#8 実家のような安心感
苔の上で目を覚ましたたぬまりは、しばらくぼんやりと空を見上げていた。
木陰の揺れる光が、まぶたの裏に残っている。風は涼しく、背中の苔はふわふわで、寝心地はそこそこ良かった。
「……そういえば」
ポーチの奥から、包み紙にくるまれたまかない弁当を取り出す。
姐さんが「余ったから持っていきな」と渡してくれたものだ。
包みを開いた瞬間、ふわりと香る出汁の匂いに、たぬまりの目が覚めきる。
炊き込みご飯には香茸と山菜がたっぷり混ざっていて、噛むたびにほくほくとした旨味が広がる。
だし巻き卵は玉露の風味がじんわり染みていて、口の中でとろけるようだった。
モフリ草を使ったサラダは、シャキシャキした水草と柑橘のドレッシングが爽やかで、コケリノの姿を思い出させる。
銀ひれ魚の甘露煮は皮がパリッとしていて、根菜の煮物と一緒に食べるとほっとする味。
そして最後に口に運んだ夢見ゼリーは、夜に咲く夢見花の蜜がほんのり甘く、食べるとMPが少し回復したような気がした。
ドリンクは、夢見亭でよく飲む月影ミルクティー。冷たくて、ほんのり甘くて、どこか懐かしい。
たぬまりは、満足げに息を吐いた。
「さすがのクオリティー。ごちそうさまでした」
隣ではコケリノがちょこんと座っていて、モクガルムはゆっくりと目を閉じたまま動かない。
たぬまりはふたりに向かって小さく手を振った。
「ありがと。またね」
モクガルムは鼻を鳴らし、コケリノは葉っぱ帽子を揺らして応える。
たぬまりは苔の背から降り、丘を下りて霧の街へと歩き出した。
霧が立ち込める谷間に、静かに佇む街。
水路が縦横に走り、石造りの橋がいくつも架かっている。
街灯は水晶でできていて、霧の中でも淡く光っていた。
建物は丸みを帯びた屋根と苔むした壁が特徴的で、水辺に浮かぶカフェや、霧の中にぼんやりと見える図書館が幻想的な雰囲気を醸している。
中央広場では、水音が響き、小型マモノが水路の中を泳いでいた。
街の奥には、転送クリスタルが静かに輝いている。
たぬまりはその前に立ち、クリスタルの表面を撫でる。
【転送クリスタル:起動完了】
【転送先:はじまりの街】
光に包まれ、たぬまりは懐かしい街へ戻ってきた。
石畳の道、風に揺れる花壇、遠くで鐘の音が鳴る。
夢見亭までの道は、少しだけ坂になっていて、途中には小さな噴水やベンチが並ぶ。
その途中——
「……あれ、ユメネコってこんな動きするんだっけ?」
店の前で丸くなって昼寝しているユメネコを見かけたたぬまりは、ふと足を止めた。
今まで何度も見ていたはずなのに、ちゃんと観察したことがなかった。
耳がふわふわと揺れ、尻尾は夢見花のようにゆっくりと呼吸している。
毛並みは月光を吸ったように淡く、目を閉じたままでも周囲の気配を感じているようだった。
たぬまりはそっと図鑑を開き、手をかざす。
【マモノ登録完了:《ユメネコ》】
■登録マモノ:ユメネコ
種族:夢猫
属性:夢/癒し
特徴:夢見花の香りをまとい、眠る者のそばに寄り添う。鳴き声にはMPを微回復させる効果がある。
生態:ユメノネ周辺に生息し、昼はお散歩してちょうど良い場所で眠り、夜は静かにまた街を巡る。
性格:気まぐれで自由気質。気に入った相手にはよく懐くが、干渉されすぎると離れていく。
弱点:強い光や騒音を嫌い、戦闘には向かない。夢属性の乱れにも敏感。
保有スキル:
《夢鳴き》:鳴き声によって周囲のMPを微回復させる。
《気配察知》:目を閉じたままでも周囲の気配を感じ取る。
《夢寄り添い》:眠る者のそばに寄り添い、安心感を与える。
コメント:夢見亭の癒し担当。
【経験値を獲得しました】
【レベルアップ! 現在のレベル:11】
「意外と周りが見えてなかったかも」
たぬまりはユメネコに軽く会釈すると、夢見亭の扉をそっと開けた。
店内にはあの香り——美味しい匂い、夢見亭の香り。
「ただいま」
たぬまりは実家のような安心感で頬が緩んだ。実際の実家は記憶の彼方に封印したので比喩表現だ。お気に入りのソファに座って、今回の冒険話を聞かせてやればきっとみんな驚く。
そんな様子を思い描いて、たぬまりの気持ちはふわふわ浮いていた。
賃貸アパートを実家と言ってもいいのか問題




