#92 体験入店
白いドレスが、たぬまりの身体にぴたりと沿っていた。 胸元は大胆に開かれていて、銀糸のレースが肌の輪郭をなぞるように咲いている。 首元には大きなリボンが結ばれていて、清楚な印象を添える一方で、視線は自然と露出へと誘われる。 スカートは膝上までのミニ丈で、透け感のあるレースパネルがふわりと揺れ、足元に軽やかな影を落としていた。
肩はすっきりと露出していて、髪は丁寧に整えられている。 鏡に映る姿は、誰が見ても「絵になる」と言うだろう。 たぬまりの肌は光を受けて淡く輝き、動きのひとつひとつが、まるで舞台の上のヒロインのようだった。
けれど、彼女の表情はどこか浮かない。 鏡を見つめる瞳は、ほんの少しだけ遠くを見ている。 スカートの裾をそっと持ち上げてくるりと回ると、レースが広がり、銀の花が舞った。 その動きは優雅で、完璧で、そして――少しだけ、ため息混じりだった。
「……やっぱりこういうドレスか」
声には出さず、ただ心の中で呟く。 美しさを纏いながらも、たぬまりの気持ちは、ほんの少しだけ置いてきぼりだった。
話は少し遡る。
妖精女王にルル探しを依頼した際、交換条件として提示されたのが「一日体験入店」だった。 場所は妖精女王が経営する煌びやかな店――キャバクラ風の、甘くてギラギラした空間。 アルコール?ドリンクを提供し、客との距離感がバグっているような、たぬまりにとっては正直ちょっと苦手な場所だった。
ただし、条件は「VIPルームでの接客のみ」。
それならまあ、と思ったのが運の尽きだったのかもしれない。
チーン、と軽やかな音が響いて、洞ベーターが開く。 たぬまりは、白いドレスの裾を軽く持ち上げながら、店内へ足を踏み入れた。
そこには、煌びやかなドレスを身にまとった人型の妖精たちが開店準備をしていた。
以降、彼女たちは「一般キャバ妖精」と呼ぶ。
フロアの奥には、シャンデリアのような光の花が咲き、壁にはきらきらと輝く蔦が絡まっている。 テーブルにはガラス細工のグラスが並び、空気は甘く、音楽はゆるやかに流れていた。
「えーと、このサインがおしぼり交換?」
「そう、やっぱり飲み込みが早いわね!」
「お客がモクモクを取り出したら?」
「近寄って火をつける」
「正解!」
先輩キャバ妖精の指導は軽快で、たぬまりもそれなりにこなしていく。 「じゃあ、たぬまりちゃんはVIPルーム待機ね!」 そう言われて案内された部屋は、まるで別世界だった。
VIPルームは、静かで広く、空気が澄んでいた。 壁には淡い光を放つ花の模様が描かれ、天井には星のような粒が浮かんでいる。 テーブルには果実を模したグラスが並び、ソファは雲のように柔らかかった。
「座って飲み食いして待ってていいらしい」 たぬまりは、ふわりと腰を下ろし、テーブルの上のしゅわしゅわを眺めた。 なんだ、楽ちんじゃん――そう思ったのも束の間だった。
扉が静かに開き、二人の一般キャバ妖精に案内されて、一人の男性が入ってきた。
その姿は、まるで空気そのものが形を持ったかのようだった。 長く流れる髪は月光を編んだような淡い輝きを放ち、肩にかかるたびに風がそっと撫でるように揺れる。 耳は細く尖り、輪郭は繊細で、どこか人のものとは違う静けさを宿していた。
身に纏う衣は、深い森の奥で咲いた花々を織り込んだような装飾が施されており、金糸の文様が光の加減で浮かび上がる。 袖や裾には風の流れを模した刺繍が走り、歩くたびに衣が空気と踊る。 背には青く透き通る羽が広がっていて、羽ばたくことなくただ存在するだけで空間に魔力の波紋を生んでいた。
手には、螺旋状の装飾が施された杖を携えている。 その先端には、淡く光る宝石が浮かび、周囲には蝶のような光の粒が舞っていた。 足元には花びらが流れるように散り、踏むことなく、ただ彼の周囲に集まっては消えていく。
その瞳は、深い湖の底に眠る静寂のようで、見つめられるだけで心の奥が揺れる。 声を発する前から、言葉が届いているような感覚。 妖精王――その名を知らずとも、誰もが彼を見れば、そう呼ぶしかないと思うだろう。
幻想と威厳が同居するその姿は、世界の理の一部であるかのように、ただそこに在った。
たぬまりは、少しだけ首を傾げて言った。
「もしかして……妖精女王?」
すると、彼は輝く笑顔で答えた。
「あたり~♡ 良くわかったね」
女王であり、王でもあるらしく、普段会う時とはまるで違う。
「今日は私と一緒にしゅわしゅわを飲もうか」
そう言って、彼――いや、《セリリオン》は、たぬまりの隣に腰を下ろした。
その瞬間、マモノ図鑑が静かに反応した。 ページがひとつ、光を帯びて開かれる。
【マモノ図鑑に新たな項目が登録されました】
■登録マモノ:グリッタリア/セリリオン
種族:妖精型(王族)
属性:光/魅惑/幻想
特徴:妖精の国を統べる存在。女王「グリッタリア」と王「セリリオン」、二つの名を持ち、場面や気配に 応じて姿と雰囲気を自在に変化させ、きらびやかさと静謐さを併せ持つ。背には青く透き通る羽が広がり、周囲には蝶のような光粒が舞う。空間そのものが彼の存在に反応し、常に幻想的な演出が伴う。
性格:自由奔放で甘え上手な一面と、深い洞察力を備えた王としての冷静さを併せ持つ。気に入った相手にはとことん懐くが、必要とあらば容赦なく距離を取る。空気と感情を操るカリスマ性があり、場の支配力は絶大。
保有スキル:
《幻想領域》 周囲の空間を幻想的に変化させ、対象の感覚・思考・行動に影響を与える。視覚・聴覚・感情を包み込み、敵意を無力化する。味方には士気上昇と回復効果を与える。空間演出と精神干渉を同時に行う高位魔法領域。
《魅王の威厳》 視線と微笑みだけで対象の行動を一時的に制御する。魅了・沈静・情報開示など複数の効果を含み、精神抵抗の低い相手には絶大な影響力を持つ。王としての存在感が、言葉よりも強く作用する。
《光冠の律》 王冠に宿る魔力を解放し、周囲の秩序と魔力の流れを再構築する。味方の状態異常を解除し、敵の強化効果を打ち消す。空間の「調律」を行うことで、場の支配権を一時的に掌握する。発動時には光の花が咲き、空気が静かに震える。
コメント:ギラギラなのに落ち着いてて、ふわふわなのに底が見えない
「……登録されたみたい」
たぬまりが図鑑をちらりと見て呟くと、セリリオンはグラスを傾けながら微笑んだ。
「当然だよ。私が来たんだから」
その声は低く、けれど柔らかく響いた。 たぬまりは、思わずグラスを持ち直す。
「口調、変わるんだ」
「今は“王”の顔だからね。女王のときは、もう少し甘くなる。どちらも私だよ」
「……ずるい」
セリリオンは肩をすくめて笑い、たぬまりに頬を寄せるとそっと囁く。
「早く私のことを好きになってね?そしたらズルいのも全部たぬまりのものだから。」
その行動にたぬまりは、動揺して目を伏せた。
この人はずっと距離が近い、すぐにこちらを惑わそうとしてくる。
グラスの中の泡が、静かに弾ける。
セリリオンは、たぬまりの髪に触れそうな距離まで近づきながら、けれど触れない。 その絶妙な距離感と駆け引きが上手すぎる。完全にセリリオンに遊ばれているようだ。
「似合ってるよ、そのドレス。綺麗だ」
「……そっちが選んだんじゃん」
「選んだのは私だけど、着こなしてるのは君だろう?」
たぬまりは、グラスの縁を指でなぞりながら、視線をそらした。 二度目の敗北。
褒められるのは嫌いじゃないけれど、こういう空気は普通に恥ずかしい。
「しゅわしゅわって、こんな味だったっけ」
「気に入った?この間とは違うやつなんだ」
「……まぁ、悪くない」
セリリオンは満足そうに微笑んだ。
「君が“悪くない”って言うなら、それは最高の褒め言葉なんだろうね」
セリリオンは少しだけたぬまりの方に身体を寄せた。 たぬまりは驚いた様子も見せず、自然にその距離を受け入れる。
「ねぇ、今日は“接客”じゃなくて、“ふたりの時間”にしよう」
「……近いって。そこまでは許してない」
「接客にはこういうのも含まれるんだよ?知らなかった?」
「……キャストが嫌がることはしちゃいけないって教わった」
「本当に嫌がってたら、ね?」
セリリオンは、そっとたぬまりの手に触れた。手の甲をなぞるような動きはくすぐったい。
「ありがとう。君と過ごす時間は、私にとって特別だ。」
「……急にどうしたの」
「本音を言いたくなっただけ。」
くすくすと笑うセリリオン。
VIPルームの空気は、甘くて、静かで、少しだけくすぐったい。たぬまりが接客するというよりもセリリオンに振り回されているだけだった。
一日体験入店――それは、思っていたよりもずっと不思議で、幻想的な時間……そして、たぬまりは猛烈に夢見亭に帰って愛しのソファに癒されたいと思った。
最近はマターリ進行でスマソ。
昼は話を書いて満足して、メシ食ってる最中に投稿してないことに気づいて慌てて投稿しますた。




