#48 ゴーストタウン
霧の中を抜けると、街が姿を現した。
尖塔が並び、ステンドグラスが鈍く光を返している。建物はどれも古びていて、空気はひんやりとしていた。たぬまりは、足元の石畳を確かめるように踏みしめながら、街の門をくぐった。
「……着いた、よね」
街の中心には、掲示板が立っていた。木枠はひび割れ、紙は風に揺れている。貼られていた依頼は、どれも不穏だった。
「墓地で動く影を止めてほしい」
「時計塔の鐘が鳴らない理由を調べてほしい」
「街の外に出た住人が戻らない」
たぬまりは、最初の依頼に目を留めた。影——前に遭遇した霧の獣が脳裏をよぎる。嫌な予感がした。でも、確かめなければならない気がした。
依頼票を剥がすと、裏に名前が書かれていた。インクは滲み、筆跡は乱れている。日付は、数年前のものだった。
「……こんな古い依頼、まだ残ってるの?」
不思議に思いながらも、たぬまりは掲示板の近くにいた冒険者パーティに声をかけた。剣士、魔導士、弓使い。三人とも若く、装備は使い込まれている。
「この依頼、受けようと思ってて……でも、ひとりじゃ無理かも」
剣士が笑った。
「なら、一緒に行こう。俺たちも気になってたんだ」
魔導士は軽く杖を掲げ、弓使いは無言で頷いた。たぬまりは、少しだけ安心した。
墓地は街の外れにあった。鉄柵は錆び、墓石は傾いている。空は灰色で、風が冷たい。たぬまりは、魔力を込めて冒険者たちに支援を施した。運気と感知力がわずかに上がる。剣士が剣を構え、魔導士が詠唱を始める。
地面から霧が立ち上った。冷たい気配が、足元から這い上がってくる。
「来る……!」
霧の中から現れたのは、ノクタループの亜種だった。体はさらに濃密な霧で構成され、目は複数に増えていた。動きは速く、音もなく墓石の間を滑るように移動する。
剣士が斬りかかるが、霧に包まれて空振り。魔導士の魔法が命中しても、霧が再生する。弓使いの矢が目を狙うと、一瞬だけ動きが止まった。
「今!」
たぬまりは、再び魔力を送り込む。魔導士の詠唱が強まり、次の魔法が直撃。霧が裂け、亜種は低い音を残して消えた。
静寂が戻る。たぬまりは、息を整えながら周囲を見渡した。
「……終わった?」
誰も答えない。
冒険者たちは、そこにいなかった。代わりに、たぬまりの目の前には三つの墓が並んでいた。名前が刻まれている。剣士、魔導士、弓使い——さっきまで一緒にいたはずの人たち。
たぬまりは、ゆっくりと近づいた。墓石の表面に触れると、冷たさが指先に伝わる。風が吹き、髪が揺れた。
「……嘘、でしょ」
声が震えた。さっきまで笑っていた剣士。魔法を放っていた魔導士。無言で頷いていた弓使い。彼らの姿が、記憶の中で鮮やかに蘇る。
「一緒に戦ったのに……」
たぬまりは、膝をついた。涙は出なかった。けれど、胸の奥がじんと痛んだ。彼らの声、動き、気配——全部が幻だったのか。それでも、確かにそこにいた気がした。
「幻だったの……? 全部……」
街の風景が揺れる。掲示板、建物、空——すべてが霧に包まれて、溶けていく。たぬまりは、立ち上がった。足元はしっかりしていた。霧が晴れると、そこには本物の街があった。
建物は重厚で、空気は冷たいが澄んでいる。門は閉じていたが、転送クリスタルが脇に立っていた。
たぬまりは、ゆっくりと近づいた。手を伸ばす。クリスタルに触れる。魔力が反応し、転送先が表示される。
「……これ本物だよね?」
誰に言うでもなく、ぽつりとこぼした言葉は、霧のない空に吸い込まれていった。




