#86 白
白い遺跡の門前、風は止み、空気が張り詰めていた。
レムストーンは、まるで街の守護者のように静かに立っている。
その巨体は白い石で構成され、関節の継ぎ目がわずかに脈打っていた。
たぬまりたちは、すでに陣形を整えていた。
誰も言葉を発しない。
それぞれが、自分の役割を理解していた。
妖精女王がふわりと浮かび、指先を軽く振る。
淡い光が花びらのように舞い、仲間たちの身体に降り注ぐ。
魔力の膜が肌に触れるたび、心が落ち着いていく。
「さあ、可愛い子たち。行ってらっしゃい♡」
その声を合図に、ひがちーが狼たちと共に駆け出した。
地面を蹴る音が連なり、白い砂を巻き上げる。
召喚された狼たちは、しなやかに走りながら、レムストーンの周囲を囲むように動く。
ひがちーは低く構え、魔力の糸を操っていた。
レムストーンが、ゆっくりと首を巡らせる。
無機質な光が、ひがちーたちを捉えた瞬間、足を振り上げる。
地面が震え、白い破片が飛び散る。
だが、狼たちはすでに動いていた。
一匹が囮となり、もう一匹が背後へ回り込む。
ひがちーはその隙に、魔力の刃を放った。
ツバキは鍋を抱えて前に出る。
お玉を構え、飛んできた石片を弾き返す。
鍋の中からは、湯気と共に香ばしい匂いが漂っていた。
「こっちは任せろ!」
彼女の動きは重く、しかし無駄がない。
一歩踏み出すたびに、地面がしっかりと受け止める。
鍋の縁で攻撃を受け止め、お玉で反撃する。
その姿は、まるで戦場の料理人だった。
こまちは後方で、くま精霊に小さく囁いていた。
ふわりと現れた精霊が、回復ポーションを抱えて宙を舞う。
こまちはそれを受け取り、仲間の動きを見ながらタイミングを計る。
「今……!」
ポーションが放たれ、ひがちーの肩に触れる。
傷がふわりと癒え、動きが滑らかになる。
たぬまりは、図鑑を開いて魔力を流し込んでいた。
リリが膝の上でぬるりと動き、ルルはチョーカーの上で光っている。
たぬまりの指先から、淡い光が仲間たちへと広がる。
バフの魔力が、身体の芯に染み渡るように伝わっていく。
「もう一度!」
こまちの声に応じて、たぬまりは魔力を重ねる。
光が重なり、仲間たちの動きがさらに鋭くなる。
ツバキの鍋が唸り、ひがちーの狼たちが吠える。
レムストーンの足が、わずかに揺らいだ。
そして、静かに一歩を踏み出した。
その足が地面に触れた瞬間、光が広がる。
白い砂が舞い、空気が震える。
レムストーンの身体が、淡く光りながら崩れていく。
石の塊が、音もなく地面に吸い込まれるように消えていった。
誰も声を出さなかった。
ただ、風が戻ってきた。
白い門の向こうに、街の姿が見えていた。
たぬまりは、そっと一歩踏み出す。
リリが「リリ……」と鳴き、ルルがふよふよと揺れる。
こまちがポーションの瓶をしまい、ツバキが鍋の蓋を閉じる。
ひがちーは狼たちに合図を送り、妖精女王は満足げに微笑んでいた。
白い遺跡の街は、静かに広がっていた。
建物はすべて白い石でできていて、角は柔らかく丸みを帯びている。
壁には細かな彫刻が施されていて、光が当たると模様が浮かび上がる。
道は広く、足元の石は磨かれていて、歩くたびに靴音が響く。
空は高く、雲は薄く、風は穏やかだった。
街の中心には、白い塔がそびえている。
その頂には、鐘のようなものが見えた。
音はしない。
けれど、そこにあるだけで、街の静けさが際立っていた。
「……綺麗」
たぬまりが呟くと、リリが「リリ……」と鳴いた。
ルルは、チョーカーの上で光を反射していた。
こまちが壁の彫刻に触れながら言う。
「これ、魔力の流れを記録してるみたい。古いけど、まだ生きてる」
ツバキは建物の構造を見上げていた。
「風の通りが計算されてる。暑くないし、寒くもない。すごいな」
ひがちーは塔の方を見ながら、狼たちに指示を出していた。
妖精女王は、白い石の縁に腰を下ろし、ふよふよと揺れながら空を見上げている。
たぬまりは、街の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
魔力の流れが、肌に触れる。
それは、優しくて、静かで、どこか懐かしいものだった。
「ここが、次の場所なんだね」
誰も答えなかった。
けれど、その沈黙が、肯定のように感じられた。
白い遺跡の街は、たぬまりたちを迎えていた。
風が吹き、光が揺れ、空が広がっていた。
新しい物語が、ここから始まる。




