#53 調査依頼
夢見亭の午後は、いつもより静かだった。
たぬまりはカウンターの端に腰掛けて、マモノ図鑑のページをめくっていた。精霊たちは布の上で昼寝中。厨房からは、ツバキが食材を切る音がリズミカルに響いている。
「たぬまりさん」
声に顔を上げると、店長の秘書NPCがすっと立っていた。
「マモノ図鑑、30種類達成されましたよね?」
「……えっ」
たぬまりは図鑑を見下ろし、ページの端に小さく表示された“登録数:30”の文字にギクリとした。
「うそ、もうそんなに……? いや、うん、そうだったかも……」
「記録は正確です。ところで、以前お話しした私の親戚——マモノ素材の研究者が、ぜひあなたに会いたいと申しておりまして」
「え、私に?」
「はい。あなたの図鑑の記録に、強く興味を持っているようです」
たぬまりは図鑑を閉じ、少しだけ背筋を伸ばした。
「……なんか、急に真面目な話になってきた」
「ご安心ください。場所はユメノネの貴族街にある屋敷です。案内は手配済みですので、準備が整い次第お向かいください」
ユメノネの貴族街は、夢見亭とはまるで空気が違った。
石畳は磨かれ、街路樹は均整の取れた形に剪定されている。屋敷の門には紋章が刻まれ、通りすがる人々の衣装もどこか格式を感じさせた。
たぬまりは、少しだけ緊張しながら門をくぐった。
執事らしきNPCがすぐに現れ、無言で一礼すると、屋敷の奥へと案内してくれる。
辿り着いたのは、ガラス張りの温室だった。
中は湿度が高く、空気に植物の香りが混ざっている。棚には奇妙な形の草花が並んでいたが、たぬまりの目は中央のテーブルセットに向いた。
そこに座っていたのは、白衣姿の男だった。
背は高く、黒髪は寝癖のまま伸び放題。無造作に生えたヒゲが顎を覆い、肌は紙のように白い。目の下には深いクマが刻まれていて、まるで夜を何度も越えてきたような顔だった。
「……たぬまりさん、ですね」
声は気だるげだった。けれど、目は鋭く、どこか熱を帯びていた。
「はい。えっと……お邪魔してます」
「来てくれて助かる。僕はユリウス。マモノ素材の研究をしてる」
ユリウスは椅子に深く沈みながら、指先で机をとんとんと叩いた。
「君の図鑑、見せてもらった。なかなか面白い。余計な飾りがない。ありのままを記録してる。素材の性質を探るには、そういう視点が重要なんだ」
たぬまりは、少しだけ照れくさそうに笑った。
「なんか、褒められてる……?」
「褒めてるよ。だから、お願いがある」
ユリウスは、机の上に並べられた瓶のひとつを指差した。
中には、黒い粉のようなものが入っていた。ラベルには「未解析」と書かれている。
「この素材、ある病気の治療に使えるかもしれない。さる尊きお方の病気だ。詳しくは言えないけど、君なら、素材の出所を突き止められるかもしれない」
「……出所?」
「うん。この粉、あるマモノの体表から採取されたものらしい。けれど、どのマモノかは不明。記録が曖昧でね」
ユリウスは、棚の奥からメモを取り出した。
そこには、候補となるマモノの名前と出現地域が書かれていた。
「この三匹のうち、どれかが素材の出所だと思われる。君に、現地で確認してきてほしい」
たぬまりは、メモを受け取りながら、少しだけ肩をすくめた。
そっとメニューを開くと、クエスト欄の一番上に新しい項目が追加されていた。
【依頼:ユリウスの素材調査】
対象マモノ:
・グリムスパイン(夜行性・骨格変異)
・エコーハウンド(音波感知型)
・スレッドワーム(繊維状体皮)
報酬:未定(研究成果に応じて)
クエスト項目は他にもクエストを表示していて、全てNew!のマークがついていて、とても気になる。
こう見えてたぬまりは、メールやチャットの新着通知は全て確認して未読を無くさないと気が済まないタイプだ。
……その内やってみよう。
たぬまりは、メモをポケットにしまいながら、温室の空気を吸い込んだ。
「じゃあ、行ってきます。素材、ちゃんと見てくるね」
「助かる。君みたいな人が、現地で拾ってくれると、僕はここで考えるだけで済む」
ユリウスは、ふっと笑った。
たぬまりは、棚の瓶を一瞥しながら、立ち上がった。
「……現地で拾う係、がんばります」




