#68 またなんかやっちゃいました?
一日目の夜。 夢見亭のメイドさんたちは、焚き火を囲んで夕食の準備を始めていた。メイドさんと言っても現在は全員初期装備のため、従業員と言った方がいいかもしれない。浜辺に設営されたキャンプ地には、香ばしい匂いが漂い始めている。焼き魚、スパイスの効いた野菜炒め、炊きたてのごはん。どれもゲームとは思えないほどリアルで、食欲をそそる。
「たぬまりちゃんもそろそろ戻ってきてー!」
こまちが手を振って呼びかける。 けれど、たぬまりはまだ走っていた。島の端から端まで、スキルを活かして駆け回っている。夕食の時間?もちろん楽しみ。でも、ギリギリまで走りたい。だって、走るのが楽しいから。
そのときだった。 画面に、見慣れない通知が表示された。
【イベントアイテム「風紋の羽根」を発見しました】 →専用スキル抽選を開始します
「おっ、新しいの来た!」
スキル抽選が始まり、三つの選択肢が表示される。 その中に、ひときわ目を引くものがあった。
・空駆けの軌跡(短時間、空中を移動可能)
「……これ、空飛べるやつ!?」
たぬまりは、迷わず選択した。 スキルが発動すると、足元に淡い光が広がり、身体がふわりと浮き上がる。地面から数メートル。風に乗るように、滑るように移動できる。
「すご……これ、箒なくても飛べるじゃん」
たぬまりは、空を見上げた。 夕暮れの空は、群青に染まり始めている。もうすぐ星が輝き出す。そう、星。流星の魔女であるたぬまりにとって、星を採るのは専売特許。箒がないから無理だと思っていたけれど、これなら行ける。
「星、採りに行こ」
キャンプ地に戻ると、みんなが夕食を囲んでいた。 たぬまりも席につき、焼き魚をほぐしながら、こまちの作ったスープを啜る。ツバキが炊いたごはんはふっくらしていて、ひがちーが焼いた野菜は香ばしい。
「うま……」
満足げに頷きながら、たぬまりは空を見上げた。 星が、瞬いている。ゲームの空とは思えないほど、リアルな星々。流星がひとつ、尾を引いて流れていく。
「行ってくる」
たぬまりは、空駆けスキルを発動した。 身体がふわりと浮き、星の近くへと向かっていく。空中には、光る粒が漂っていた。近づいて手を伸ばすと——
【イベントアイテム「星のかけら」を発見しました】 →専用スキル抽選を開始します
「やっぱり、星はたぬまりのものだね」
その夜、たぬまりは空を駆けながら、星を採りまくった。 誰もいない空の上。静かで、広くて、自由。採った星のかけらからは、走行中のスキルや空中移動強化スキルが次々と出てきた。ポイントも爆速で加算されていく。
「ふふ……ふははははは!!」
たぬまりは、夜空を爆走した。 そして、満足したところでキャンプ地に戻り、ふかふかの寝袋に潜り込んだ。
二日目の朝——いや、昼。 たぬまりは、ぐっすり寝ていた。爆走と星採りの疲れがどっと出たらしく、起きたのは昼過ぎだった。
「おはよー……って、誰もいない」
みんなはすでに行動を開始していた。 たぬまりも、のそのそと起き上がり、再び走り始める。イベントアイテムはだいぶ減っていて見つからないのでスキルを増やすのは難しい。けれど、走るだけでもポイントは稼げる。
「よし、今日も轢き逃げでいこう」
マモノが現れれば、突撃して吹き飛ばす。 走行中の撃破ボーナスは健在で、ポイントは順調に加算されていく。けれど、走っているうちに、たぬまりはふと気づいた。
「……ここ、どこ?」
ジャングルの中で、迷子になっていた。 何週も島を駆け巡って、見ていない場所はないと思っていたのに。木々の間を抜けても、見覚えのある景色が出てこない。
「うーん……」
足を止めて、キョロキョロする。 すると、木々の奥に、石造りの建物が見えた。苔むした壁、崩れかけた柱。遺跡っぽい。たぬまりは、そっと近づいた。
建物の中は、ひんやりしていた。 石の床を踏みしめながら進んでいくと、小さな祭壇のような場所に出た。円形の台座があり、その上に何かが置かれている。
「……これって」
近づくと、画面に通知が表示された。
【専用イベント「封じられた祠」を発見しました】 →踏みますか?
「……踏むって、物騒な言い方だな」
たぬまりは、少しだけ躊躇した。 けれど、みんなが「専用イベントを“踏んで”~」と言っていたのは、こういうことなんじゃないかな?
「よし、踏む!」
台座に足を乗せた瞬間、空気が変わった。 風が止み、鳥の声が消える。ジャングルのざわめきが、まるで息を潜めたように静まり返る。画面が一瞬暗転し、次の瞬間、祠の奥から淡い光が漏れ始めた。
【封印が解除されました】 →最終日のボスマモノが出現可能になりました
「……えっ、ボス……出るの?」
たぬまりは、思わず声に出していた。 祠の光が静かに揺れている。誰かがやるんだろうと思っていた。みんなが「専用イベントを踏む」と言っていたのも、なんとなく聞き流していた。けれど、今、こうして自分が踏んでしまった。
「……うわ、やっちゃったかも」
少しだけ、背筋がぞくりとした。 最終日。ボスマモノ。どんなのが出るんだろう。強いのかな。怖いのかな。みんなで倒せるのかな。いや、そもそも——
「たぬまりが呼んじゃったんだよね……」
誰かに報告するべきか、黙っておくべきか。 でも、きっとみんな気づく。だったら、ちゃんと向き合おう。祠の光を背に、たぬまりはそっと息を吐いた。
「……ちょっとタイミングはやいのかな?やっぱりやっちゃったかも」
そう言って、ジャングルの空を見上げた。 星はまだ見えない。けれど、風がまた吹き始めていた。明日は、きっと忙しくなる。でも、今はまだ静かな夜の中。
たぬまりは、ゆっくりと祠を後にした。 足音が、石の床に優しく響いていた。




