#46 ∞ループ
リーフェンの空気は、朝露の匂いが混じっていて、どこか柔らかかった。転送クリスタルの光が収まると、たぬまりは街の入口に立ち、木々のざわめきに耳を傾ける。
「たぬまりさんに手紙です」
羽の生えた獣人の郵便屋が近づいてきて、艶のある緑の葉を差し出した。葉の表面には「たぬまりへ」、裏には奇妙な文言が並んでいる。
「この後、何かに躓きます。それは拾っておくこと。 そして、リーフェンのカジノに行くとジェイに会えます。 絶対に味方にしろ。 この手紙を燃やしたら呪う」
「……なんなのこれ」
たぬまりは眉をひそめながら、葉をエプロンのポケットに突っ込んだ。
歩き出してすぐ、足元に何かが転がっていた。つまずいてよろけ、しゃがんで拾い上げると、それは石のような塊だった。一部が欠けていて、内部に紫の水晶が覗いている。
「……原石?」
手のひらに乗せると冷たく、どこか馴染むような感触があった。たぬまりは首を傾げながら、それをポケットにしまった。
街の分岐路に差し掛かると、左にはパン屋の香ばしい匂い、右にはざわめきと賭け事の気配が漂っていた。
「カジノ……って、手紙に書いてあったっけ」
たぬまりは右へと足を向ける。
カジノの中は光と音が溢れていた。スロットの回転音、歓声、ため息。その隅で、素寒貧のジェイが座り込んでいた。
「助けてくれ……!もう何もない……!」
たぬまりはポケットの葉を思い出し、手紙の言葉が頭の中で反響する。
「……仕方ないな」
ルルがふわりと浮かび、スロット台の間を漂う。やがて、ひとつの台の前で止まり、光を灯す。
たぬまりは座り、レバーを引いた。数回目でジャックポット。
儲けた金でジェイを助けると、たぬまりは言った。
「今日は、私についてきて。荷物持ちね」
「はいはい、女王様」
ジェイは肩をすくめて頷いた。
市場は朝の光に包まれていた。木漏れ日が露店の品々を照らし、果物の皮が艶やかに光っている。たぬまりは、あれもこれもと目を輝かせながら品物を選んでいく。
「このジャム、瓶が可愛い。あと、香草も……あ、あの果物も!」
ジェイの腕には袋がどんどん積み重なり、ついには視界の半分が荷物で埋まった。
「ちょっと多くない……?」
「荷物持ちって言ったでしょ」
たぬまりはにこりと笑って、さらに小さな袋をひとつ追加した。
帰り道、市場の裏通りを抜けようとしたとき、ジェイが角を曲がる拍子に、積み上げた袋のひとつが棚にぶつかった。
「……あっ」
木製の棚がぐらりと揺れ、並べられていた陶器がカタカタと音を立てる。たぬまりは反射的に手を伸ばした。
「……!待って、それ倒れる——!」
だが、間に合わなかった。棚が傾き、陶器が一斉に崩れ落ちる。たぬまりはとっさにしゃがみ込んで頭を守ったが、棚の角が肩にぶつかり、ポケットの中の水晶が硬い地面に叩きつけられた。
「っ……!」
鈍い音とともに、紫の光が弾ける。
空間が歪み、景色が白く塗り潰されていく。風の音が消え、代わりに静かなざわめきが耳に満ちる。
リーフェンの入口。また、朝の光。たぬまりは葉っぱの手紙を受け取り、原石を拾い、ジェイを助け、荷物を持たせ、棚が倒れ、水晶が砕け、光が弾ける。
二度目。三度目。四度目。五度目。六度目。
繰り返すたびに、どこかで見たような気がするという感覚が強まっていった。ジェイの表情が微妙に違う。市場の果物が並ぶ順番が変わっている。けれど、流れは同じ。そして、必ずトラブルが起きて、水晶に衝撃が加わる。
七度目。たぬまりはジェイの顔を見て、ふと違和感を覚えた。
「……ねえ、ジェイ。なんか、これって……」
ジェイは荷物を抱えながら首を傾げる。
「……なんか、前にもこんなこと……」
たぬまりは手紙の葉を見せる。
「これ、私が書いたかもしれない。いや、書いた。たぶん」
「ループしてるってこと?」
ジェイは目を見開いた。
「そう。たぶん、私だけじゃない。ジェイも巻き込まれてる」
ジェイが言葉を飲み込む間もなく、棚が揺れ始める。
「危ない!」
たぬまりは衝撃の直前に葉を取り出し、震える手で書き始めた。
「ジェイに伝えろ。ループしてる。水晶が鍵——」
紫の光が弾ける。
八度目。たぬまりは目を開けた瞬間に動いた。葉を受け取り、原石を拾い、ジェイを見つける。
「ついてきて。」
ジェイは驚きながらも従った。市場を通り、棚の通路を避ける。すべてのトラブルを回避。
リーフェンの入口。郵便屋が差し出す葉の裏には、こう書かれていた。
「脱出成功」
たぬまりは深く息を吐いた。胸の奥が、じんわりと温かくなる。
その夜、たぬまりは木の根元に座っていた。手元には、書き溜めた葉っぱの手紙。過去の自分へ、未来の誰かへ。
原石と葉を、木製のポストのようなものに叩きつけるように投げ入れる。
すると、空間が歪み、光が吸い込まれる。
風が止み、夜が静かに戻る。
「……今度こそ、終わったかな」
エプロンのポケットは軽くなっていて、あの水晶も、葉っぱの束も、もうない。けれど、胸の奥には確かなものが残っていた。繰り返した時間。少しずつ積み重ねた記憶。誰かに託した言葉。そして、ほんの少しの冒険。
「……まあ、悪くなかったかも」
たぬまりはふわりと笑った。
そう言って、裾を払う。夜露が少しだけ染みていたけれど、気にならなかった。空を見上げると、星がひとつ流れていた。
「……今度は、別の手紙を書いてみようかな」
たぬまりは使いかけの葉と、細い刻み針を持って歩き出した。
急に寒くなりましたね。ようやく夏が終わるんでしょうか。
こういう夏の終わりには必ずエンドレスエイトを思い出します。
全部しっかり見ました。毎週どこが変わるのか。ループから抜け出せるのか。
気になって夜もぐっすり眠れました。
問題作と言われ批判されていましたが、当時から私はわりと好きでした。
シュタゲやまどマギも好きです。
そんなわけで短い話ですが、ループものリスペクト回でした。




