#49 パンプキン通り
「うわ、かわいい……!」
たぬまりは思わず声を漏らした。
霧を抜けた先に広がっていたのは、尖塔とステンドグラスが並ぶゴシック調の街——なのに、そこかしこにカボチャランタンがぶら下がり、リボンや紙飾りが風に揺れていた。通りには仮装した住人たちが行き交い、骸骨がケーキを売り、幽霊が郵便配達をしている。
「ここが……ノクティルカ?」
門の上に刻まれていた街の正式名称は、どこか幻想的で、でもちょっとお茶目な響きだった。通称ゴーストタウンとは思えないほど、街は明るくてにぎやかだった。
たぬまりは、胸元のリボンを整えながら、石畳の道を軽やかに歩き出した。
通りの名は「パンプキン通り」。両脇の店にはカボチャの飾りが溢れ、帽子屋、菓子屋、仮装用品店が並んでいる。どこも楽しげな音楽が流れていて、住人たちは笑顔を浮かべていた。
「なんだか、ハロウィンのテーマパークみたい」
通りの中央には、掲示板が立っていた。そこには、今日のイベントの案内が貼られている。
【ハロウィン迷子フェス開催中!】
迷子になった動物や精霊を探して、街のあちこちを巡ろう!
見つけたら、仮装して一緒にパレードへ!
「迷子フェス……?」
たぬまりが首を傾げていると、背後からふわりと何かが跳ねた。
足元に、黒猫のような影がぴたりと止まる。
「……あれ?」
その“猫”は、黒い毛並みに紫のリボンをつけていた。瞳は金色で、尻尾がふわりと揺れている。けれど、よく見ると足元が少し透けていた。
「精霊……?」
猫は、たぬまりをじっと見つめたあと、くるりと一回転して彼女の足元に座り込んだ。
「え、ついてくるの?」
通りの住人たちが気づき、ざわめきが広がる。
「あっ、ミミだ!」
「誰かに懐いたの、久しぶりじゃない?」
「選ばれたね、お姉さん!」
「え、ええと……」
たぬまりは戸惑いながらも、猫——ミミを抱き上げた。軽い。けれど、確かな温もりがあった。
「この子、迷子なんですか?」
帽子屋の店主が頷いた。骸骨の顔に、優しい笑みが浮かぶ。
「ミミはね、昔この街にいた魔法使いの使い魔だったんだよ。名前を忘れちゃって、ずっと迷子のままなんだ」
「名前を……?」
「でも、誰かに懐くと、その人の記憶を辿って名前を思い出すことがあるらしくてね。今日のフェスは、そういう子たちのためのお祭りさ」
たぬまりは、ミミを見下ろした。金色の瞳が、じっと彼女を見返してくる。
「……じゃあ、私が一日保護者?」
「そうそう。仮装して、街を案内してあげて。もしかしたら、何か思い出すかもしれないよ」
帽子屋の店主は、たぬまりの腕を引いて店の中へと誘った。
店内には、色とりどりの仮装衣装が並んでいる。魔女、吸血鬼、カボチャ、ミイラ。どれも可愛らしく、どこかユーモラスだった。
「たぬまりちゃんには……これが似合うかな」
差し出されたのは、黒と紫を基調にした小さなマントと、星の飾りがついたブローチ。ミミのリボンと色が揃っていて、まるでペアのようだった。
「……ありがとう」
着替えを終えると、店の外では小さなパレードが始まっていた。
子どもたちが仮装して、音楽に合わせて通りを歩いている。カボチャの太鼓、幽霊のフルート、骸骨のタンバリン。どれも陽気で、たぬまりは思わず笑みをこぼした。
「ミミ、行こうか」
猫は、たぬまりの肩にぴょんと飛び乗った。軽い重みが心地よくて、彼女はそっと手を添えた。
通りを歩きながら、たぬまりは住人たちと言葉を交わした。
帽子屋の店主、菓子屋の双子、仮装用品店の幽霊。みんな、ミミのことを知っていて、たぬまりに優しく話しかけてくれる。
「ミミが選んだなら、きっと何かあるよ」
「この街に歓迎された証だね」
「もしかしたら、名前を思い出す日が近いかも」
たぬまりは、肩の上のミミを見た。金色の瞳は、どこか遠くを見ているようだった。
「……ミミ。あなたの本当の名前、思い出せるといいね」
猫は、ふにゃっと小さく鳴いた。
その声は、どこか懐かしくて、胸の奥に響いた。




