#93 アトリエ
「たぬまり、お前にしか頼めないことがある」
ログインして夢見亭の玄関に立った瞬間、店長に肩を掴まれて言われたのがこれだった。
いきなりの重たいセリフに、たぬまりは眉をひそめる。
「そんなこと言っても、大体のことはたぬまりじゃなくてもいいことだよ」
そう言ってスルーしようとしたが、店長は素早く回り込んでブロックしてきた。
動きが無駄に俊敏だ。
「まぁ、いいから座れ」
そう言って、いつものソファに押し込まれる。
すぐさまこまちが湯気の立つ紅茶を持ってきた。
なんという連係プレー。夢見亭の接客力はこういうところに発揮されるらしい。
「で、何?」
たぬまりはカップを手に取りながら、店長を見上げる。
「メイドの一人が部屋で植物を育ててたら、よく分からないものが大量に生えて、部屋から出られなくなったらしい」
「……それ、たぬまりじゃなくてもよくない?」
「植物に詳しいの、お前だろ」
「いや、そんなに詳しくないけど」
たぬまりは眉間にしわを寄せる。
確かに、以前夢見亭の畑を作ったことはある。
でもそれは、野菜を育てるためであって、謎植物のジャングルを制御するためではない。
「というか、それって前に畑の隅に勝手に謎の種を植えて、カオスゾーンを生み出したメイドじゃない?」
「あぁ、まいにゃって言う名前だ。神出鬼没なんだ」
「神出鬼没!?仕事は!?」
たぬまりは思わず声を上げる。
夢見亭のメイドは、どうしてこうもキャラが濃いのか。
まともな人材はどこへ行ったのか。
「とにかく、様子を見てきてくれ。マップに印つけといたから」
「……はぁ」
カップの紅茶を飲み干して、たぬまりは立ち上がる。
ソファの柔らかさに未練を残しつつ、マップを確認して出発する。
目的地には、木製の扉と小さな表札が掲げられていた。
「まいにゃのアトリエ」――どうやらここが現場らしい。
「アトリエ……なの?芸術家?」
たぬまりは首を傾げる。
シフトが被ったときに話す程度のまいにゃだが、一体何をしている人なのか、いまいち分からない。
扉の前に立ち、「ごめんくださ~い、まいにゃ~?」と呼びかける。
中から何かが返ってきたが、言葉として認識できない。
「開けるよ~?」と声をかけて、そっと扉を開ける。
その瞬間、たぬまりは言葉を失った。
植物。植物。植物。
部屋の中は、緑というよりも、もはやジャングル。
天井からは蔓が垂れ下がり、床には根が這い、壁は葉で覆われている。
中央には、巨大化した花のようなものがドーンと鎮座していて、部屋の構造がまったく分からない。
「……これ、部屋だったよね?」
たぬまりは慎重に一歩踏み出す。
足元の葉がふわりと動き、何かがカサカサと逃げていく。
虫か?いや、葉か?いや、何?
「まいにゃ~?どこ~?」
返事はある。あるが、やっぱり何を言ってるか分からない。
たぬまりは蔓をかき分け、葉を押しのけながら進む。
途中、謎の果実にぶつかって汁を浴びたり、花粉らしきものにくしゃみを誘発されたり、軽くサバイバル。マジでなんなの?部屋の広さと合ってる?
ようやく奥にたどり着いたとき、たぬまりは目を見開いた。
ベッドがある。
そのベッドが、植物に飲まれている。
そして、そのベッドの上に――まいにゃがいた。
「……まいにゃ?」
「むぐー……」
まいにゃは、蔓に巻かれた状態でベッドごと植物に埋もれていた。
顔だけはなんとか出ているが、身体は完全に拘束されている。
「ちょっと待って、今助けるから!」
たぬまりは、手近な蔓を引っ張る。
しかし、蔓はびくともせず、逆にぴくぴくと反応して締め付けが強くなる。
「えっ、なにこれ、意思あるの!?」
まいにゃが「むぐー!」と叫ぶ。
たぬまりは焦りながら、周囲を見渡す。
すると、壁際にスコップが立てかけられているのを発見。
「……これでいけるか?」
スコップを手に取り、慎重に蔓を切り始める。
切るたびに、植物が「ぷしゅー」と音を立てて萎れていく。
なんだこの反応、かわいいな。
数分後、ようやくまいにゃの身体が解放された。
ベッドは半分崩壊していたが、本人は無事だった。
「ふぅ……助かった……」
まいにゃは、蔓を払いながら立ち上がる。
服には葉っぱがくっつき、髪には花粉が舞っている。
「まいにゃ、これ何育ててたの?」
「えっとね~、ちょっと錬金したくて?育ててたら~、こうなった?」
「……錬金してるんだ。しかし分からん」
たぬまりは額を押さえる。
この人、前も似たようなことしてた気がする。
「スリリングで面白かったでしょ~?」
「いや、面白くはない……」
まいにゃは、にこにこしながら部屋の奥へと歩いていく。
たぬまりは、崩れかけたベッドを見てため息をついた。
「とりあえず、店長には報告しとくね」
「は~い、ありがと!またね!」
帰り道、たぬまりはマップを確認しながら呟いた。
「やっぱり夢見亭のメイドは、キャラが濃すぎる……」
そして、心の底から思った。
「早くソファに帰りたい……」
夢見亭のふかふかソファが、今日ほど恋しく感じた日はなかった。
むちむち太もものアトリエはやりました。
アトリエシリーズ全部やってみたいですね。




