#34 星の巫女
神殿の上層、たぬまりは水のソファに身を預けていた。
海藻茶の香りはほんのり甘く、口に含むと潮の風味が広がる。
目の前には水魔法で整えられた鏡のような水面。そこに映るのは、白い尾を揺らす人魚姿の自分。
ティアラの下で髪がふわりと漂い、耳元のヒレにはパールの飾りが揺れていた。
「……静かでいいな」
周囲では教団の女性たちが、たぬまりの世話を焼いていた。
彼女たちは人魚の姿をしているが、話してみると意外と気さくで、生活感のある話も多い。
たぬまりは、海藻茶を啜りながら、ふと口を開いた。
「ねえ、みんなって普段どんな暮らししてるの?」
その問いに、女性たちは嬉しそうに答え始めた。
「神殿の掃除と、星の管理が主な仕事です」
「海底にいた頃は、もっと寒かったんですよ」
「この姿、実はポーションで変えてるだけなんです」
たぬまりは、頷きながらも内心では「よし」と思っていた。
図鑑登録の条件を満たすには、生活情報の収集が必要。
この会話も、すべて計算のうちだった。
案の定、画面が光る。
【マモノ図鑑に新規登録されました】
図鑑を開くと、住人たちが登録されていた。住人NPCだから無理かと思っていたが、可能らしい。
---
■登録マモノ:人魚
種族:海棲人魚族
属性:水・光
特徴:白い尾とレースの衣装をまとった人魚型。優雅な動きと柔らかな声が特徴。
生態:海底神殿にて星の管理と儀式補助を行う。水魔法に長ける。
性格:穏やかで従順。信仰心が強く、巫女に忠誠を誓う。
保有スキル:
《水面の鏡》:水を操り、視覚情報を映し出す。
《潮の抱擁》:対象を水の膜で包み、癒しの効果を与える。
《星の導き》:星の動きを感知し、儀式の補助を行う。
コメント:狙い通り登録された。やっぱり話を聞くのは大事。
■登録マモノ:魚人
種族:深海魚人族
属性:水・闇
特徴:鱗に覆われた筋肉質な魚人型。鋭い爪と硬い皮膚を持つ。
生態:神殿の警備と儀式の護衛を担当。夜行性で集団行動を好む。
性格:忠誠心が高く、外敵には容赦しない。
保有スキル:
《深海の咆哮》:周囲に威圧を与える咆哮を放つ。
《泡刃》:水泡を刃状に変化させて攻撃する。
《影潜り》:水中で姿を消し、奇襲を行う。
コメント:こっちは怖い。でも礼儀はちゃんとしてる。
---
たぬまりは図鑑を閉じ、満足げに海藻茶をもう一口啜った。
星を指先で転がしながら、外の様子を眺める。
神殿の周囲には、見覚えのあるマモノたちが現れていた——
海面を割って現れたのは、見覚えのあるマモノたち。
クラゲ型、カニ型、イルカ型——妖精女王のナイトプールで見かけた連中だ。
あのときは浮き輪やサングラスでふざけていたが、今は戦闘態勢。
装飾を外し、鋭い目つきで神殿に向かって進んでいる。
【マモノ図鑑に新規登録されました】
■登録マモノ:クラジェル
種族:浮遊軟体族
属性:水・雷
特徴:半透明の体を持つクラゲ型。触手に電気を帯びている。
生態:群れで行動し、空中を漂いながら敵を包囲する。
性格:無表情だが好戦的。
保有スキル:
《雷触》:触れた対象に麻痺を与える。
《浮遊結界》:周囲に電気の膜を張る。
《群体連携》:近くの仲間と連携して攻撃力を上げる。
コメント:ナイトプールのときの方が可愛かった。
■登録マモノ:カニグラント
種族:甲殻戦士族
属性:水・地
特徴:巨大なハサミを持つカニ型。甲殻は非常に硬い。
生態:地上でも活動可能。防衛線を突破するために編成される。
性格:頑固で直進的。
保有スキル:
《甲殻防壁》:自身の防御力を大幅に上げる。
《ハサミ砕き》:対象の防具を破壊する。
《地響き》:地面を揺らして周囲を転倒させる。
コメント:ナイトプールのときは踊ってたのに。今はガチ。
■登録マモノ:イルカレイド
種族:高速突撃族
属性:水・風
特徴:流線型の体を持つイルカ型。高速移動が可能。
生態:偵察と突撃を担当。水中・空中両方で活動できる。
性格:陽気だが容赦ない。
保有スキル:
《突風泳》:高速で移動しながら攻撃する。
《音波斬》:鳴き声で衝撃波を発生させる。
《群れの鼓動》:仲間の速度を上げる。
コメント:ナイトプールのときは浮き輪つけてたのに。今は速すぎ。
「なるほどな……」
たぬまりは、星を指先で転がしながら呟いた。
その目は、どこか遠くを見ているようで、何かを企んでいるようでもあった。
「ねえ、あのさ」
たぬまりは、そっと女性たちに顔を寄せる。
声は小さく、でも確かに響いた。
「ちょっと、秘密の話があるんだけど——」
ユメノネ防衛線。
サキは前線で指示を飛ばしていた。
「マモノを1匹も通すな!」
「クラジェルは雷に弱い!魔導士、集中して!」
「カニグラントは正面突破型!回り込んで!」
モモは弓を構え、ひがちーは盾を掲げて前線を支えていた。
それぞれが自分の装備を最大限に活かし、戦場を駆けていた。
一方、ツバキは神殿の裏手から潜入していた。
魚人の巡回を避け、静かに進む。
だが、メンバーの一人が足元の貝殻を踏み、音を立ててしまう。
「……しまった」
魚人が振り返る。
戦闘が始まる。
ツバキは素早く前に出て、短剣で魚人の腕を弾いた。
水魔法を避けながら、仲間と連携して撃退する。
「急ぐぞ。広間へ」
そして、広間にたどり着いた瞬間——
視界に飛び込んできたのは、両手を天に掲げる人魚姿のたぬまりだった。
白い尾が揺れ、ティアラが光を反射して輝いている。
周囲の女性たちは地に膝をつき、たぬまりに向かって頭を垂れていた。
彼女の周囲を星々が浮かび、ゆっくりと回転している。
白い尾は優雅に揺れ、ティアラの下で髪が光を受けてきらめいていた。
ツバキは思わず足を止めた。
その光景は、まるで神話の一幕だった。
「……たぬまり?」
声をかけるが、彼女は振り返らない。
両手を天に掲げたまま、空を見上げている。
「ふふ……ふふふ……」
くすくすと笑いが漏れた。
それは、いつものたぬまりの笑いとは違っていた。
どこか、壊れかけたような、でも楽しげな響き。
「もう、どうにでもなーれ」
その言葉と同時に、たぬまりは腕を振り下ろした。
「くらえーーーっ!!」
星々が、彼女の動きに従って一斉に流れ始める。
空を裂くような光の軌道が、神殿の外へと飛び出していった。




