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メイドさんのマモノ図鑑  作者: 吉良 鈴
はじまりの大陸

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#78 報告

ユリウスの温室は、いつも通り静かだった。

薄いガラス越しに差し込む光が、植物の葉を透かして揺れている。空気には土と花の香りが混ざり、どこか懐かしい気配が漂っていた。


たぬまりは、図鑑を開いて素材を提出した。

グリムスパインの黒粉、エコーハウンドの粒子、スレッドワームの繊維。そして——第四波動体。夢境領域での長い旅の果てに、ようやく揃った素材たちが、ページの上で静かに光っていた。


ユリウスは、図鑑を覗き込んでしばらく黙っていた。

やがて、ふっと息を吐いて、目を細めた。


「……本当に、揃えたんだね。君は、やっぱりすごいよ」


たぬまりは、少しだけ照れくさそうに笑った。

「うん。ちょっと、長かったけど……でも、終わった」


「いや、これは“ちょっと”じゃない。第四波動体なんて、記録が曖昧すぎて、僕も半分諦めてたくらいだよ。君が見つけてくれて、本当に助かった……ようやくこれで……」


ユリウスは、素材の記録を丁寧に確認しながら、何度も「ありがとう」と言った。

その言葉が、たぬまりの胸にじんわりと染みていく。長いクエストの終わり。達成感と、少しの寂しさが混ざったような気持ちだった。


温室を出て、夢見亭への帰り道。

たぬまりは、図鑑のページをめくりながら、ふと一枚の招待状に目を留めた。


変化の魔女からもらったもの。

以前見たときは、「流星の魔女宛て」とだけ書かれていたはずだった。けれど、今は違う。


「銀の魔女 たぬまり様へ」


その文字が、柔らかな銀色で浮かび上がっていた。

さらに、差出人の欄には——


「変化の魔女 チェイ・ジーより」


前に見たときは、名前なんて書かれていなかった。

たぬまりは、図鑑を閉じて立ち止まった。風が髪を揺らし、空が少しだけ広く見えた。


距離が、少し近づいたのかもしれない。

彼女は知っているのか分からないけど、たぬまりはたくさん助けてもらった。だから、甘い星を用意しておかないと。お礼の気持ちを、ちゃんと形にしないと。


夢見亭に戻ると、店内はいつも通りの穏やかさだった。

棚の精霊たちは丸くなって眠り、こまちがカウンターで湯を沸かしている。ツバキは、帳簿を片手に何かを計算していた。


「ただいまー」


たぬまりが声をかけると、二人が顔を上げた。


「おかえり、たぬまりちゃん。ユリウスさんのとこ、どうだった?」


「うん、すごく感謝された。素材、全部揃ったよ」


「おお、それはすごい!長かったもんなぁ」


ツバキが、帳簿を閉じて立ち上がる。

たぬまりは、図鑑を開いて招待状を見せた。


「それでね、魔女集会の招待状。前は“流星の魔女宛て”だったんだけど、今見たら“銀の魔女 たぬまり”って書いてあるの」


「銀の魔女……?」


こまちが、目を丸くする。

「それって、称号が変わったってこと?」


「うん。たぶん、ドタバタしててアナウンス見逃したんだけど、流星の魔女から銀の魔女に変わってるみたい」


「なんだかすごいね!魔女集会に行くなら、ちゃんと準備しなきゃね!」


こまちが、急に張り切り始めた。

「魔女らしいドレス、用意するよ!美少女のたぬまりちゃんが、魔女のお茶会に行くのに、魔女衣装じゃないなんて許せないから!」


「え、いや、そんな……こまち……こまちさん?あの、散々お世話になってるし、さすがに……」


「遠慮は却下!これは私の気持ちだから!」


こまちは、すでに布地の見本を取り出していた。

ツバキは、笑いながら星の在庫を確認している。


「この間、たぬまりが星をたくさん採ってきたから、新たに取りに行かなくてもいいぞ。」


「星いっぱいあるなら帽子も強化しておこうね?」


「あはは……お願い。魔女帽子、ちょっとくたびれてきたし」


星を献上して、ドーナツを頼んで、衣装の準備をして——

やることはたくさんある。けれど、たぬまり自身の手元には、もう何もなかった。


「……なんか、やることなくなっちゃった」


ソワソワする。

魔女のお茶会が楽しみすぎて、落ち着かない。図鑑を開いても、素材欄は空白。クエストも完了。手持ち無沙汰で、指先がうずうずする。


「じゃあ、配膳でもやるか?」


ツバキが、ニヤリと笑った。

「たぬまりがゲーム内の夢見亭で働くなんて、珍しいぞ~みんな見ていけ。」


「ふふん!現実ではテキパキやってるから、手慣れたもんよ」


「じゃあ、頼んだぞ!」


たぬまりは、エプロンをつけてカウンターに立った。

こまちが淹れたハーブティーを受け取り、常連たちの席へと運ぶ。カップの湯気が、ふわりと揺れる。棚の精霊たちが、目を細めて見守っている。


「淹れたての紅茶、どうぞ」


「お、たぬまりちゃんが配膳?レアだな!」


「魔女のお茶会が楽しみすぎて、仕事でもして気をそらしてるんだって」


「なるほど、ソワソワ対策か」


笑い声が、店内に広がる。

たぬまりは、カウンターに戻って、次のカップを受け取る。手は自然に動く。けれど、心は、少しだけ浮いていた。


魔女のお茶会。

銀の魔女としての初めての集まり。変化の魔女——チェイ・ジーとの再会。甘い星と、ミルキーウェイドーナツ。こまちのドレスと魔女帽子の強化。


やることは、まだまだある。

けれど今は、夢見亭の午後の光の中で、少しだけソワソワしながら、お茶を運ぶ時間が心地よかった。

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― 新着の感想 ―
銀の魔女なら銀に近い白なアルビノ的魔女衣装が合いそう 全身真っ白に目だけが真っ赤な感じが好きだね
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