表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メイドさんのマモノ図鑑  作者: 吉良 鈴
はじまりの大陸

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/107

#79 ゴロゴロ

夢見亭の厨房では、甘い香りが漂っていた。 ツバキは調理台に向かい、星のかけらをひとつずつ丁寧に砕いている。粉末状になったそれは、淡い光を放ちながら、ミルキーウェイドーナツの生地に混ぜ込まれていく。


「星の粒子は温度に敏感だから、焦がさないように……っと」


彼女の手つきは慣れていて、リズミカルに材料を混ぜていく。 生地を丸め、揚げ油にそっと落とすと、ぷくりと膨らんで、表面がきらめくような淡い乳白色に変わっていく。


「よし、今日もいい感じ」


一方、カウンターの奥では、こまちが布地を広げていた。 たぬまりのために選んだのは、星模様が織り込まれた深い藍色のドレス生地。指先でなぞると、微かに魔力が反応する。


「このドレスには、銀の魔女らしい気品を込めたい……だから、もっと……」


こまちは、魔女帽子の強化にも取りかかっていた。 たぬまりが預けた帽子は、少しくたびれていたが、形は美しい。星のかけらを縫い込むようにして、縁に魔力の糸を走らせる。


「帽子は、星の光を受けて輝くようにして……うん、これで完璧」


ドレスと帽子、そしてドーナツ。 魔女集会への準備は、着々と進んでいた。たぬまりがソワソワと配膳をしている間、夢見亭の奥では、二人の手によって魔女らしい華やかさと優しさが形になっていく。


それぞれの役割が、静かに、確かに、たぬまりの旅を支えていた。店内には甘い香りと魔力の気配が混ざり合い、魔女集会に向けた準備が着々と進んでいた。


そんな中、たぬまりはそっと裏口から抜け出した。 今日は誰に相談するでもなく、ふらりと出てきた。魔女帽子はこまちに預けてある。だから、少しだけ身軽だ。首元のチョーカー《スターリンク》が、衣の間で静かに光っている。


図鑑は呼べば出てくる。けれど今日は、何かを記録するでもなく、誰かに会うでもなく、ただ昼寝がしたいだけだった。


転移クリスタルを取り出し、目的地をノクティルカに設定する。 光が広がり、足元がふわりと浮く。次の瞬間、ハロウィンの街の喧騒が耳に飛び込んできた。


ノクティルカ。 尖塔とステンドグラスが並ぶゴシック調の街並みに、カボチャランタンが揺れている。通りには仮装した住人たちが行き交い、骸骨がケーキを売り、幽霊が郵便配達をしている。音楽が流れ、紙飾りが風に踊る。


「やっぱり、ここ好きだなぁ」


たぬまりは、通りを歩きながら、昼寝スポットを探すことにした。 地元の人に聞いてみるのが一番かもしれない。ちょうど目の前で踊っていた骸骨に声をかけてみた。


「すみません、静かで昼寝できる場所ってありますか?」


骸骨は、カスタネットを鳴らしながら答えた。


「墓場!オススメだよ!寝心地抜群!」


「……え?」


そう言って、また踊り始めてしまった。 たぬまりは、そっとその場を離れた。


「聞く相手、間違えたかも……」


もう少し生きてそうな人に聞こう。 墓場とか言わなそうな住人に。すぐそばに、見覚えのある菓子屋があったのでそちらへ足を向ける。


以前訪れたことのある、双子の店主が営むお店。 片方は魔女帽子、もう片方は包帯ぐるぐるのミイラ仮装だったはず……だったが、今日は二人とも仮装はしておらず、シンプルな服にポップでカラフルなエプロンをしていた。それはそれでいいな。


「こんにちは。ちょっと昼寝できる場所を探してて……静かで、あったかくて、寝転がれるようなところって、ありますか?」


双子は顔を見合わせて、同時に答えた。


「墓場!」


「えぇ……また墓場……?」


たぬまりは、絶望した。


「また人選を間違えたのか……」


けれど、双子は続けた。


「墓場って言っても、街はずれの広場みたいなところなんだよ。静かで、日当たりがよくて、芝生がふかふか!」


「猫がよく寝てるんだ。あそこ、ほんとに気持ちいいよ。怖くないし、誰も邪魔しないしね」


「ふーん?思ってたんと違ったな。……猫が寝てるなら、信じてみようか」


たぬまりは、双子にお礼を言って、案内された道を歩き始めた。 街の喧騒が少しずつ遠ざかり、風の音が耳に心地よく響く。チョーカーの宝石が、陽光を受けて微かにきらめいていた。


やがて、墓場の外れにある芝生の広場に辿り着いた。 確かに、静かだった。木々の間から陽光が差し込み、芝生は柔らかく、風が葉を揺らしている。遠くで鐘の音が鳴り、鳥の声が混ざる。


たぬまりは、そっと芝生に腰を下ろした。 背中を預けると、ふかふかの感触が体を包み込む。空は青く、雲はゆっくりと流れている。風が髪を撫で、まぶたの裏に光の残像が揺れる。


「おぉ……これは。寝ちゃおうかな」


呼吸がゆっくりと落ち着いていく。 図鑑は傍らに浮かび、静かに沈黙している。チョーカーの中のルルも、何も言わず、ただそこにいる。


しばらくすると、芝生の上に、影がひとつ増えた。 黒猫だった。たぬまりの足元に丸くなって、目を閉じる。


次に、白猫。 図鑑の隣に座って、毛づくろいを始める。


三匹目は、縞模様の猫。 たぬまりの腕のあたりに、そっと体を寄せてきた。


「……猫、来た……」


たぬまりは、目を閉じたまま、微笑んだ。 猫たちは、静かに丸くなっていく。芝生の上に、たぬまりと、三匹の猫。風が通り抜け、木々がささやく。空は広く、時間はゆっくりと流れていた。


夢見亭の喧騒も、魔女集会の準備も、今は遠い。 この瞬間だけは、誰にも邪魔されない。静かで、暖かくて、柔らかい。そんな場所が、たぬまりの心をそっと包んでいた。


良いところだ……良いところベスト3に入りそう。


そして、たぬまりは、猫たちと一緒に、静かに眠りについた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
そしてそれが悪夢の始まりであった…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ