#94 常習犯
今、ツバキと二人で雑談しながら厨房に向かっている。ツバキはこれからすね肉のシチューをじっくり煮込むということでたぬまりは厨房に居座ってシチューの香りを嗅ぎながらツバキとときどきお喋りしつつ本を読んで過ごそうと思ったのだ。
夢見亭の厨房に入ると、ツバキが足を止めた。
その視線の先には、冷蔵庫の扉を開けている人影があった。
「げぇっ、まいにゃ!」
ツバキの声が跳ねるように響く。 たぬまりは思わず首を傾げた。
まいにゃがどうかしたのか?
「たぬまり、まいにゃを追い出すぞ!アイツは食材泥棒の常習犯だ!」
「えっ……えええ?」
なぜ。なぜなの。まいにゃ……。
アトリエで植物に埋もれていたあの姿は、どこへ行ったのか。
冷蔵庫の前にいたまいにゃが、こちらを振り返る。
その顔には、いつものにこにこではなく、妙に鋭い笑みが浮かんでいた。
「まいにゃ……?」
たぬまりが声をかけるより早く、まいにゃはポーチから何か丸いものを取り出して床に投げつけた。
シュッという音とともに、白い煙が広がる。
「うわっ、煙!?」
「クッソ……なんて逃げ足のはやい!」
ツバキが悔しそうに叫ぶ。
煙が晴れたころには、まいにゃの姿はどこにもなかった。
厨房の扉は開いている。鍵なんて最初からかかっていない。
なのに、いない。
まるで忍者のような消え方だった。
「……錬金術師じゃないのかな?」
たぬまりはぽつりと呟く。
明らかに戦闘職の動きだった。
あの身のこなし、煙玉の使い方、そして逃走。
アトリエで植物に巻かれていた姿とは、あまりにも違いすぎる。
ツバキは怒りをこらえながら、冷蔵庫と倉庫の点検を始めた。
「これもない、あれもない……くっ、試そうと思ってた素材まで盗られてる!」
プリプリと怒りながら、ツバキはメモを取り、足りない食材をリストアップしていく。
その手つきは素早く、怒りの熱量がペン先に乗っているようだった。
「店長に報告してくる!」
そう言って、ツバキは厨房を飛び出していった。
たぬまりは、ぽつんと置いて行かれる。
「……うーむ」
たぬまりは、厨房の空気を感じながら考え込む。
何かが違う。
引っかかっているのは、まいにゃのあの動き。
あんなに動けるなら、アトリエで植物相手なんてどうにでもなったんじゃないか?
あのときはベッドごと巻かれて、助けを呼んでいた。
でも、今日のまいにゃは、錬金術の煙玉を使って瞬時に逃げた。
ということは――どちらかが嘘なのでは。
前回のまいにゃが嘘だったと仮定すると、なぜ助けを呼んだのか分からない。
わざわざ拘束されて、たぬまりを呼ぶ理由がない。
情報が足りない。
それならば、今回のまいにゃが嘘だったとしたら?
前回見たまいにゃとは違う存在。
まいにゃの姿をしたニセモノ。
幻影、変装、そっくりさん――可能性はいくつかある。
今回のまいにゃは、まいにゃではない説。
その方が納得感がある。
じゃあ、誰なんだ?
食材泥棒の常習犯だという話だし、夢見亭に入りやすい人物なのかもしれない。
内部の構造を知っていて、厨房の配置も把握している。
そして、まいにゃの行動パターンを知っている。
「……犯人は、夢見亭の中にいる」
たぬまりは、そう確信した。
厨房の床に残った煙玉の痕を見つめる。
白い粉がわずかに残っていて、焦げたような匂いが漂っていた。
「これ、まいにゃの錬金術で作った煙玉だよね……でも、なんか違う気がする」
たぬまりの直感が、何かを告げていた。
これは、まいにゃの手作りだけどまいにゃの物じゃない?
少なくとも、アトリエで植物に埋もれていた彼女が咄嗟に使うことは出来なさそう。
「神出鬼没……職業不明……錬金術師……忍者……」
たぬまりは、厨房の隅に腰を下ろして、メモ帳を取り出した。
夢見亭の中で、まいにゃの姿をして動ける人物。
変装ができる者。
まいにゃの行動パターンを知っている者。
「……まいにゃのそっくりさん?それとも、変装?」
可能性はある。
でも、確証はない。
次に現れたとき、捕まえてみないと分からない。
「名探偵たぬまり、再始動……って感じ?」
たぬまりは、メモ帳に「犯人候補:まいにゃ(仮)」と書き込んだ。
そして、煙玉の残り香が漂う厨房を後にした。
次回、たぬまりは犯人を見つけられるのか――その答えは、まだ煙の中だった。
また事件が発生してしまいました。




