 たぬまりは、完全に置いてけぼりのまま、ツバキの腕の中で揺られていた。
「なんで私が……!」
抗議の声も虚しく、一行は山へと向かった。
*
山の空気はひんやりとしていて、木々の間を抜ける風が心地よい。 紅葉が始まりかけた木々の下、ツバキが高らかに宣言する。
「まずは定番のきのこだ!」
その声と同時に、木陰から巨大なキノコのマモノがぬっと現れた。 傘の直径は大人の背丈ほどもあり、足元には胞子の霧が漂っている。
「でかっ……!」
たぬまりが呆然としている間に、ツバキと客たちは武器を構えて突撃していく。 たぬまりも慌てて後を追い、なんとか攻撃に加わった。
数分後、巨大キノコは地面に崩れ落ち、ふわりと煙のように消えた。 その瞬間、たぬまりの前に図鑑が現れ、ページがひとつ光を帯びて開かれる。
【マモノ図鑑に新たな項目が登録されました】
■登録マモノ:オオカサダケ
種族:菌類型マモノ
属性:土/毒
特徴:巨大な傘と太い柄を持つキノコ型マモノ。胞子を撒き散らしながらゆっくりと移動する。
生態:湿った森の奥に生息し、倒木や腐葉土を好む。夜間に活発化する傾向がある。 性格:鈍重で温厚だが、刺激されると毒胞子を撒く防衛本能を持つ。
保有スキル:
《胞子散布》:周囲に毒性のある胞子を放ち、視界と行動を妨害する。
《菌糸ネット》:地中に菌糸を張り巡らせ、敵の足を絡め取る。
《再生傘》:一定時間で傘部分を再生し、防御力を一時的に高める。
コメント:でかい。動きは遅いけど、胞子が目にしみる……。
「次は小さいやつだ!」
ツバキが指を差す先には、ちょこまかと走り回る小さなキノコたちがいた。 色とりどりの傘を揺らしながら、落ち葉の間をすばしこく動いている。
「これは……ちょっと面白そう」
たぬまりは、カゴを手に取り、しゃがみ込んで追いかけ始めた。 赤、青、黄色、しましま模様に星柄まで。 まるでおもちゃのようなキノコたちは、捕まえるたびに「ぴょん」と鳴いて跳ねる。
ようやくカゴがいっぱいになった頃、再び図鑑が光を放つ。
■登録マモノ:マメキノコンズ
種族:菌類型マモノ(群体)
属性:土/風
特徴:手のひらサイズのキノコ型マモノ。集団で行動し、素早く移動する。
生態:落ち葉の下や倒木の隙間に潜み、日中は隠れていることが多い。
性格:好奇心旺盛で、音や光に反応して集まる習性がある。
保有スキル:
《ぴょんぴょんダッシュ》:跳ねるように高速移動し、敵の攻撃を回避する。
《胞子ブロム》:驚いたときに煙のような胞子を放ち、姿をくらます。
《群れの知恵》:仲間と連携して行動し、複雑な動きを見せる。
コメント:かわいいけど、捕まえるのにめっちゃ体力使う……。
「よし、次は栗拾いだ!」
「えっ、栗拾いって……普通のやつだよね?」
たぬまりがそう思ったのも束の間、空からドカドカと毬栗が降ってきた。
「うわっ、危なっ!」
地面に落ちた毬栗は、ころんと転がったかと思うと、ぴょんと跳ねて木に戻っていく。
「戻るの!?自動回収!?」
「これはマモノだ。地面に落ちたら、すぐ木に帰ろうとする。だから横から叩いて気絶させるんだ!」
「パワープレイすぎる……!」
ツバキが言う通り、カゴに入れても、地面に置いた瞬間に毬栗は跳ねて逃げていく。 たぬまりは、目の前に現れた図鑑を見て、ふとひらめいた。
「これ、使えるかも……!」
むんずと図鑑を掴み、振り回す。 すると、ちょうど飛び出してきた毬栗に命中し、見事に気絶。 地面に落ちたままの毬栗を、たぬまりは足で踏んでイガを剥いていく。
「……懐かしいな」
栗の木がある近所のおばあさんに教えてもらった方法だった。 秋になると、たぬまりはよく栗拾いを手伝いに行った。 イガを剥いて、栗の皮を剥くのも手伝うと、おばあさんが甘露煮にして分けてくれた。 あの頃は、甘いものがとても貴重で、おしゃべりしながら食べる時間が何より楽しかった。
図鑑がまた光を放つ。
■登録マモノ:イガグリオ
種族:果実型マモノ
属性:木/地
特徴:毬栗のような外見を持つ跳躍型マモノ。落下と跳ね返りを繰り返す。
生態:秋になると木から落ち、地面に触れると反射的に木に戻る習性を持つ。
性格:警戒心が強く、接触を避ける。気絶するとしばらく動かない。
保有スキル:
《イガスパイク》:接触した相手にダメージを与えるトゲを展開する。
《リターンジャンプ》:地面に落ちると自動的に木へ跳ね戻る。
《殻割り耐性》:外殻が非常に硬く、通常の攻撃では割れにくい。
コメント:図鑑で殴っていいとは思わなかったけど、意外と便利だった……
「次は芋ほりだ!」
またもやツバキに抱えられ、たぬまりはガクガク揺さぶられながら運ばれていく。
「もうちょっと丁寧に運んで……!」
辿り着いたのは、夢見亭に割り振られた畑だった。
周囲には低い柵が巡らされ、土はふかふかとしていて、ところどころに葉が揺れている。
その下には、芋が眠っていた。
たぬまりは、しゃがみ込んで土を掘りながら、芋の茎を引き抜いていく。
ツバキは手際よく芋を掘り出し、水場で洗っていた。
そして、ひとつの芋を半分に切って、断面を見せる。
「これは現実にもある芋に似ててな。中が濃いオレンジなんだ」
切り口からは、鮮やかな色が覗いていた。
まるで夕焼けのような、温かみのあるオレンジ。
周囲の客たちが「ツバキさん物知りっすね~」「さすが」と口々に言う。
「甘くて美味しいんだが、あまり市場に出なくてな。植えて増やしたんだ!」
ツバキの声には、誇らしさと優しさが混ざっていた。
たぬまりは、芋を手に取りながら、心から思った。
「……すごいぞ、ツバキ」
秋の山は、静かに夕暮れへと向かっていた。
空は淡く染まり、木々の影が長く伸びていく。
たぬまりのカゴには、きのこ、栗、芋――秋の恵みがぎっしりと詰まっていた。
夢見亭の食材狩りは、ただのイベントではなかった。
それは、季節を感じる旅であり、記憶を呼び起こす時間であり、仲間と過ごす特別なひとときだった。
たぬまりは、図鑑をそっと開いて、今日登録されたマモノたちのページを見つめた。
そこには、秋の山で出会った不思議な存在たちが、静かに記録されていた。
そして、ページの余白に、小さく書き添えた。
「また来年も、行けますように」
風が、カゴの中の栗の葉を揺らした。
たぬまりは、その音を聞きながら、ゆっくりと歩き出した。
ツバキの背中を追いかけて、夢見亭へと帰る道を。
私という人間は書き終えて投稿を忘れる愚かな人間……猛省。




