#83 リリさんぽ
ノクティルカの街は、昼下がりの陽射しに包まれていた。
石畳の路地には柔らかな光が差し込み、店先の看板が風に揺れている。
たぬまりは、夢見亭の制服のまま、街の外れに向かって歩いていた。
特に目的があったわけではない。ただ、リリが生まれてからというもの、少しだけ外に出てみたくなったのだ。
膝の上にいたリリは、今はメイド服の内側に潜り込んでいて、時折「リリ……」と小さく鳴く。
その声が、たぬまりの歩調に合わせて響くのが心地よかった。
街の中心から外れた通りは、観光客も少なく、静かだった。
たぬまりは、石造りの噴水の前で立ち止まり、少しだけ空を見上げる。
雲は薄く、風は穏やか。
そんなときだった。
「ねぇねぇ、そこのお姉さん」
知らない声が背後からかけられた。
たぬまりは振り返る。
プレイヤーらしき男が二人、笑いながらこちらに近づいてくる。
装備は軽めで、街歩き用の格好。
一人は金髪で、もう一人は赤いバンダナを巻いていた。
「かわいいね~!ちょっとだけ話そうよ。どこ行くの? 一緒にどう?」
「ホント可愛い~!会えて嬉しいな!お茶しようよ!」
たぬまりは、無表情のまま一歩後ずさる。
「すみません、急いでるので」
「えー、そんな冷たくしないでさ。ちょっとだけ、ね?」
男たちは距離を詰めてくる。
たぬまりは、無言で踵を返し、通りの奥へ向かって歩き出す。
すると、背後から手が伸びてきた。
「おい、待てってば!」
その瞬間、たぬまりのスカートの裾が揺れた。
黒い触手がぬるりと伸び、男の手を叩き落とす。
「うわっ!?」
「な、なんだこれ!?」
男たちは目を見開き、後ずさった。
触手は、たぬまりの足元からゆらりと揺れ、空気を切るように動いている。
虹色の膜が光を受けてきらめき、異質な存在感を放っていた。
たぬまりは、その隙に走り出した。
石畳を蹴って、路地を抜け、街の外へ向かう。
背後の声はすぐに遠ざかり、やがて風の音だけが耳に残った。
街の門を抜け、丘の上まで駆け上がると、たぬまりは息を整えながら立ち止まった。
「……ありがとう、リリ」
そう言うと、今度はメイド服の袖から黒い触手がぬるりと顔を出す。
いや、顔はない。
たぬまりに見えるように、触手がふわりと揺れた。
まるで、手を振っているようだった。
「可愛いやつめ」
たぬまりは、触手を指先で撫でる。
リリは「リリ……」と鳴いた。
その声は、どこか誇らしげだった。
ともあれ、たぬまりには心強いボディガードができた。
少しだけ、知らない方向に歩いてみようか。
そんな気持ちになった。
丘を越えると、風景が変わり始めた。
草原の緑が薄れ、地面の色が白くなっていく。
石の粒が混じった土が広がり、ところどころに白い岩が顔を出している。
空は広く、雲は流れている。
たぬまりは、風に髪を揺らしながら歩いた。
道は細く、曲がりくねっている。
両脇には低い草が生えていて、風が吹くたびにさざ波のように揺れる。
遠くには、白い柱のようなものが見えた。
遺跡のような構造物が、地平線の向こうに立っている。
たぬまりは、そこに向かって歩いていた。
リリは、服の内側で静かにしている。
時折、袖から触手が顔を出し、風に揺れる草をつつく。
たぬまりは、それを見て微笑む。
「ねえ、リリ。あれ、なんだろうね」
触手は「リリ……」と鳴いた。
たぬまりは、歩調を緩めながら、道の先を見つめる。
途中、小さな池があった。
水は澄んでいて、底の白い石が見える。
たぬまりは、しゃがんで水面を覗き込む。
リリの触手が、そっと水に触れる。
波紋が広がり、虹色の膜が水面に映る。
「綺麗だね」
たぬまりは、そう言って立ち上がる。
風が吹き、草が揺れる。
空気は少しずつ乾いてきていた。
白い砂が混じり始め、足元の色が変わっていく。
道の先には、崩れかけた石の門が見えた。
その向こうには、さらに白い地面が広がっている。
たぬまりは、門の前で立ち止まった。
「……こんなところまで来ちゃったね」
リリは、たぬまりの肩に触手を伸ばし、そっと巻きつく。
たぬまりは、触手を指先で撫でながら、門の向こうを見つめる。
そのときだった。
空気が変わった。
風が止み、音が消えた。
門の向こうから、何かが現れた。
白い地面を這うように、黒い影が広がっていく。
形は定まらず、触手のようなものが地面を叩いている。
たぬまりは、息を呑んだ。
「……!!……ボスマモノ!?」
リリが「リリ……」と鳴いた。
触手が、たぬまりの前に展開される。
防衛反射膜が発動したのだ。
たぬまりは、スカートの裾を押さえながら、一歩後ずさる。
黒い影は、ゆっくりと近づいてくる。
地面が揺れ、空気が震える。
「ごめん油断した……行くよ、リリ」
たぬまりは、触手に守られながら、足を踏み出した。
白い風景の中、黒と虹色が揺れていた。
触手がスカートの中からバァ!ってするの憧れだったんです!




