#36 ポーション
浮上神殿ルールリエが夢見亭の支店になってからというもの、店長の忙しさは倍増していた。
星の展示室の管理、紅茶ラウンジの運営、人魚スタッフのシフト調整、魚人警備班の訓練……。
やることは山ほどある。しかも、全部たぬまりが勝手に始めたことだった。
「おい、たぬまり。お前が増やしたんだから、キビキビ働け」
「えっ……私、巫女なんだけど……?」
「巫女でもスタッフだ。動け」
そんなわけで、たぬまりは神殿支店とユメノネ本店を行き来しながら、接客・案内・星の磨き作業までこなす日々を送っていた。
「こんなはずでは……」
水のソファに座る暇もなく、たぬまりは毎日、元気ポーションを常飲していた。
ゲーム内で販売されているエナジードリンクのようなもので、飲むと一時的に行動速度と集中力が上がる。
味はほぼミント。人工的な甘さが後を引き、美味しくはないが、効く。
その日も、たぬまりは神殿の倉庫で作業を終え、カバンをごそごそと探っていた。
中には、元気ポーションとケモケモ変身ポーションが並んで入っている。
瓶の形も色も似ていて、ラベルは小さくて見づらい。
「これこれ……元気ポーション……げへへ」
確認せずに、たぬまりは瓶の栓を開けて一気に飲み干した。
「……ん?」
視界が低くなり、耳がピンと立った。
手が肉球になり、背中にはふわふわと揺れる太いしっぽ。
「……っ!?」
え、待って。これ、ケモケモ変身ポーションじゃん!!
毛並みは白とグレーの混ざったふわふわで、目はまんまる。
耳は猫、しっぽはたぬき。
見た目は完全に、かわいいケモノ。
「にゃー……」
声を出してみるが、猫語しか出ない。
誰にも伝わらない。
しかも、ポーションの効果時間は約六時間。
解除ポーションは倉庫の奥にあるが、今の姿では扉を開けられない。
……ちょっと辺りを歩いてみますか。
神殿の回廊を歩いていると、人魚スタッフたちがたぬまりを見つけた。
「わあ、かわいい猫ちゃん!」
「しっぽがもふもふしてる〜」
「巫女様が飼い始めたのかしら?」
たぬまりは「違うよ!私だよ!」と伝えようとするが、出るのは「にゃー」だけ。
仕方なく、撫でられるままにされていた。
水のソファに乗せられ、海藻茶を差し出され、星の展示室でくるくる回される。
人魚たちは完全に「癒しのマスコット」として扱っていた。
午後になり、たぬまりはユメノネ本店の夢見亭へと向かった。
魚人警備班の背中に乗って移動するという、なんとも言えない光景だった。
夢見亭に着くと、こまちが「あら、かわいい猫ちゃん!」と抱き上げてくれた。
ツバキは「たぬまりが飼い始めたのか?」と首をかしげていた。
「にゃー……」
たぬまりは、ソファの上に丸くなった。
ふわふわのしっぽを抱え込み、目を閉じる。
……仕方ないので、昼寝でもするか。
仕方ないからね。
夢見亭の午後は、静かだった。
紅茶の香りが漂い、常連客たちが穏やかに談笑している。
その中で、たぬまり(猫)は、すやすやと眠っていた。
誰も気づいていない。
この猫が、星を操り、神殿を浮上させ、タコンを消滅させた張本人であることを。
六時間後。
ポーションの効果が切れ、たぬまりは元の姿に戻った。
ふわふわのしっぽは消え、耳も元通り。
ソファの上には、いつものたぬまりが、すやすやと眠っていた。
こまちが紅茶を運んできて、ふと目を留める。
「えっ!?猫ちゃんが……たぬまりちゃんだったの!?」
ツバキがカウンターの奥から顔を出す。
「やっぱりか……」
店長は、グラスを磨きながらぼそりと呟いた。
「まぁ、今日は寝かせといてやれ」
たぬまりは、ソファの上で丸くなって、静かに寝息を立てていた。
最初は元気ドリンクって書こうとしてました。
書いて、モンハンやんけって思ったんでやめました




