#52 おやつ争奪戦!ツバキVSくま精霊
「ただいまー……って、なにこの匂い~」
夢見亭の扉を開けた瞬間、たぬまりは鼻をくすぐる甘い香りに足を止めた。
バターと砂糖が混ざったような、甘い香り。厨房の奥から、湯気とともに漂ってくる。
「ツバキさん、何作ってるの?」
「ミルキーウェイドーナツだ。新作だぞ。触るなよ」
厨房から顔を出したツバキは、いつも通りの無愛想な表情。けれど、目元はほんのり誇らしげだった。
カウンターには、金色に揚がったドーナツが並んでいる。表面には無数の星のかけらのような砂糖がトッピングされており、時折きらりと光る。
「うわ、見た目もすご……」
たぬまりが近づこうとしたその瞬間——
布の隙間から、ふわふわしたくま型の精霊たちがぞろぞろと現れた。
針や糸を抱えたまま、厨房へと突入する。
「待てコラ!厨房は戦場だって言ったろ!」
ツバキが鍋を構え、迎撃態勢に入る。鍋は魔力を帯びて浮かび上がり、精霊たちを追いかけ始めた。
精霊たちは、カウンターの下に布を広げて陣地を築く。編み棒と布で旗を作って掲げ、ぴょこぴょこと跳ねながら、ドーナツを狙ってじりじりと前進してくる。
「こまちー!精霊たちが暴走してるよ!」
「えっ!?ごめんなさい!でも、ドーナツ美味しそうで……!」
こまちは慌てて店の奥から飛び出してきた。エプロンの裾を引っ張る精霊を抱き上げながら、ツバキに頭を下げる。
「ツバキさん、ほんとにごめんなさい!でも、あの、ちょっとだけ……」
「ダメだ。これは試作品だ。客に出す前に味見されてたまるか」
精霊たちは、布を盾にして鍋の攻撃をかわしながら、針で鍋の持ち手を引っかけて足止めを試みる。
一体はドーナツの皿に忍び寄り、そっと前足を伸ばすが——
「こら、触るな!」
ツバキの包丁がカウンターに突き刺さり、精霊はびくっと跳ねて後退。
そのまま布の中に潜り込み、仲間と一緒に作戦会議を始めるように、針を振り回してジェスチャーを繰り返す。
「おいおい……なんでこんなことに」
店長が奥から顔を出し、状況を見てため息をついた。
「おやつは平和に食えって言ってるだろ……誰も聞いてないけど」
たぬまりは、精霊たちとツバキの間に立ち、両手を広げた。
「よし、じゃんけんで決めよう!」
「は?」
「精霊代表、ツバキさん、私が審判。勝ったら一個だけ味見OK。負けたら厨房立ち入り禁止」
精霊たちはざわざわと集まり、針を振って「参加する」アピール。ツバキは腕を組んで睨んだ。
「……まあ、たぬまりが言うなら。」
たぬまりは深呼吸して、手を上げた。
「いくよー!じゃんけん——ぽん!」
ツバキ:パー
精霊代表:チョキ(裁ちばさみを立てる)
「勝ったー!……って、裁ちばさみでチョキってアリなの?」
精霊たちはぴょんぴょん跳ねながら、カウンターへと駆け寄る。
ツバキは鍋を下ろしてため息をついた。
「一個だけだぞ。味見したらすぐ戻れ」
精霊たちはドーナツを囲み、ちょこちょこと分け合いながら食べ始めた。
目を細めて、ふわふわと揺れながら、満足げに布の上で転がる。
こまちは、精霊たちの様子を見てほっとしたように笑った。
「ツバキさん、ありがとうございます。精霊たち、すごく喜んでます」
「……まあ、たぬまりが帰ってきたし、今日は特別だ」
ツバキは厨房に戻り、次のドーナツを揚げ始めた。鍋は静かに火の上に戻り、魔力の光がまたふわりと揺れた。
たぬまりは、精霊たちの間に座りながら、ひとつドーナツを手に取った。
「ただいま、夢見亭」




