#50 迷い猫
「ミミ、あっちに行ってみようか」
たぬまりは肩に乗った黒猫に声をかけながら、パンプキン通りを歩いていた。
通りはさらに賑わいを増していて、仮装した住人たちが笑い声を響かせている。カボチャの太鼓がリズムを刻み、空には紙製のコウモリがふわふわと舞っていた。
「お姉さん、ミミとペア仮装なの?かわいい!」
「ありがと。ミミが選んだんだよ、たぶん」
たぬまりは笑って答えながら、菓子屋の前で足を止めた。店先には、カボチャ型のクッキーや、黒猫の形をしたマシュマロが並んでいる。
「いらっしゃい!ミミちゃん、久しぶり!」
店主の双子は、そろってたぬまりに手を振った。片方は魔女帽子、もう片方は包帯ぐるぐるのミイラ仮装。
「ミミ、ここのクッキー好きだったよね。ほら、これ」
魔女帽子のほうが、黒猫型のクッキーを差し出すと、ミミは鼻先をくんくんと動かしてから、ふにゃっと鳴いた。
「……なんか、思い出した?」
たぬまりが尋ねると、ミミはしばらくクッキーを見つめたあと、店の奥をじっと見つめた。
「奥に……何かあるの?」
双子が顔を見合わせた。
「うん、昔使ってた棚があるんだけど、ミミちゃんがよく寝てた場所なんだ」
「今は物置になっちゃってるけど、見てみる?」
たぬまりは頷き、ミミを抱えて店の奥へと進んだ。
物置には、古い木製の棚があり、隅には小さな毛布が敷かれていた。ミミは棚の前でぴたりと止まり、毛布の上にそっと前足を乗せた。
「……ここ、覚えてるんだね」
たぬまりはしゃがみ込み、ミミの背を撫でた。猫は目を細め、静かに喉を鳴らした。
「この棚、ミミちゃんの“主”がよくお菓子を買ってくれてたんだよ」
双子の一人がぽつりと呟いた。
「主って……魔法使い?」
「うん。名前は……えっと……」
もう一人が首を傾げる。
「なんか、長くて、ちょっと変わった名前だった気がする。ミミちゃんが呼ぶときは、もっと短くて可愛かったけど」
たぬまりは、棚の上に置かれた古い瓶を手に取った。ラベルには、かすれた文字が残っている。
「“ルミエル”……?」
ミミがぴくりと反応した。耳が動き、瞳がたぬまりを見つめる。
「……ルミエル。それが、ミミの本当の名前?」
猫は、ふにゃっと鳴いた。けれど、どこか違うような気もした。たぬまりは瓶を棚に戻し、立ち上がった。
「まだ、全部じゃないんだね」
双子は頷いた。
「でも、きっと近いと思う。ミミちゃん、少しずつ思い出してるんだよ」
店を出ると、通りは夕暮れの色に染まり始めていた。
空には星型のランタンが灯り、音楽は少しだけ落ち着いた調子になっていた。
「ミミ、次はどこに行こうか」
猫は、たぬまりの肩からぴょんと飛び降り、通りの奥へと歩き出した。
たぬまりは笑って追いかける。
「待ってよ、案内役は私のはずなんだけど!」
通りの奥には、古い時計塔が見えていた。
その鐘は、昼間からずっと沈黙したままだった。




