#32 浮上
夢見亭の午後。
たぬまりは、泡を吹いて倒れた魚取さんの隣で、星を一つ指先で転がしながら紅茶を飲んでいた。
星は帽子の中で静かに光っていて、湯気と混ざるようにふわりと揺れていた。
「……なんでこうなったんだろ」
誰にともなく呟いたその瞬間、店の扉が勢いよく開いた。
「此奴は異教徒である!」
「神を疑うなど言語道断!」
「神の前に連れて行き、裁きを受けさせる!」
わいわいと騒ぎながら、魚人NPCが何人も店内になだれ込んできた。
鱗の光沢とぬめりのある声が、夢見亭の空気を一瞬で変える。
たぬまりが立ち上がる間もなく、魚取さんは簀巻きにされていた。
布がどこから出てきたのかは分からないが、手際が異様に良い。
そして、たぬまりにも視線が向けられる。
「むっ!これは!」
「星の巫女じゃ!美人じゃ!」
「神の元に連れて行こう!」
「ちょっと待って、私はただのメイドで……」
言い終わる前に、数の暴力で簀巻きにされていた。
星の巫女という謎の肩書きを付けられて完全に巻き込まれた。
店内が静まり返る。
魚人たちが去ったあと、常連客たちがざわつき始める。
「これ、なんかのイベント発生したのかも」
「たしかに」
「掲示板に書いとくか」
「知り合いにも声かけてみるわ」
こまちは「どうしよう!たぬまりちゃん!」と慌てている。
ツバキが冷静に言った。
「ひとまず、あの魚人プレイヤーが言ってた漁村を探すぞ」
店内の空気が、少しずつ動き始める。
一方その頃。
たぬまりは簀巻きにされたまま、ハイライトの消えた目で運ばれていた。
「……ここどこやねん」
頭の中でツッコミを入れながら、魚人たちに担がれていく。今回もめちゃくちゃ巻き込まれてしまった。本当に今まで以上に巻き込まれた。
のんびり過ごして、ゲーム内で夜になったら星を採って遊ぼうと思っていたのに、どうしてこうなった。
連れてこられたのは、海辺の漁村。
潮の香りと、どこか湿った空気。
村の中央には、巨大な石碑が立っていた。
その周囲には、魚人たちが集まり、祈りを捧げている。
「星の巫女よ、神の意志を示せ」
「星を動かし、神の目を開けるのだ」
たぬまりは、簀巻きから解かれ、中央に立たされた。周囲の視線が痛い。
星を動かせと言われても、どう動かすのか分からない。
「……ええい、こう?」
ずっと持っていた手の中の星を、そっと空に向けて掲げる。
すると、星がふわりと浮かび、空に吸い込まれるように消えた。
その瞬間——
【星の位置が揃いました】
【海底神殿ルールリエが浮上します】
ワールドアナウンスが響く。
空が揺れ、海がうねり、遠くの水平線から巨大な影が浮かび上がる。
それは、海底から現れた神殿。
水をまといながら、静かに、しかし確実に地上へと姿を現す。
イベント告知がプレイヤー全体に届く。
【緊急イベント発生】
海底神殿ルールリエが始まりの街ユメノネを攻めてきます。
プレイヤーは街を防衛してください。
たぬまりは、星の巫女として神殿を呼び出したことになっていた。
紅茶を飲んでいただけなのに。星をいじっていただけなのに。
「犯人は、たぬまりでした……」
自分で呟いて、悲しくなった。
イベントじゃーー!!




