#65 最後のひとり
※現実メインのお話
雷鳴が轟き、窓のガラスが震えた。
雨は容赦なく打ちつけ、館の外壁を叩く音が絶え間なく響いている。たぬまりは、暗闇の中で身をすくめていた。ろうそくの火が消えてから、部屋は完全な闇に包まれている。目を凝らしても何も見えず、耳を澄ませても雨と風の音ばかり。けれど、さすがに喋れば分かるはずだ。隣にいたはずのスタッフと、もう一人のスタッフ。彼女らの気配が、感じられない。
「……ねぇ、居る?」
声を絞り出すように問いかける。
返事はない。雷鳴がまたひとつ、空を裂いた。
たぬまりは、そっと手を伸ばした。
闇の中を手探りで、隣にいたはずの人を探す。指先が床を這い、冷たい空気を切る。そして、何かに触れた。
ひんやりとした、それは……人の足だった。
「……っ!」
たぬまりは息を呑み、反射的に後ずさった。背中が壁にぶつかり、肩が跳ねる。
「うそ……でしょ……!?なんでこんな……」
声は震え、喉が乾いていく。
暗闇の中、何が起きたのか分からない。ただ、そこに人が倒れている。動かない。返事もない。まさか、まさか。
たぬまりは、膝を抱えて座り込んだ。
心臓の音が耳に響く。冷たい床の感触が、現実味を帯びてくる。さっきまで、みんなで笑っていた。花火をして、スイカを冷やして、夏を楽しんでいた。なのに、どうして。
ふと、頭の中に、あの歌がよみがえった。
ひとり とびだす 嵐のなかへ
波が呼んだか 風がさらったか
四人 雷鳴 ひかりのあとに
声も姿も 見えなくなった
ふたり こもって 部屋の奥
扉は開かず 返事もないまま
のこるは 三人 息をひそめて
だれが だれと ここにいる?
ぞっとした。
まるで、歌の通りになっている。最初に飛び出した男。次に、雷鳴のあとに消えた大学生たち。そして、今。部屋にこもっていた二人が、返事をしない。
「……そんな、わけ……」
言葉にならない。
たぬまりは、震える手で壁を伝いながら立ち上がった。何か、確かめなければ。誰か、助けを呼ばなければ。
そのとき、パッと明かりが戻った。
館の電灯が一斉に灯り、部屋が明るくなる。たぬまりは目を細めながら、倒れている二人を見た。
「やっぱり……二人は……」
悲しみが胸を締めつける。
けれど、よく見ると、彼らの胸が上下していた。呼吸している。目を閉じて、静かに眠っているだけだった。
「……寝てるの!?」
たぬまりは、力が抜けるのを感じた。
膝が笑い、床にへたり込む。なんだったの、さっきの恐怖は。心配を返してほしい。
ふと、視線をホールの隅に向ける。
そこにあったはずのイノシシの死骸が、消えていた。けれど、床には引きずったような跡が残っている。血と泥が混ざった線が、老夫婦が消えた部屋へと続いていた。
たぬまりは、そっとその跡を辿った。
扉の向こうには、地下へ続く階段があった。石造りの階段は、湿っていて冷たい。足音が響くたび、空気が重くなる。
階段を降りると、また扉があった。
たぬまりは、深呼吸をしてから、そっと扉を開けた。
そこには、老夫婦と、最初に飛び出した男がいた。
彼らは、イノシシの解体を終え、椅子に座って寛いでいた。湯気の立つ鍋があり、香ばしい匂いが漂っている。
「……え?」
男がたぬまりに気づき、にこりと笑った。
「食糧不足、心配だったからさ。嵐の中、狩ってきたんだよ」
それ、マジで言ってる? クレイジーすぎるだろ。
たぬまりは、言葉を失った。老夫婦は、ジビエにも慣れているらしく、「美味しくしますよ」と張り切っている。
「……もう、なんなの……」
どっと疲れが押し寄せた。
たぬまりは、無言で階段を上がり、スタッフのいる部屋へ戻った。
すると、ワイワイと騒ぎながら、大学生の4人組が戻ってきた。
「なんか向こうの部屋に行ったら懐中電灯つかなくなっちゃってさー焦ったよねー」
「電池、新しいのに!なんで消えたんだろ?」
たぬまりは、呆れたように彼らを見た。
そのうち、スタッフも「疲れてウトウトしてたら寝ちゃってた」と起き上がり、全員が無事であることが分かった。
「心配、返してほしい……」
そう思ったが、今晩は美味しいごはんをいただき、館のふかふかベッドで眠ることになったから、もういいや。海の家の様子も気になるし、今日は早く寝よう。全く。みんなして驚かせやがって。
ベッドに潜り込み、たぬまりは目を閉じた。
けれど、ふと、大学生の言葉を思い出す。
「電池も変えたばっかりで新しい」
「懐中電灯は壊れていなかった」
なのに、どうして消えた? たぬまりは、あのわらべ歌のことを思い出した。
「もう、あの歌も、怖がらせるために誰かが歌ったんじゃないの?」
そう言ったとき、部屋にいた誰もが首を傾げた。
「え?何の話?」
「わらべ歌って……?」
誰も、そんな歌を聞いていないと言った。 本当に不思議そうで、演技には見えなかった。
じゃあ、あれは誰が歌ったの?
たぬまりは、ゾッとして布団をかけ直そうとした。
そのとき——
雷が窓を照らし、室内に何かの影が映し出される。
壁に揺れる影は、ひとり、ふたり、さんにん……
よにん、ご、ろく、なな、はち……
……きゅう。
最後のひとりは——だあれ?
現実メインのお話終わり!次回からゲームしようね




