#70 ユニークスキル
二日目の夜。
夢見亭の拠点に戻ったたぬまりは、思わず足を止めた。そこには、見慣れない家が建っていた。ヤシの葉で編まれた屋根、しっかりした木の壁、布のカーテンが風に揺れている。まるで誰かがここで暮らしているような、そんな温もりがあった。
「えっ、家……建ってる……?」
焚き火の前では、ツバキが夕食の支度をしていた。
鍋からはスパイスの香りが漂い、こまちはくま精霊と一緒にアクセサリーらしきものを作っている。遠征組は武器の整備に余念がなく、刃を磨いたり、柄を調整したりしていた。
「どこであんな立派な武器を……」
たぬまりが近づくと、みんなが一斉に振り返った。
そして、何も言わずに輪を作り、その中心にたぬまりを座らせた。
「それで?たぬまり、何かいうことないか?」
ツバキが腕を組んで問いかける。
こまちはにこにこしているが、目が笑っていない。ひがちーは無言で火をつついている。モモはスープをかき混ぜながら、ちらちらと視線を送ってくる。
「はわわ!やってません!……あ、いや、ノリで否定したけどほんとはやりました!」
たぬまりは、両手を挙げて白状した。
祠を踏んだこと、光が漏れたこと、そしてボスマモノが出現する通知が出たことを話す。
「……まあ、前回はイベント最終日の本当に終わる直前くらいにボスと対峙したから、準備もできず、対策もできないで負けるか、時間切れになるか、って感じだったし」
ひがちーがぽつりと言うと、みんなが頷いた。
今回は、まだ時間がある。あちこちのクランで連絡を取り合って、明日の朝からボスに挑戦することになったのだと教えてもらった。
「たぬまりに出来る準備、何かある?」
こまちの言葉に、たぬまりは考え込む。
そのとき、こまちのくま精霊がアクセサリーを完成させて、こまちの肩にちょこんと乗った。
「……あっ、そうだ。たぬまりのマモノ図鑑もユニークスキルだった!」
本当に今更だが、呼べば出てくるマモノ図鑑くん。
たぬまりが手をかざすと、空間が揺れ、図鑑が現れた。分厚くて、表紙には金の装飾が施されている。二日間、お手製の石斧を持って島中を走り回っていた蛮族——いや、暴走族だったので、この文明と叡智の詰まった図鑑が眩しく感じる。
「おお、なんと懐かしい……」
マモノ図鑑は、忘れていたたぬまりを責めるようにぐるぐる回ったり、体当たりしてきたりしている。
「おお、よしよし。静まり給え」
度々感じていたが、こいつ……なんか意思を持ってない?
ガタガタ暴れる図鑑を押さえつけて、ページをめくる。ボス戦に使えそうな力、今のたぬまりに支障のよさそうなマモノスキルは——
「……これだ」
ページをそっと閉じる。
何を使うかは、明日になってから考えよう。今は、焚き火の温もりと、仲間たちの笑い声に包まれていたい。
そして翌朝。
島の空は、重く曇っていた。遠くで雷が鳴り、風が湿っている。ジャングルの木々がざわめき、海が不穏な波を立てている。
そして——
島の中央、火山の麓に、巨大な影が現れた。
黒い鱗に覆われた体躯。背中には溶岩のような赤い筋が走り、目は燃えるような金色。四足で立ち、尾は地面を薙ぎ払うほど長い。口を開けば、熱風が吹き出し、空気が震える。
「……でかっ」
たぬまりは、木陰からその姿を見ていた。
まるで映画に出てくるような、街の平和を脅かす怪獣。島の景色が一変していた。火山は赤く染まり、空には灰が舞っている。地面は割れ、溶岩が滲み出している。
「これが……ボスマモノ……」
夢見亭クランのメンバーは、すでに布陣を整えていた。
ツバキ、サキは前衛、モモは中距離攻撃、ひがちーは二匹の狼を召喚しつつ、自身も攻撃する遊撃。こまちは精霊と連携して後方から補助。たぬまりは、少し離れた位置から、マモノ図鑑を開いた。
「イルカレイド、いけるよね」
ページが光り、風が巻き起こる。
たぬまりの呼びかけに応じて、イルカマモノの幻影が現れた。流線型の体が空を泳ぎ、陽気な鳴き声を響かせる。
「《群れの鼓動》!」
イルカレイドが空中で一回転すると、仲間たちの足元に風の輪が広がる。
ツバキの動きが軽くなり、ひがちーの矢が風を切る。モモの魔法が素早く展開され、こまちの精霊たちも一斉に跳ねた。
「遊撃でいいって言われたし……好きにやるか」
たぬまりは、空駆けスキルを発動し、空中へと跳び上がった。
風を切って、ボスマモノの周囲を旋回する。マモノの動きを観察し、隙を見て突撃する。イルカレイドの《突風泳》を模した動きで、たぬまりは空を駆けた。
「よし、爆走開始!」
突撃。衝撃。爆風。
たぬまりは、島の空を切り裂くように走り抜けた。ボスマモノが咆哮し、地面が揺れる。けれど、たぬまりは止まらない。
「ふふ……ふははははは!!」
爆走魔女、再び。
マモノ図鑑の力を借りてさらに凶悪になったイベント限定たぬまりが暴れまわる。
ボスマモノにとっての悪夢が始まった。




