#59 寄り道の日
#59 寄り道の日
ゲームをしていると、だいたいは一人で自由に動ける。けれど、たまにNPCが同行するイベントがある。そういうとき、イベントの目的地に向かわず、NPCを連れて寄り道したくなることがある。ちょっと回復したいから街に戻ったり、普段行かない場所に連れて行ったり。今のたぬまりが、まさしくそれだった。
どこかへ移動しようとしている気配を感じ取ったネズミが、首を傾げてたぬまりを見上げる。
たぬまりは、海辺から視線を外し、ネズミに向かって言った。
「ちょっとツバキさんに魚渡したり、こまちに網もらったりするから拠点に行くよ」
ネズミは尻尾を揺らしながら、「夜まで時間あるし、いいでチュ」と答えた。
たぬまりはポーチからマモノ図鑑を取り出し、表紙の銀の鍵穴に小さな鍵を差し込む。ページがふわりと開き、目的地の選択画面が浮かび上がる。
「目的地……拠点……夢見亭。よし」
肩にネズミを乗せたまま、たぬまりは眩い光に瞼を閉じた。
ふわりと浮いたような感覚のあと、再び瞼を持ち上げると、柔らかな光に包まれた夢見亭の玄関が広がっていた。
扉が開き、こまちが顔を出す。
「おかえり、たぬまりちゃん。あれ?その肩のアクセサリどうしたの?かわいいね」
「あ!こんにちは!初めましてでチュ!」
ネズミがぴょんと動き、前足を揃えてぺこりと頭を下げる。
こまちは驚いて尻もちをついたが、たぬまりはすぐに声をかける。
「網できた?どう?」
こまちは立ち上がり、棚の奥から何かを取り出した。
「毛糸に星で染色することはできたんだけどね。他の素材に干渉しないっていうか、通り抜けちゃうっていうか……上手くいかなかったの。今あるのは網部分だけ。漁師さんみたいに使って」
差し出されたのは、思ったよりも大きな漁網のようなものだった。編み目は細かく、手触りは柔らかい。けれど、しっかりとした重みがある。
「……思ってた以上にがさーっといけそうな感じになってる」
たぬまりは網を抱えながら笑った。
「こんなに大きいの作るの、大変だっただろうに。ありがとう」
こまちは少し照れたように頷いた。
次はツバキさんにお土産だ。厨房の方へ向かいながら、たぬまりは声をかける。
「お魚取ってきたよ~」
鍋の火を止めて、ツバキが顔を出す。やはり料理中だったようだ。
「たぬまり、よく食材取ってきてくれるようになって助かってるぞ。どれどれ、どんな魚が……ヒィ!」
ツバキは、たぬまりの肩に乗っているネズミと目が合った瞬間、後ずさりした。
「おい、それ……ネズミか?」
ネズミが「こんにちわでチュ」と挨拶すると、ツバキは即座に叫んだ。
「ネズミは立ち入り禁止だー!」
たぬまり達はあっという間に追い出されてしまった。料理人にとって、ネズミは天敵だったらしい。
「そっか。飲食店だもんね。気がまわらなかった」
たぬまりはネズミを抱えて歩き出す。ネズミは少ししょんぼりしていたが、すぐに尻尾をくるんと巻いて元気を取り戻した。
「どこ行けばいい?」
ネズミは胸を張って答える。
「星が近くに見える丘があるでチュ。夜になると、空がぴかーって光って、星が手に届きそうになるでチュ」
たぬまりは目を輝かせた。
「じゃあ、そこに行ってみようかな」
夢見亭の裏手を抜けて、草原を越えた先にあるその場所は、広くて風通しがよく、空が大きく開けていた。たぬまりは初めて訪れる場所だった。空が近い。
「……すごい。こんな場所があったんだ」
たぬまりは網を脇に置いて、草の上に寝転がった。ネズミも隣にちょこんと座り、空を見上げる。
風が頬を撫で、草がさわさわと揺れる。空はまだ淡い青だが、少しずつ色が深くなっていく。
「ねぇ、星って、どんな味がすると思う?」
ネズミは前足をぱたぱたと動かしながら考え込む。
「きらきらしてるから、お砂糖みたいに甘そうでチュ!キラキラのあまあま~でチュ!」
「うちの厨房で見たツバキさんって人がそんな星のかけらがトッピングされたドーナツ作ってたなぁ。」
「ホントでチュか!?」
「ほんとだよ。だから今度食べさせてあげる。」
たぬまりはくすくすと笑った。
空が藍色に染まり始め、星がひとつ、またひとつと姿を現す。
網に手を伸ばしかけて、たぬまりはふと動きを止めた。
「……もう少しだけ、眺めていたいかも」
ネズミは肩の上で小さく頷いた。
星は静かに瞬いていた。風は穏やかで、草の音だけが耳に届く。
たぬまりは瞼を半分だけ閉じて、星の光を静かに見つめていた。 肩の上ではネズミが、前足を揃えてじっと空を見上げている。ふたりの間に言葉はなく、ただ風と星の音だけが流れていた。
空には、青白い星、金色の星、赤く燃えるような星が、まるで呼吸するように光っていた。 ひとつひとつが違う色を持ち、違う速さで瞬いている。どれも、空の中で自分の居場所を見つけているようだった。
今はまだ、もう少しだけ。ただ眺めていたい。
星々は、静かに瞬きながら、たぬまりたちの頭上を流れていく。 夜は深まり、空はさらに広がっていく。風は優しく、草原は静かに揺れていた。
寄り道しすぎてメインストーリーを忘れるゲームもあります。




